なぜ30年前の映画『Love Letter』がアジア圏で愛されているのか? 中山美穂が“演技する快感と創作に参加する喜び”に目覚めた代表作
なぜ30年前の映画『Love Letter』がアジア圏で愛されているのか? 中山美穂が“演技する快感と創作に参加する喜び”に目覚めた代表作

4月4日から公開30周年記念で4Kリマスター版が上映されている映画『Love Letter』。映像作家の岩井俊二監督長編デビュー作であり、いまだにアジア圏内で大きな人気を誇っている。

 

この作品で一人二役の主演を演じたのは、昨年12月に不慮の事故で亡くなった中山美穂さん。10代の頃からテレビドラマなど数々のヒット作に主演し続けてきた彼女の映画代表作、その色褪せない魅力とは? 

アジア圏で絶大な人気 

2024年12月6日、女優で歌手の中山美穂さんの訃報は、日本のみならず中国や韓国、台湾や香港でも衝撃をもって受け止められた。なぜアジア圏の人たちが?と疑問に思う人もいるかもしれない。

実はアジア圏、とくに東アジアにおいて中山さんは、岩井俊二監督の劇場用長編監督作第一作『Love Letter』に主演したことで絶大な人気と知名度を誇っていた。

1995年に日本で初公開された同作は中国で1999年に劇場公開された。当時はまだ中国の映画業界の市場規模は小さく、大ヒットとはいえなかったが、口コミではかなりの高評価を得ていた。

その後、海賊版などで鑑賞する人が増えたことで『Love Letter』は“アジア映画史上最高の恋愛映画”と絶賛されるようになっていった。中国のソーシャルカルチャーサイト「Douban」では現在も10点満点中で8.9の高得点で、120万人以上が評価するほどの不朽の名作となっている。

さらに韓国で1999年に劇場公開された際には140万人を動員した。これは韓国で公開された日本の実写映画の最多観客記録で、その後23年間打ち破られなかった。

作中で中山さん演じる渡辺博子のセリフである「お元気ですか? 私は元気です」は韓国で流行語となり、舞台となった北海道小樽市には多くの韓国人観光客が押し寄せるほど一大ブームとなった。

2025年は中山さんの女優デビュー40周年にあたり、映画は劇場公開から30周年という記念の年だ。岩井監督は中山さんとロケ地だった小樽に雪が積もる間に再訪しようと約束をしていたという。

しかし、その約束は果たされることはなくなってしまった。

そんなタイミングで、4Kリマスター版が劇場で上映されることになり、スクリーンで再び観られるようになったというわけだ。

岩井監督は『Love Letter 4Kリマスター』公式サイトのコメントの中で、〈今でも、若い方や世界各国の方たちからSNSを通じて「『Love Letter』を観ました」というコメントをいただきます〉と話している。

アジア圏内の映画祭では若手監督が影響を受けた監督として岩井監督や、作品として『Love Letter』を挙げるなど、国や世代を超えて今もなお影響を与え続けている。

圧倒的なアイドルであり、女優だった中山美穂 

1970年に生まれた中山さんは1982年に芸能界デビューを果たす。当初はモデル活動をしていたが、CMに出演するなど芸能活動が活発になってきたこともあり、定時制高校に進学するものの芸能活動を優先するために退学を選んだ。

1985年1月クールに思春期の性をテーマにしたホームコメディードラマ『毎度おさわがせします』で女優デビュー。つっぱり娘のトラブルメーカーののどか役で清純派とは一味違ったキャラクターで注目を集めた。

同年6月には初主演ドラマ『夏・体験物語』の主題歌となった『「C」』でアイドル歌手としてデビューし、セールスが17万枚を超える大ヒットとなる。年末には日本レコード大賞最優秀新人賞を史上最年少で受賞し、トップアイドルとして全国区の認知度を獲得していった。

1990年代に入り、1980年代にデビューした同世代のアイドルが歌手活動を離れていくなか、中山さんは歌手活動を継続してアルバムを発売しコンサートツアーを行ないながら、連続ドラマや映画、CM出演と歌手業と女優業を両立させていく。

