
「自由の国であるはずのアメリカには、自由なんてどこにもなかった――」。物価高騰や生活苦、治安の悪さなど、絶望的なアメリカ暮らしをYouTubeなどで発信している日本人がいる。
アンチコメントに復讐してやりたかった
マリファナやコカインをやりながら仕事をする大工の同僚、飲酒運転は当たり前、どんなに切り詰めても1か月に72万円を超える生活費…。
アメリカでの地獄の日常を紹介する難民さんが、もうひとつ「絶望」したものが、自身のSNSに寄せられる視聴者からのアンチコメントだ。
「当初は妬み的なコメントが並んだものでした。『アメリカに住めるだけで幸せだろ』『ありがたいと思え』とか。
そういった人たちはたぶん、『アメリカは素晴らしい』『自由の国でアメリカンドリームがある』という、映画とかCMのようなポジティブな情報で洗脳されていて、『自分が憧れているアメリカのイメージを悪くするな』と。それで『アメリカに住めるだけで羨ましい』という風になっているんだと思います。
でも、そういったアンチコメントは削除するようにしています。視聴者同士が喧嘩になって、コメント欄が荒れてしまいますからね」
当初はアンチコメントがつくたびに非常に傷ついていたという。
「『こいつは本当に大嘘つきだ』みたいな酷い内容で。全部嘘だ、セッティングされ(仕組まれ)ているんだ、と。本当に悔しくて、晒してやろうと思ったこともあったんですが、ある方に『そんなことをしたら、ファンになってくれる人もファンになってくれなくなる』と言われて、ハッとしたんです。
今はもう完全にアンチ慣れして、結構楽しみにすらなってきています。逆にアンチコメントがなくなると、『注目されなくなったのかな』と、寂しくなる時期もあったくらいですね。
とはいえ、コメント欄で、『私も大変です』『同じような人種差別を受けました』と書いてくれる人も多くて、実際は僕と同じようにアメリカでの生活に苦しんでいる人も多かったんだと、ちょっと驚きましたね」
事実、難民さんの動画には、「共感」という希望もある。そして、家族に助けられている様子もまさに未来につながる希望だ。
「僕はあまり意識していなかったのですが、妻とはコミュニケーションを取っているほうなのかもしれません。仕事のこととか政治のこととか、家庭内でも意見を交わしています。
現在、妻は解雇されて以来、家で2人の子どもの面倒を見てくれている立場なので、家の中で顔を合わせていることも多いんです。
また、アメリカでは保育料も高いので、子どもは基本自分たちで面倒をみるか、いわゆるママ友同士で面倒を見合うことが多いですね」
仕事のストレスが溜まり、帰宅した途端に奥さんの前で号泣したこともあったという難民さん。
「あのときも、妻は『仕方ないよね』みたいな感じで大げさに心配しないでいてくれたのがありがたかったです。日本に住んでいたこともあるから、日本人である僕を理解してくれているんですよね。本当に助かっています」
子どものいるかけがえのなさを実感
奥さんのご両親の存在も大きいという。
「義父がユニオンにいて、義母は大学で働いていたので、2人は比較的余裕のある年金暮らしをしています。
子どもたちの面倒も見てくれますし、本当に申し訳ないですが、生活費を貸してもらったりしています。
「アンチから『貧乏なのにどうして2人も子どもを作ったんだ』というコメントが来ることがありますが、大工の現場監督に『子どもを作るのに、完璧な状態なんてないんだ』と言われ、2人目を作ることにしました。
現在、子どものいるかけがえなさを実感していますが、教育費や安全面から、やはり3人はさすがに無理かな、と考えています。子どもたちには、できることなら日本で教育を受けさせてあげたい。日本には、学校内での銃乱射とか危険がアメリカより極端に少ないですから」
幼少期に虐待をうけたことがあり、肉親との縁が薄かった難民さんとしては、初めて経験する温かい家族の絆だと話す。
「妻や息子たち、義理の両親がいるから、自分を見失わず、『絶望』を客観視できていられるのかな。いつか恩を返せるようにしたいと思っています。
ただ…。僕はもともと『陰キャ』なので(笑)、アメリカ人が大好きなホームパーティ文化がとても苦手なんです。家族だけのパーティには、少しは慣れてきましたが。
以前、妻に『あなたってパーティだとあんな感じね』と、部屋にあった置物を指さされたことがありました(笑)」
「これが最新の『絶望』ですね」
また、同じアジア人として頼れる先輩もいるそうだ。
「大工仲間に、58歳のベトナム人がいるんですよ。16歳でアメリカにやってきて、当時はアジア人差別は今とは比べ物にならないぐらいひどかったそうです。でも彼は、負けたくない、強くなりたいと、カンフーを習うんですね。そのおかげで手も口も出る人間になって、彼をいじめる人間はいなくなったと。
同じアジア人ということで僕のことをすごく気にかけてくれるんですが、いつも『お前も俺のように強くなれ』と言ってくる。あんまり役に立たないアドバイスなんですが(笑)、味方がいるのはありがたいです」
今回のトランプ政権の暴走ぶりは、新たな「絶望」の雲となって、難民さんだけでなくアメリカ全体を覆っているようだ。
「それこそ従来のキラキライメージでは、アメリカ人はホームパーティや仕事場などで気軽に政治の話などを話すように思われていますが、わかりやすい喧嘩のタネですから、実際はそういう場では政治の話はほとんどしません。
でも最近は、不安感を込めて政治の話が話題にのぼっています。このままでいいのだろうか、と。僕としても、アメリカに対してネガティブな話題を上げたSNSはアカウント停止をされるとか、配信者はビザを取り下げるという噂も聞くので、心配です」
そう話す、難民さんは「これが最新の『絶望』ですね」と言った。
取材・文/木原みぎわ
地獄海外難民●1991年生まれ。2019年頃からニューヨーク州に移住し、妻と2人の息子と暮らす。