中国出身の女芸人・いぜん、東大大学院から来春は企業へ就職「自分の可能性を広げたい」ひらがなの名前に秘められた「両親からの愛情」
中国出身の女芸人・いぜん、東大大学院から来春は企業へ就職「自分の可能性を広げたい」ひらがなの名前に秘められた「両親からの愛情」

東大大学院で核融合の研究をしながら、唯一無二の芸風で注目を集める中国出身の女芸人・いぜんさん。異色の経歴を持つ彼女に、来日してからの日々と、独自の芸人スタイル、そして今後の展望について話を聞いた。

(前後編の後編) 

東大大学院を卒業し企業へ就職

「吉本の芸人になるために日本へ行く」という目標を掲げ来日を決めたいぜんさん。まずは東京都立大学理学部に留学する手筈をとり来日する。同時に吉本のお笑い養成所・NSCにも申し込むが、勘違いでNSCへの入学は叶わなかった。

「面接の手続きの順番待ちだと思って、2時間並んだ行列が、『ラーメン二郎』の列だったんです」(いぜんさん、以下同)

まるでコントのようなエピソードを語る彼女は、コロナ禍を経て、2021年に念願のNSC(吉本総合芸能学院)に入学。同所を卒業して晴れて吉本興業所属の芸人となったものの、明確な在留資格が必要だった。そのため東大大学院へ入学し、留学生ビザを取得する。

来年には卒業予定で、2026年からは内定をもらった某大手企業に就職し、社会人として働く予定だという。「東大生×芸人」から、「会社員×芸人」の二刀流へと鞍替えするわけだ。

「今の私では『職業・芸人』ではビザはもらえないですからね。でも、今年に入ってからは知名度も上がった。就活もしながらだったので本当に忙しかったです。就活の面接では、いつものしゃべり方が出ないように気を遣いました(笑)。でも、一緒にいた就活生には『いぜんだ』とバレてましたね」

就職をするのは就労ビザのためでもあるが、「自分の可能性を広げたいから」でもあると話す。

「中国のインフルエンサー市場は巨大ですし、知名度を上げれば、中国のほうが本当に簡単に収入を得たりできます。でもお金よりも、自分がどんな人生を過ごしたいのかが大事かなと思います。あまり物欲もなくて。

一時はコンビニのレジ袋を通学のバッグに使ったりとかもしてました。中国の人は『人生お金』というイメージもありますが、そういう方もいますけど、私を含めて特に女性は『自分なりの人生を頑張ろう』という人も結構います」

「日本の漫才をバリバリやりたかった」

自分なりの人生を探求し続ける日々。その中心には「お笑い」があると話すいぜんさん。

「中国人・女性・東大生という、いろいろなバックグラウンドがあるからこそ、『普通だったら場の空気をゲットできないかもしれないけど、私にしかできないボケだからやってみようかな』というチャレンジが即座にできる」

賞レースでは先輩芸人とユニットを組むこともあるそうだが、そこには悩みもある。

「日本人の方と組むこともあるんですけど、そうすると相手に依存しそうだし、ネタは日本人の方が考えてると思われそうで、基本はピン芸人の方がやりやすいです。スベっても自己責任だからやってやる、みたいな。チャレンジ精神がある強者女性でありたいので(笑)」

いぜんさんが普段からコンビを組まないのには別な理由もあると話す。

「相方がいると、相方の立場も考えなくてはならないですからね。そういった人間関係にエネルギーを消耗するよりは、芸人という立場を越えたいろんな人たちとの関係性にエネルギーをかけたいと思うんですよね」

立場を越えた人たちとの出会いはネタ作りにも活かされている。

「いろんな人と話していて、ウケたものをストックすることが多いんです。

例えば飲み会で『とりあえず生で』と言ったらウケて、中国人の片言だと面白がられるんだとか。

後輩と苗字について話していたとき、『(私の本名の苗字である)李って中国には普通にいるけど、何人くらいいるかな』って調べたら1億人いて、後輩がめっちゃウケて。『あ、これネタになる』って。

やっぱり、私が中国人だということを踏まえたうえでのネタはウケるんですよね」

来日した当初は、「日本の漫才をバリバリやりたかった」と話すが、それよりもお笑いの世界で生き残ることを選んだという。

「最初は、中国人であることを売りにしたくなくかったんですけど、妥協することを学びました。あらゆる武器を出してウケることにつなげないと、今のお笑いの世界では生き残れないと考え直した。髪型はずっとショートだったけどロングにしたし、衣装はチャイナ服にして。女性っぽくしていたほうが今のしゃべり方とギャップがあってウケると思いました」

今後は芸人以上の活躍をしたい

「おもしろい女」として生きていけているのが、心からうれしいといういぜんさん。

「私も猫をかぶったりするときもありますが、芸人の仕事をしているときは、みなさんがめちゃくちゃツッコミをしてくれるので楽しいし、『本当の自分を出せてるじゃん』と思います」

今の喜びがあることを嬉々として語る一方で、泣いていた日々もあったと話す。

「来日したての頃は、知り合いもいなくて、日本語が下手だった。そのころが一番つらくて、よく泣いてましたね。そんな私が、今では(千鳥の)大悟さんたちに『いぜん最高じゃん』と言ってもらえるようにまでなって、やっぱり日本に来てよかったとすごく思います」

そう話す、いぜんさんは、最近では違った意味で涙を流したんだとか。

「私の動画につくコメントで『いぜんさんを見ると、日々の仕事の疲れが取れるから私も頑張れるようになりました』と書いてありました。読んだときはマジで大号泣。私が一方的にみなさんにお笑いを届けているだけじゃなくて、お互いに救い合っているみたいで。

私は全中国人の代表でもないし、1人の人間として見てもらえたら一番うれしいです。1人の人間として、応援してくださるみなさんと救い合ったり、切磋琢磨したり、成長したりできたら一番理想的ですね」

今後は東大大学院で学んだキャリアを活かし、芸人以上の活躍も視野に入れているという。

「芸人としてもっといろんな番組に出て、自分のおもしろさをたくさんの人に届けたいというのもありますが、私は理系で金融系のインターンもしていたので、コメンテーターとしてもいろいろ発信したい。

それに、日本国内あちこちに行くのが好きなので、日本の経済や、地域の活性化にも貢献したいと思っています。バラエティ番組で芸人として冒険するときもあれば、報道番組で固い話題も真面目に解説する。そのギャップの面白さもみなさんに届けたいですね」

夢は広がるばかり。そんな、いぜんさんの名前にはこんな意味がある。

「『いぜん』は漢字で『怡然』と書きます。中国語でも日本語でも『喜び、楽しむ状態を人に与える』という意味なんですね。

両親がつけてくれた本名ですが、今まさに名前の通りに生きられている。いま人生がすげえ楽しいです」

(前編はこちら) 

いぜん●1998年4月生まれ、中国・北京出身。中国の超難関高校を卒業後、東京都立大学理学部に留学する名目で来日。テレビ番組の出演をきっかけに注目を集める。現在はピン芸人として活動しつつ、東京大学の大学院生として核融合の研究をしている。 

取材・文/木原みぎわ 撮影/齋藤周造 

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