1987年放送のドラマ『ママはアイドル!』でも「人気アイドルの中山美穂」として三人の子持ちの中学教師と再婚する役を演じて最高視聴率28.6%を獲得。

1998年には野沢尚脚本で、木村拓哉と共演したドラマ『眠れる森』が最高視聴率30.8%を記録するほどの大ヒット作となった。

2001年には北川悦吏子脚本のドラマ『Love Story』で、映画『Love Letter』でもタッグを組んだ豊川悦司と共に主演を務め、最高視聴率は24.3%を記録。

なお1989年のフジテレビ月9枠ドラマ『君の瞳に恋してる!』に主演後は、「月9」の常連となり、主演作が7作品と女性では最多を記録している。

歌手業では、1992年に主演ドラマ『誰かが彼女を愛してる』の主題歌として中山美穂&WANDS名義でリリースした『世界中の誰よりきっと』が183万枚のミリオンセラーとなり、1994年にも主演ドラマ『もしも願いが叶うなら』の主題歌だった『ただ泣きたくなるの』が104万枚のミリオンセラーとなった。

そんな中山さんが初めて“演技する快感と創作に参加する喜び”に目覚めるきっかけとなったと語るのが映画『Love Letter』だった。

映像業界の新たな才能・岩井と映画嫌いだった中山の邂逅 

岩井監督の『Love Letter』は1995年に劇場公開された。

直前には、1993年にフジテレビのオムニバステレビドラマ『if もしも』の一編として放送された『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』を手がけ、日本映画監督協会新人賞を受賞。同作は再編集されて1995年に劇場公開された。

当時、岩井監督の手がけたフジテレビ系列の深夜枠でのドラマ作品は、一部のドラマファンや業界関係者からはすでに注目されていた。

その後、業界内外から注目を浴びるようになった岩井監督が監督・脚本を手がけ、中山さんが一人二役を演じて主演をした長編映画が『Love Letter』だった。

連続ドラマや単発ドラマにも数多く出演していた中山さんだったが、この時点で映画には4作品しか出演していない。

中山さんと初対面となった岩井監督は「私、映画って好きじゃないんです」と言われて困ってしまい、「一緒に好きになっていきましょう」と声をかけたと明かしている。

〈神戸に住む渡辺博子 (中山美穂) が、山の遭難事故でフィアンセの藤井樹を亡くして2年が経った。


三回忌の帰り道、樹の家を訪れた博子は、樹の中学時代の卒業アルバムから彼がかつて住んでいた小樽の住所を見つけ出した。 博子は忘れられない彼への思いをいやすために、 彼が昔住んでいた小樽=天国へ一通の手紙を出した……。

ところが、あろうはずのない返事が返ってきた。やがて、博子はフィアンセと同姓同名で中学時代の同級生、ただし女性の藤井樹が 小樽にいることを知る。〉(公式サイトより)

今作で中山さんは渡辺博子と博子のフィアンセと同姓同名の女性、藤井樹を一人二役演じることになった。終盤でなぜ彼女たちの顔が似ていないといけないかの理由やその演出の意図が明かされるような種明かしがある。

そのためにも演技力のある女優が二人の女性を演じ分けなければならなかった。

アイドル時代の中山さんはコミカルで明るい役が多かったのもあり、岩井監督は恋人を亡くして傷心の渡辺博子を演じることができるか心配していたという。

しかし、実際に対峙した中山さんは「テレビで見る“演技”とは違って、彼女はすごくトーンの落ち着いた、内面を感じさせる人」であり、素の彼女は渡辺博子に近かった。

渡辺博子とは正反対で、どちらかというとちゃきちゃきしたはっきりものを言う藤井樹は中山さんが今までドラマで演じてきたタイプに近く、岩井監督の心配は杞憂に終わった。

最終的に二人を見事に演じ分け、今作で女優としての演技に手応えを感じた中山さんは、それまではどうしてもアイドルとして求められる作品が多く、時代や世間から求められるアイドル観のなかにいたが、そこを抜け出して大きな自信となったと語っている。

かつてアジア圏内では海賊版で広まった『Love Letter』は各国で正式に上映されるようになると、もっときれいな映像で観たいというファンたちが足を運んだことで大ヒットにつながっていった。

公開30周年記念で4Kリマスターされた今作は日本だけでなく、また海外でも多くのファンたちに、新しい観客たちに中山さんの魅力を伝えていくだろう。

文/碇本学

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