
ゴールデンウィーク真っただ中、京都の街は国内外からの観光客であふれている。中でも人気のスポットの一つが、“京の台所”と呼ばれる錦市場だ。
「今の錦市場はありがたくない状況です」地元民が語る
京都・四条通のすぐ南、錦小路通にある「錦市場」は、京都の食文化を語る上で欠かせない存在であり、地元の暮らしを感じられる貴重なスポットだった。鮮魚や京野菜、漬物、豆腐、湯葉、和菓子など、京都ならではの食材を取り扱う専門店が軒を連ねている。
4月下旬、平日の日中にもかかわらず多くの人でごった返していた。歩くのも困難なほどの混雑ぶりで、8割以上が外国人観光客という印象だ。その中に、遠足や修学旅行とおぼしき学生の姿もちらほら見える。しかし店を見てみると、これまでとは印象がだいぶ違う。
目を引いたのは、商店街の各店の店頭に並ぶ、きらびやかな料理の数々だ。黒毛和牛の餃子、大トロの握り、牛サーロイン串、ホタテ串、ズワイガニ串、牛タン串、うなぎ串……。中には、焼き鳥にキャビアをのせた串や、1本5000円の和牛ウニ串、6000円の和牛いくらウニ串などもあった。
なかには昔ながらの肉屋や魚屋、和菓子屋なども見られるが、現在の「錦市場」で主役となっているのはこうした老舗店ではなく、むしろ派手で豪華な料理を提供するインバウンド向けの店のほうに感じられた。
串天ぷらを食べていた40代のフランス人夫婦に話を聞くと、「錦市場」にはインターネットで情報を見て訪れ、お目当てはタコの中にうずらの卵が入ってる「タコ串」だったという。一口サイズで値段は一本500円。
外国人観光客のニーズに合わせ、市場は大きく変化してきたのだろう。一方で、長年この地に暮らしてきた人々にとっては、複雑な思いもあるようだ。錦市場の店に生まれ育ち、現在は店主を務める40代の女性に話を聞いた。
「今は、もともと錦に縁のない人たちが、お金目当てで出てきてはるんで、うちのような昔ながらの店は、なかなか大変な状況なんです。昔からうちに来てくださってるお客様は、ああいうのは苦手で、『もう来たくない』って言わはる方もいます。正直、昔から来ている人にとって、今の錦はありがたくない状況です」(40代女性店主、以下同)
外国人観光客に注意をしても反論をされて
特に困っているのは“食べ歩き”だという。市場内では串料理など、食べ歩きに適した商品が多く売られているが、錦市場では歩きながら食べる行為は禁止されている。アーケード内では放送による注意喚起が流れ、張り紙も掲示されているが、それでも食べ歩きをする人は後を絶たないという。
「その場で立ち止まって食べてくれるならまだいいんですけどね。見かけたら注意はしますよ。『日本人はそういうことしません』って。
関東でも鎌倉や築地など、他の観光地でも同じようなことが起きてるって聞きますけど、外国の方の真似をしてるのか、日本人までマナーが悪くなってきている気がします。私はここで生まれ育ったので、今の錦市場の状況は正直、いいとは思えません。
でも、外国からのお客さんがこんなに増えた以上、どうしても仕方ない部分もありますよね。人が来れば、当然お金目当ての店も出てくる。そこも、しょうがない。でも、これが今後どこまで進むのか、不安はありますね」
錦市場が現在のような状況に変化し始めたのは、コロナ禍の少し前くらいからだというが、コロナが明けると、市場の治安は一気に崩れてしまったと語る。
「コロナ禍前、特に2019年ごろから中国からの観光の方が一気に増えはじめて、その頃から少しずつ今のような雰囲気になってきていました。でも、コロナ後に人が戻ってきてからは、さらに拍車がかかりましたね。
マナーについて言うと、コロナ前に来ていた外国の方は、まだ比較的配慮をしてくれる人が多い印象で、ここまでひどくはなかったんです。でも今はちょっと、恐ろしく行儀の悪い方が多い。
やっぱり、国によってマナーの感覚は違いますね。最初は『中国人がひどい』ってよく言われてましたけど、あまりにも言われすぎたんで改めはったのか、最近は中国の方のほうがむしろマナーがよくなった気がします」
「家賃を払うためにはそういう商売を…」
店主の体感では、南ヨーロッパなど英語圏以外からの観光客が少し行儀が悪い印象で、英語もなかなか通じないため、注意が難しいそうだ。一方で、アジア圏の人のマナーがいいと感じることもあり、「これはもう、文化の違いですから仕方ないんでしょうけど」と語る。
「日本人とは相いれへん文化もあるわけで、だからやっぱりここで言ってももう限界があるのかな。それであればやっぱり、日本ではこういうルール・マナーが守られてるっていうのを、こっちに来る飛行機の中で流すとか、そういうことを国がやるべきやと私は思います」
さらに観光地として人が集まる錦市場では、今や家賃・土地代が非常に高くなっている。こうした面も、市場の様変わりを助長している要因になっているとも……。
「高い家賃を払うためには、必然的に単価の高い商売をするしかないですよね。こういう地道な商売してると、今の家賃は払えない。店の大きさにもよりますけど、下手すると家賃だけで月100万円超えたりするみたいなんですよ。
だから、跡継ぎがいないお店が家を貸すようになったりしています。家賃収入で、働かなくても勝手に家が働いてくれるからね。その方がいいって思っちゃうんじゃないですかね」
伝統的な京都の食文化を発信してきた“京の台所”がインバウンド市場に変わったことは少し寂しい気もするが、古くから商売を営む店の中には、この状況に希望を見出している人もいる。
「錦市場が変わったことは、もう受け入れるしかないですね。常連のお客さんの中には、確かに『最近は人が多すぎて行くのを控えている』という方もいますが、それでも我々は受け入れて、今の状況に合わせて商売をしていくしかないです」(肉屋の男性店主、以下同)
時代の変化に合わせて同店では、その場で食べられる商品の販売を始めたそうだ。もちろん食べ歩きはダメなので、「この店の前で食べていって」と声をかけているという。
「来てくれることは嬉しいですよ。多少なりともその恩恵はありますから。でも食べた後、ゴミをその辺に捨てていく人もいるんです。朝は掃除から始めないといけなくて。以前は日本人のお客さんがメインだったから、こんなことはなかったんですけどね」
観光地として変わっていく錦市場。地元の人々が守ってきた「京都らしさ」を大切にしつつ、上手く調和していってほしい。
取材・文・撮影/集英社オンライン編集部