
人生100年時代となった今、ひとりのパートナーと添い遂げるということは、ますます難しくなっている。しかし、多様化するパートナーシップによって、自身の人生を豊かにするケースも多く存在すると、ライフデザインの研究をしている河野純子氏は分析する。
『60歳の迎え方 定年後の仕事と暮らし』より一部抜粋、再編集してお届けする。〈全3回のうち3回目〉
卒婚で、自立した個人として生きていく
人生100年時代の働き方は、富士山型ではなく、八ヶ岳型。1つの仕事ではなく、いろいろな仕事を経験することがリスクヘッジにもなりますが、パートナーとの関係はどう考えていくべきなのでしょうか。
変化の時代に、ひとりのパートナーと添い遂げるということは、ますます難しくなっていくのかもしれません。子どもの独立や定年後も40年続く人生を考えれば、離婚や卒婚を考える人も増えるでしょうし、自分らしい人生を歩んでいくうえで、それは決して悪いことではないでしょう。
卒婚したことで、T.Nさんは、誰にも気兼ねなく、幼いころから憧れていた場所に住み、もう一度親との暮らしを楽しむことができました。
S.Kさんは、卒婚はしていませんが、信州に移住する際に妻と今後の暮らしについてじっくり話をし、これからは夫と妻という役割ではなく「個」として向き合っていこうと約束をしたといいます。
家事に関しても移住前は妻がすべてを担っていましたが、分担していこうと決めました。その結果、料理はS.Kさんの役割に落ち着いたそう。
私は料理のセンスがいいようで、安いもの、美味しそうなものを買ってきて適当に味付けすると実にいい感じの料理になります」と少し自慢げに話してくれました。
いずれひとりになる私たち。夫婦といえども個人として自立していることはとても大事なことのように思います。
「還暦婚」で手に入れた安心感
一方で、「還暦婚」をする人にも出会います。安定した関係性の中で、これからの人生を楽しむというのも1つの選択肢でしょう。
「Good Over 60’s」のメンバーでもあるU.Mさんは、子どもの頃から結婚願望は全くなかったといいますが、コロナ禍での心境の変化があり、60歳の誕生日に7年間お付き合いをしてきたパートナーと「還暦婚」をしました。
家族も面会できないような未知の事態が起こる時代、入籍して関係性を安定させておいたほうがいいかもしれないと思ったそうです。
食の好みが合うことも結婚の決め手になりました。実はU.Mさんの夫は料理人で、2人は夫が経営するお店で出会ったのです。
食は人生のヨロコビですから、食事をともにする頻度の高いパートナーと好みが合うことは幸福につながりそうです。リモートワークの普及で「職場結婚」は減っていますが、「食場結婚」はねらい目かもしれません。
U.Mさんは週末だけを一緒に過ごす「週末婚」を選んだので、生活はあまり変わらないものの、やはり信頼できる人が身近にいる安心感は大きいとのこと。
またU.Mさんの「一回り下の夫の夢を応援する楽しみがある」という言葉には、自立した大人ならではのゆとりが感じられました。そしてひとりひとりが人生の主人公であるならば、年齢差の問題ではなく、一番近くでその人の「ありたい姿」を応援しあえる関係こそが、これからのパートナーシップなのかもしれません。
個性を尊重する結婚で、人生の楽しみを倍に
地元・大阪に本社を構えるハウスメーカーの社長まで登り詰めたY.Kさんは、関連会社の会長職を辞した58歳のときに、スペイン人ダンサーのF.Xさんと結婚しました。
2人は、Y.Kさんが友達に誘われてF.Xさんのショーを見に行ったときに出会います。当時のY.Kさんは40代後半。
Y.Kさんは大阪でも教室を開いたらどうかと提案をして、その手伝いをしているうちにお付き合いが始まります。
アーティストとして生きてきたF.Xさんの視点や感性は、ビジネスパーソンのY.Kさんと大きく異なり、これからの人生を補い合って生きていけるのではと結婚を考えるようになったといいます。
けれども当時のY.Kさんは、出世街道をものすごい勢いで突き進んでいたころでした。実はY.Kさんは均等法施行の3年前に「女性総合職第1号」としてハウスメーカーに入社。商品開発などの現場で目の前の仕事を一生懸命やってきたものの、女性だからという理由で昇進が遅れていました。
46歳のときに経営戦略室に異動になって社長直下で仕事をするようになると、ようやくその働きぶりが認められ、47歳で課長、50歳で執行役員、その後常務執行役員、専務執行役員を経て、あれよあれよという間に54歳で社長に就任したのです。
大役を果たすには仕事に集中する必要があり、結婚はしばらく延期に。これはY.Kさんにとっては当たり前のことで、F.Xさんもよき理解者でした。
そしてY.Kさんが「やりきった」と思えた4年後に2人は結婚をしたのです。
「結婚という形をとったのは外国人の彼の暮らしやすさを考えてのこと。大人同士なので窮屈さはなく、彼の心の底から喜びがわいてくることをしないと人生がワクワクしないという言葉に共感しながら、毎日を楽しんでいます。
会社にも縛られない還暦からが本当の青春。親にも誰にも遠慮なく、本当の自由が待っていました」と語るY.Kさんはとても幸せそうです。
大人同士だからこそ、異なる個性を認め合い、人生の楽しみを倍にすることができるのでしょう。でも考えてみたら、長年一緒に暮らしている夫婦だって「大人同士」。
S.Kさんのように、もう一度「個」として向き合ってみれば、新たな人生の楽しみが見えてくるかもしれません。そして「還暦からが本当の青春」という言葉は、すべての60歳に贈りたいと思います。
Y.Kさんのように、好奇心と向学心をもって活動範囲を広げると、素敵な出会いがあるものです。
いずれにしても人生100年時代のパートナーとの関係は、ますます多様になっていきそう。本当に誰にも遠慮する必要はありません。
文/河野純子 写真/Shutterstock
60歳の迎え方 定年後の仕事と暮らし
河野 純子
60歳は人生の転換点。これからの40年は、楽しく働く、自由に生きる。
「とらばーゆ」元編集長にしてライフシフト・ジャパン取締役CMO、
人生100年時代のライフシフトを研究する著者がひもとく、60歳からの仕事と暮らしのリアル。
健康寿命が延びる時代、お金の不安を解決する唯一の方法は「働き続けること」。
65歳までを「待ち時間」とせず、「雇われる働き方」から「雇われない働き方」へとシフトする準備を始めよう。
目標は好きな分野で小さな仕事を立ち上げて、90歳まで続けていくこと。
そして住まいや家族、人とのつながりを見直して、幸福度をアップさせること。
60歳からの人生は自由で楽しい。
会社や家族のためではなく、自分の人生へ。ライフシフトの旅を始めよう。