
「仕事は最低限でプライベートを大事に」「出世や昇給にはこだわらない」…そんな“静かな退職”と呼ばれる働き方が、日本でも注目され始めている。しかし、こうした働き方は誰もができるわけではない。
『静かな退職という働き方』より一部抜粋・再構成してお届けする。
「静かな退職」を選べる基本条件
初めに、「静かな退職」はどのような環境で成り立つかを定義しておきましょう。
まず、製造業や建設業では、否応なくタスクが割り当てられるので、自分の意思により、仕事を差配することができません。販売やサービス業も同様で、タスクは決まっている上に、顧客の多寡により繁閑もほぼ決まってしまいます。
そういう意味で、、自主的に「仕事は最低限だけ」に絞ることは不可能でしょう。そこで、「静かな退職」の対象は自ずからホワイトカラーに絞られることになります。
続いて、企業規模についても考えておきます。
あまりにも働く人が少なければ、自分一人だけ勝手な行動もできません。また小規模な企業だと、オーナーである経営者の意向が強く働き、それに逆らうことも難しいでしょう。ゆえに、「静かな退職」とは、ある程度以上の規模×ホワイトカラーに限定して成り立つと定義したいところです。
この際の「規模」に関しては、あくまでも私の直感となりますが、「従業員数100人以上の私企業」もしくは「官公庁」と定義することをお許しください。
ここまで絞ってしまうと、世の対象者は相当少なくなってしまうように思われがちですが、それは誤解です。
「世の中の会社の99%は中小企業だ」とよく言われますが、これは、従業員数0人の自営業や個人事務所まで含んだ話です。こうした「0人」事業者を除いても、まだ世に中小企業は多いのですが、それらの事業者は雇っている人の数も少ないので、雇用者数の割合はかなり低くなっています。
さらに中小零細企業は、製造業や一般商店などの非ホワイトカラー職務が多くなるので、ホワイトカラーに対象を絞ると、規模の大きな事業所で働いている人のシェアが高まっていきます。
従業員規模別の正社員雇用割合については、公的データとして、就業構造基本調査(総務省統計局)と労働力調査(総務省統計局)が挙げられるのですが、ホワイトカラーに絞るとニアリーイコールな意味で、対象を大卒者に限定するには、就業構造基本調査が向いています。
同調査により、大卒×正社員の従業員規模別就業割合をみると、官公庁と従業員100人以上の私企業に、大卒正社員の69%(官公庁17.9%、1000人以上28.9%、500~999人6.5%、100~499人15.7%)が働いていることがわかります。
つまり、「静かな退職」を選べる基本条件に適う人は、大卒正社員のおおよそ7割と考えることができるでしょう。
「静かな退職者」の年収レベルを探る
続いて生活設計を考える上で重要な、年収レンジを見ていくことにします。
「日本人の平均世帯年収は400万円だ」という話がよくニュースで流れますが、これは大きな誤解です。このデータは、2022年国民生活基礎調査(厚生労働省)の発表数値なのですが、まず、大きな幻惑要素として、ここには年金暮らしをしている高齢者が含まれます。
高齢者の中には企業オーナーなどの億万長者も少数いるのですが、それでも均した世帯年収は低く、その中央値は244万円となっています。また、母子家庭や失業者もここには含まれており、これら総計の中央値が423万円となるのです。
これを壮年期の子育て世帯に絞ると、中央値は731万円になります。付け加えておくと、勤労世帯の年収状況を、国民生活基礎調査と毎月勤労統計調査(厚生労働省)で比較すると、前者は後者よりも1割程度、低い数字となっています。
この違いについては、「個人調査である国民生活基礎調査よりは、企業の支払いベースの毎月勤労統計調査の方が数字の正確性は高い」と言われています。
ここまでつらつらと書いてきましたが、日本人の平均年収というのは色々な数字がごちゃ混ぜになって、かなり低めに出ているということをまずはおわかりいただきたかったのです。前置きが長くなりましたが、「静かな退職」の基本条件となる「大卒者×1000人以上の企業のヒラ社員と課長、部長職の年収状況」と「企業規模別にヒラ社員の年収」を比較しました。
「大卒者×1000人以上の企業のヒラ社員と課長、部長職」の年収状況をみると能力UPにより課長以上になると1000万円を超えていきます。またヒラ社員も順調に昇給していきます。従業員数1000人以上の大企業では平均年収が30代前半で783万円、同後半では820万円、40代前半が869万円と急伸し、40代後半で935万円に到達しています。
「企業規模別 ヒラ社員の年収」をみると、500~999人の企業は大企業とは差がつきこそすれ、それでも30代前半で683万円、40代前半で750万円、40代後半で790万円。100~499人の企業でも30代前半で587万円、40代前半だと677万円、40代後半なら723万円となっています。
ちなみに、これは平均年収なので、もう少し評価が低い場合の年収として、「下位25%」にあたる人の年収は、中位年収(=1)と比べてどのくらい落ちるのでしょうか。
大手の方が評価による減収幅が大きく、40~50代では標準年収よりも2割程度下がり、中規模~準大手企業だと1.5割程度のダウンに留まるのが見て取れるでしょう。
このことから言えるのは、「静かな退職者(=下位3割ゾーン)」の年収相場は、従業員数1000人以上の企業なら30代後半で600万円台後半、50代ピークで750万円程度、同500~999人規模なら30代後半で600万円強、50代ピークだと700万円程度だとわかるでしょう。
おおまかに言って、この生き方を選んだ人は、キャリア後半の年収は、大手で750万円前後、中堅なら600万円台の期間が長くなると頭に置いてください。
独身者はなぜ老後に困るのか?
