
理不尽な要求や店員へのハラスメントなど、迷惑行為を行う客はどの時代にも存在するもの。なかには“出禁”などの措置をとる店もあるが、逆ギレされ悪評を流されるおそれなどもあり、店側にとって“毅然とした対応がしづらい”という悩みはつきものだった。
大阪・関西万博でも話題になった「カスハラ」
4月21日、開催中の大阪・関西万博にて、警備員が来場者に土下座をしている映像が報道された。
この件では警備員が“コトを収めよう”と自発的に土下座した可能性も考えられるが、もし来場者が強要していた場合、カスハラ(カスタマーハラスメント)にあたるのではとネット上で議論になった。
このように、近年は労働者を保護する価値観が広まりを見せ、「カスハラ」という言葉が一般的に使われるようになった。
2022年には、厚生労働省が「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成。各企業からの回答として、「ネット上に従業員の氏名を公開する」「長時間の電話」といったカスハラ行為を挙げ、対策や取り組みを紹介している。
こうした流れから、昨年には東京都で「カスハラ防止条例」が全国で初めて制定され、北海道、群馬県、三重県桑名市などに波及。いずれも今年4月1日から施行され、桑名市ではカスハラを繰り返す客の実名公表も行われる。
しかし、全国一の事業所数を誇る東京都は、他の県に比べて厳罰化の面でかなり見劣りする。丸の内五番街法律事務所の代表を務める辻本奈保弁護士が解説してくれた。
「東京都の場合、カスハラをする顧客や対策を怠った企業に対し、条例違反による罰則はありません。
それでも、“抑止力”という点では社会にいい影響を及ぼすでしょう。事業者側とすれば、『お客様は神様』という言葉が誤解されて広まった風潮のなか、どうしても客に物申しづらかったところ『条例を受けて然るべき対応をとるようになった』と打ち出しやすくなりました。
『カスハラですよ』と直接言いやすくもなるはずですし、報道などで条例が周知されれば、客側も『カスハラというものがあるんだ』『これって該当しないかな?』と気を付ける人が増え、牽制として機能していくと予想されます。
都の条例では、第2条でカスハラを〈顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するものをいう〉、著しい迷惑行為を〈暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいう〉と定義しているので、具体的に言うと『思っていたものと違う』『要らなくなった』といった正当でない理由で商品などの返金・謝罪を求めることや、近年よく聞く土下座の強要などは、カスハラに該当する可能性が高いでしょう」(辻本弁護士)
「客に殴られた」「土下座をさせられた」
では、どういった業種がカスハラを受けやすいのだろうか。辻本弁護士によれば「“言葉の暴力”の対象になりやすい業種で、1番に思いつくのは飲食や小売といった“お店”ですね」という。
そこで、こうした業種を中心に、カスハラ経験の有無や条例への所感などを聞いてみたところ、40代のスーパー店員はこう話した。
「コロナの頃、『トイレットペーパーがなくなる』というデマを真に受けて来店したおじいさんたちが、半ギレ・喧嘩腰で接してくるケースに何度も遭遇しました。ワイドショーでもネットニュースでも、『デマなので落ち着いてください』とメーカーのコメントと併せて繰り返し報じていたのに、殺伐とした態度で当たり散らすんです」(40代男性・スーパー店員)
飲食店ではどうだろうか。
「ちょっと焦げてるとか提供が遅いとか、そういうので“代金をまけろ”っていうのはたまにありますね。そういうのは形だけ謝って、後は相手にせず受け流すことが多いです。そういう人はもう来てもらわなくていいとも上から言われてるので」(30代女性・飲食店店員)
「やっぱり居酒屋でお客さんはみんな酔っ払うため、揉めごとはしょっちゅうです。多いのは『払った・払わない』の話ですね。3人組のお客さんで先に2人が帰り、残った人が『アイツらがもう払ってるはずだ』とお金を払わず、店を出ようとするとか……。
ただ、こういうのってだいたい話は平行線でラチが明かないので、ウチの場合はすぐ警察を呼んじゃいます。年に5~6件はありますかね。
やはり、酒が入るという特性上、居酒屋は客とのトラブルが起きやすいようだ。店主はさらに、条例のガイドラインに示された土下座の強要も経験があるという。
「ウチはお客さん用の傘置き場があって、帰るときに自分の傘を選んでもらうんですが、その人は『なんで預けたのに渡しに来ないんだ!』と言い出して。『ですから、そこにありますよ』と言っても全然聞かず『土下座しろ!』とやらされて、連れの客は土下座姿を撮影しようとしてました。
やっぱり、こういう商売だと強くは出づらいんですよ。お客さんも、ふり上げた拳の落とし所を探してる部分もあると思うから、それで引っ込むなら多少は聞いちゃおうっていうのはありますね」(前出・店主)
カスハラは“なんでもハラスメント”の一種?「俺らの時代じゃ……」
先述の居酒屋の店主は条例の存在を知らなかったのだが、概要を説明したところ、「お客さん側に知れ渡らないと意味がないと思うんです」などと話した。
その言葉からは、条例があっても店の立場は依然弱く、客側の意識向上こそが最大のカスハラ対策だという嘆息が聞こえるようだった。
では、客側は今回の条例をどう受け止めているのか。今度は道行く人にたずねていった。
「私は先月までバンコクに赴任していたのですが、あっちの人は買ったモノが壊れても怒ったりしないんですよ。でも日本だとクレームつける人もいるので、店を守る仕組みについて賛成です。
日本って1度失敗したらやり直しできないと言われるけど、これって完璧主義だからだと思ってて。
「今ってちょっとしたことでパワハラだのなんだの、俺らの時代じゃ当たり前だったことをなんでもハラスメント扱いするじゃない? 若手を萎縮させたら問題になるのに、若手が上の世代を萎縮させるのはいいのかって話だけど、カスハラもこれに似てると思うんだよ。
若手への正当な指導すらパワハラ呼ばわりされるように、真っ当な要望もカスハラ扱いされないか心配だよね。
夜のお店なんかも、どんなにスマートに接してても、女の子に『不潔なおじさんだからもう会いたくない』と思われたら出禁に指定されちゃう可能性もあるわけでしょ? 何がNGかはすべて店のさじ加減でカスハラ扱いされたら、それは横暴なんじゃないのって思う」(40代男性・自営業)
「気に入らない店員を動画でさらす人もいるので、条例ができたのはよかったし、罰則も作るべきだと思います。ただ、例えば不動産とか、契約時は謎のお金がかかって、入居中は管理会社が全然対応してくれないみたいな、酷い業界もあるじゃないですか? 正当なクレームまでカスハラ扱いさるんじゃないかって、そういう懸念はありますよね」(20代男性・営業職)
条例は施行から1ヶ月ほどのため、今後は改善点などが見つかり、改正の動きも出てくるだろう。現在はある意味で、社会実験の期間といえそうだ。
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班