
関税措置、留学生へのビザ取り消し…トランプ政権になってから、未来がまったく見通せないのがアメリカの現状だ。まさに絶望状態になる数年前から、YouTubeやInstagramでありのままの在米生活を発信し、「絶望」し続けている日本人がいる。
そんな難民さんに、リアルなアメリカを発信しようと思ったきっかけから、華やかなイメージとは異なるアメリカでの日々の奮闘、そして、トランプ政権下の人々の現状までを聞いた。
「日本の恥」とバカにされても続ける発信
ニューヨークの郊外にある、家賃28万円の借家に家族4人で暮らす難民さん。これ以上家賃の低いところを探すとなると、ギャングや強盗だらけで身の危険にさらされる地域に移住しなくてはならないという。
物価の高騰は止まらず、早朝からの肉体労働とフードデリバリーのダブルワークを続けても借金は増えるばかり。自分の洋服は何年も買えていないし、外食なんてもってのほか―。
難民さんは、日本で知り合い、同棲していたアメリカ人女性との婚約をきっかけに、彼女の祖国に移住することになったと明かす。
そんななか、動画配信を始めたきっかけは、自身が経験している「ただただ絶望的なアメリカ生活の真実」を伝えたかったからだったという。
「僕が動画配信を始めたのは、コロナ禍の約4年前になります。当時はアメリカでの生活を紹介するYouTubeのジャンルって、キラキラしたものがほとんどだったんですよ。 大きな家のルームツアーとか、買ったものの紹介とか、ニューヨークに留学している学生のブログみたいな。『アメリカ生活』と検索してみても、そういうものしか出てこなかったんです。
でも当時の僕の生活は、給料も全然低かったですし、一人目の息子が生まれたばかりで、仕事のストレスからうつ病になってしまったりと、今よりずっと厳しい状態でした。
なのに、ブログなどに上げられている他の米国在住の日本人の食べているものを見ると、僕とは全然違うクオリティのものだったりして。『あれ? 僕の生活って全然みんなと違うな。なんでこんなに僕の生活は苦しいのに、みんな輝いているんだろう?』と思っていたんですね。
僕の周りには僕以外の日本人はいないし、生活のやりくりに苦しんでいる人が多い。だから、ありのままのその生活を伝えたいと思いました。『キラキラしたアメリカしか見られない』という現状も変えたいと思ったんです」
早朝に起きてサプリメントと抗うつ剤を服用し、出勤する。仕事中には肉体労働である大工の辛さを吐露する。「身近な人がひき逃げにあった」「人種差別を受けた」「借金が増えた」…など、朴訥なナレーションで日々の絶望を説明していく。ときにはアンチコメントを受けることもあり、自身を「日本の恥」と自嘲する。
確かに難民さんのYouTubeには、煌めきがない。あるのは鉛のような、冷たさと重さ。
「最近はそうでもないかもしれませんが、SNSってキラキラした部分しか見せないみたいな風潮がありますよね。みんなやせ我慢しているような感じだったと思うんですけど。
だから、実際に僕のアメリカ生活を見てもらって、アメリカの現実の一面を知ってほしいと思ったんです」
キラキラした自慢にまみれた動画は「悪」
巨大なスーパーマーケットに、色とりどりのスイーツ、広々としたリビング…。在米日本人たちがSNSでそういった典型的なアメリカを流し続けることを、難民さんは「悪ですね」と語る。
「これは僕の個人的な意見なんですけど。 キラキラした自慢にまみれた動画を見て、人は羨ましがるじゃないですか。Instagramとかもそうだと思うんですけど。それで羨ましがって自己嫌悪に陥ったり、『あの子は可愛いのに私は可愛くない』みたいに思って整形しようとしたり。
そういう、マウントを取ったり、コンプレックスを煽るようなことをするSNSの風潮が本当に嫌なんです。僕はそれを悪だと思っています。今、SNSで『いいね』の数を隠したりする動きがあるのも、そういう背景があると思います。
むしろ、苦しんでいる事実を見せたほうが、他の人を見て自己嫌悪に陥ることがないんじゃないかと。それに、僕自身、月70万円あっても生活には足りないし、そんな僕の周りのアメリカの現実を知ってもらうことで、『こんな人間もいるんだ。
難民さんは常に、「自由の国であるはずのアメリカには自由がなかった」ということに絶望している。
「まず、就労ビザがなかなか下りなくて働けず、本当に困りました。職につけたとしても突然の解雇は日常茶飯事です。人種差別やLGBTQに対する偏見もまだ普通にあるし、アジア人のなかで日本人だけ絶賛されている…なんてことは僕の周りではありません。自己主張もせずにいたら、『ただの身体が小さい使えない人間』としか認識されません。
また、アメリカの『広さ』に憧れている人も多いですが、実際は車がないとどこへも行けない。みんなビュンビュン飛ばしているし、歩道がないところが多いので、徒歩での移動は危険です。しかも、アメリカは銃社会。街中や学校での銃乱射は実際にある事件なので、大げさなようですが、毎日が死と隣り合わせだったりします」
そう話す難民さんだが、もともとはアメリカに対し、ごくごく一般的なイメージを抱いていたという。
妻の希望に沿いたい
「キラキラしたアメリカの映画が好きだったので、『アメリカ人ってみんなフレンドリーなんだ』とか、『給料みんな高いんだ』とか、『金曜日の朝からゆっくりランニングしてるんだ』『残業ないんだ』とか、そんなことしか考えてなかったですね」
その認識の延長で、社会人になってから「英語をしゃべれたらカッコいいかも」と思い立ち猛勉強。なんとか話せるようになり、オーストラリアとニュージーランドでワーキングホリデーの経験も積んだ。その後、日本で英語講師をしていたが、そこでのちに妻となるアメリカ人の女性と出会う。
そして、妻から「家族が近くにいると何かと安心だからアメリカで暮らしたい」と切り出され、すんなり受け入れたと話す。それには理由があるそうだ。
「僕は子どものころ、中国人の母親ひとりに育てられました。しかし、母はアルコール依存症を発症し、虐待やネグレクトを受けて育ちました。児童養護施設にいたこともあります。高校卒業後、介護の専門学校へ行き社会人になるのですが、母とは一切連絡を取っていない状況です。だからこそ妻の希望に沿いたいと思えたんです」
しかし、思い描いていたアメリカ生活は地獄のような日々の連続だった。
後編では、難民さんのアンチコメントとの向き合い方や、家族との絆、現政権下の「絶望」についてうかがう。
取材・文/木原みぎわ
地獄海外難民●1991年生まれ。2019年頃からニューヨーク州に移住し、妻と2人の息子と暮らす。肉体労働(大工)のほか、フードデリバリーやライドシェアなど掛け持ちし日々即日解雇の恐怖を抱えながら働く。うつ病とも闘いつつ、絶望的な毎日をYouTubeにて配信中。