仮に、あなたが独身で通すなら、心しておくことがあります。それは「現役と老後の生活レベルの連続性」です。老後は年金と貯蓄の取り崩しで生きていくことになりますが、独身者ほど苦しい思いをするはずです。
その一番の理由は、独身者は妻子持ちよりも、自由で奔放な生活をしていることが多いことにあります。たとえば家庭持ちは、世帯年収が1000万円あったとしても、子どもの教育費や食費、また大きい住宅が必要なことや、水道光熱費なども家族分かかり、出費がかさみます。そのため、夫婦で自由にできるお金は、年に100万円程度にとどまります。
だから、昼はお弁当を持参したり、外食するにしてもファストフードや安い定食などが定番となっています。
夜はお腹が空いても、途中、寄り道もせずに帰宅し、家で夕飯という生活です。
飲みに行くのも、付き合いが主で、月に数回が関の山でしょう。
男性ならパソコンやゴルフ道具、女性なら化粧品や洋服も、家族会議でOKが出て初めて買うことができます。30代からこうした「抑制的な生活」に慣れているから、老後も苦労なく、つましい生活を送ることができるのです。
もちろん、家族のためを思い、住宅を購入してローンを完済まで払い続けるケースが多いので、老後は家賃のない生活が送れるでしょう。
しかし、独身で通した場合、「老後の生活」に軟着陸するためのこうした訓練や準備をしていない人が多いのです。
加えて家も賃貸で通していたりすれば、手元に資産は残っていません。そうしていきなり年金暮らしとなれば、それはもう耐えられないのが目に見えています。
無理なく老後にソフトランディングするためには、家族持ちと同じように、出費を抑える癖をつけ、同時に、資産形成をすることが重要でしょう。それらを実行しながら、生活の質を保つために決め手となるのが「節税」行動となります。
文/海老原嗣生 写真/shutterstock
『静かな退職という働き方』(PHP研究所)
海老原嗣生
「静かな退職」――アメリカのキャリアコーチが発信し始めた「Quiet Quitting」の和訳で、企業を辞めるつもりはないものの、出世を目指してがむしゃらに働きはせず、最低限やるべき業務をやるだけの状態である。
「働いてはいるけれど、積極的に仕事の意義を見出していない」のだから、退職と同じという意味で「静かな退職」なのだ。
・言われた仕事はやるが、会社への過剰な奉仕はしたくない。
・社内の面倒くさい付き合いは可能な限り断る。
・上司や顧客の不合理な要望は受け入れない。
・残業は最小限にとどめ、有給休暇もしっかり取る。
こんな社員に対して、旧来の働き方に慣れたミドルは納得がいかず、軋轢が増えていると言われる。会社へのエンゲージメントが下がれば、生産性が下がり、会社としての目標数値の達成もおぼつかなくなるから当然である。
そこで著者は、「静かな退職」が生まれた社会の構造変化を解説するとともに、管理職、企業側はどのように対処すればよいのかを述べる。また「静かな退職」を選択したビジネスパーソンの行動指針、収入を含めたライフプランを提案する。
また「静かな退職」が、少子高齢化や男女共同参画といった政府が直面する課題にどのような影響をもたらすかも著す。
「静かな退職」は、非難されるべき働き方なのか、それともビジネスパーソンの「忙しい毎日」を変える福音となるのか――「雇用のカリスマ」が解き明かす。
◎手を抜けば抜くほど「労働生産性」は上がる
◎業績に関係ない努力が信奉される異常
◎日本型賞与も「忙しい毎日」の保全ツール
◎副業は残業割り増しを超えなければ意味がない
◎ヒラ社員でも高すぎるミドルの年収
◎「静かな退職」コースを軟着陸させるには