
バブル期の1980年代後半~1990年代初頭に、全国で多くのリゾートマンションや会員制ホテルが建設された。そのなかには現在、大幅に価格が低下したり、法律の濫用により権利が切り刻まれて身動きが取れなくなり、「巨大廃墟」化するケースもあるという。
解体したくてもできない巨大廃墟が次々と
「何も報われないのが悲しいんです。それが一番辛かった」
そう語るのは、ライターの吉川祐介氏。吉川氏は投機目的で開発された末に廃墟化が進む「限界ニュータウン」など、「放棄不動産」についての取材を続けてきた。
最新刊『バブルリゾートの現在地』は、主に新潟県を中心とした、バブル期に大量に建設されたリゾート物件の「いま」がまとめられている。本のサブタイトルは「区分所有という迷宮」。なぜ迷宮なのか。
本書で扱われているリゾートマンションや会員制リゾートクラブ、区分所有型ホテルなどの施設の多くは「区分所有」、あるいは「共有持分」という投資方法が採られている。これは複数人でその建物や土地を分割して所有するもので、例えばリゾートマンションであれば、各部屋ごとに所有権者が異なる。
それどころか、会員制リゾートクラブでは、一部屋を10分割して会員同士で共有したり、テニスコートを何百分割もして販売されたような例も見られ、一つの施設の権利関係者が膨大な数におよぶケースも多い。
こうした物件の多くは投資目的で売られたもので、購入者は実際にその施設を利用すること以上に、所有分の配当を期待していた。
しかし、多くの物件は売却後の運営が十分に考えられていないこともあって破綻。本来ならば解体されるべきだが、権利や管理が複雑すぎて解体もできない、まさに「迷宮」状態だという。
「本来、集合住宅の運用は所有者の『合意を形成する』ことが重要ですが、これらの物件は投資のために買われたので、持ち主同士で面識がなかったり、管理組合が機能していなかったりするケースも多く、合意形成に向けた音頭を取る人がいないという問題が生じています」(吉川祐介氏、以下同)
「空室タワマン」との大きな違いは?
さらに、最大の障壁となるのは「資金」だ。
「近年は、法改正で集合住宅の合意形成のハードルが下がっています。しかし、資金がなければ動けません。こうした事例ではそもそも管理費や修繕積立金が積み上げられていないことがほとんどなので、必要な合意が取れても解体費用などのお金がありません。いずれにしても、全く身動きが取れないのです」
近年似たような問題で話題になるケースがある。都心部に建つタワーマンションの問題だ。
例えば、東京の湾岸エリアで外国人投資家が投機目的で物件を購入し、空室のまま放置している……といったケースは少なくない。今年に1月に神戸市が打ち出した「タワマン空室課税」もこの問題に対処するためのものだ。
一方で、吉川さんはこうしたタワマンと地方のリゾート物件との大きな違いも指摘する。
「例えば、近年話題になった晴海のタワマンでいえば、値段が少し下がれば『住みたい人』は必ず現れますよね。投資物件だとしても住みたい人の需要があります。
でも、本書で取り上げた地方のリゾート物件は、どれだけ安くしても需要がありません。だから放棄も進むのです」
こうした事実上廃墟となっている建物が地域社会に深刻な影響を与える場合は、行政代執行で解体を行うこともできるが、その費用に税金が投入されることもあり、地方では解体対象になることが少ない。
投資の「自己責任」で片付く問題ではない
これらは「解決不能な社会問題」と報じられれば注目を集めそうだが、なかなか表面化してこない。ここにも、リゾート地特有の問題があるという。
「この問題の難しいところは『すぐに生活への支障がない』からこそ放置されることなんです。もともとリゾート地に買った投機用の物件なので投資者の生活拠点ではなく、建物が朽ちても困りません。さらに固定資産税の支払いも数千円~数万円程度なので処分に向けて腰が上がりづらい」
だが、気づけばその負債が何十年と積み重なってしまい、最終的に当該地域に廃墟化した建物が乱立してしまうことになる。
「たとえ土地を相続しても、権利として与えられるのは水道もガスもない廃墟化した建物の一室の10分の1の所有権。本当にどうしようもなくて、固定資産税の納付書だけが送られ続ける。今後のビジョンも描けませんし、夢もない話です。それがこの書籍を書いていて、一番しんどかったですね」
「不動産」の現状を伝える困難
こうした状況にもかかわらず、不動産投資への熱は冷めることがない。
「新築の段階で明らかに収益を出せるスキームになっていないものや、中には固定資産税を払うと赤字になる『マイナス投資物件』なんてものも売っています。それでも、そうした投資物件を買う人がいることも事実です」
こうした「放棄不動産」が増えないために対策を練ることはできないのか。
「大前提として、こうした不動産の解体は行政に頼るべきではないと思います。行政代執行は税金がかかるため地元住民の同意を得にくいでしょうし、そもそもお金を払って解体をしている人がバカを見るようなことをすべきではありません。
その上でできそうな対策といえば、これから新築を建てる際に解体費用をあらかじめ積み立てておくようなスキームを作ることも必要だと思います。
同時に、「放棄不動産」の現状を正しく伝えることも重要だと思われるが、それについてはどのように考えているのか。
「そもそも、不動産を専門に扱う識者やライターが少ないと思います。不動産と一口に言っても範囲は幅広いのですが、現在メディアでは、複数の不動産領域について少数の人がコメントをしている状態です。
取材する側も、同じ識者にコメントを頼みがちで、そのコメントが正しいかどうかまでのチェックができません。その結果、誤情報が拡散されやすい構造にあります」
「いま、日本で起こっていることを記録したかった」
同時に吉川さんは、「不動産」というジャンル特有の問題についても指摘する。
「そもそも関連法規や関係者の多さも含め、「不動産」というジャンルが、速報性の求められるメディアとかなり相性が悪いんです。今回の本も、僕はほとんど赤字覚悟で書いています。
何人にもわたる区分所有者を調べたり、登記簿を全て取得したりと正直かなりの手間がかかっていますが、明らかに印税でペイできないと思っています」
それでも、今回のテーマを吉川さんが1冊の本にまとめたのはなぜか。
「この問題を調べる人は、なかなかいないと思うんです。しかし、この現状もまた、確かに日本の不動産で起こっていることです。それを記録したい、という気持ちが強かった。だから、もはや収益ではなく、調べられる限りのことを調べて本に詰めようと思いました」
吉川さんは最後に、こう述べた。
「もしこの本が売れなくてもいいんです。
取材・文/谷頭和希
〈プロフィール〉
吉川祐介(よしかわ ゆうすけ)
1981年、静岡市生まれ。ライター。千葉県横芝光町在住。2017年にブログ「URBANSPRAWL 限界ニュータウン探訪記」を開設。高度経済成長期からバブル期にかけて乱開発された千葉県北東部の限界分譲地をたずね歩き、調査を重ねてきた。さらに別荘地やリゾート地などへと調査対象を広げている。現在、不動産投資の専門サイト「楽待」にて定期的に記事を執筆。明治学院大学やNHK文化センターでも講義を行っている。著書に『限界ニュータウン 荒廃する超郊外の分譲地』(太郎次郎エディタス)。
バブルリゾートの現在地 区分所有という迷宮 (角川新書)
吉川 祐介