
2025年4月から全世帯を対象とした公立高校の授業料が完全無償化された。さらに、子ども3人以上を扶養する世帯には大学の授業料・入学金の一定額の無償化もスタートしている。
日本維新の会の前原誠司共同代表は、今年3月に大学無償化に取り組んでいくとXで発言した。「高等教育の機会均等」という旗印のもとで無償化の議論が進むが、問題点も多い。
大学で「原稿用紙の使い方を学ぶ」という驚きのカリキュラム
大学無償化の問題点の一つは、各大学の質にバラつきがあることだ。
財務省が4月15日に開催した「財政制度分科会」で「活力ある経済社会の実現・安心で豊かな地域社会の確立(財政各論Ⅰ)」という驚きの資料を公開した。高等教育において安定的・持続的な人材の質の確保が不可欠としたうえで、「定員割れ私立大学の中には、義務・中等教育で学ぶような内容の授業が行なわれている」と指摘したのだ。
シラバスを公開している私立大学の中には、「四則演算(足し算、引き算、掛け算、割り算)から始める」、「社会に出ればパーセンテージ等の計算は日常茶飯事」、「原稿用紙の使い方を学ぶ。特に句読点、数字、記号の書き方を練習する」、「日本語の基本的な表記のしかたを練習する」などという、中等教育どころか小学生レベルのことが書かれていたところもあったという。
大学生の学力低下は、大学入学定員の増加が背景にあると言われている。日本人の大学進学率は年々高まっているのだ。2024年度の大学・短大進学率は62.3%。大学進学率のみでは59.1%で、いずれも前年度より1ポイント以上上昇して過去最高を記録した。
しかし、定員割れの私立大学も増加するという不都合な現実がある。
旺文社が発表している学校基本調査「増える大学、減る短大。学部学生は10年ぶり減少」によれば、2024年の日本の大学数は前年から3校増加して813校となり、過去最高を記録した。国内では深刻な少子化が進んでいるにも関わらずだ。
そして、私立の占有率は72.9%(1989年)から76.8%(2024年)へと増加している。定員割れを起こしている一部の私立大学は、学力が大学レベルに達していない学生の受け皿となっているのは明らかだろう。
そもそも、私立大には年間3000億円もの税金が投入されている。その是非の議論もなされぬまま、授業料の無償化に突き進めば一部の私立大学をゾンビ化させるだけだろう。
深刻な高校生の学力低下の一方で無償化ばかりが先行
一部の私立大の学力低下とそれにまつわる「私大ゾンビ化問題」への反論として、高校教育の質低下の割を食っているのだ、というものがある。これはその通りで、高校の学力の二極化は深刻なまでに進行している。
文部科学省が特定の子どもに毎年質問してその変化を見る「21世紀出生児縦断調査」では、高校3年生で休日の勉強時間が6時間以上との回答は2割に及んでいる。一方、「勉強しない」との回答は3割を超えた。
こうした現状に公立高校の無償化と、私立高校の授業料の支援拡大が押し寄せてくると二極化がさらに進みかねない。高所得世帯が塾代を惜しみなく充てられること、私立高校に人気が傾斜して公立高校の質が下がることへの懸念がある。
日本の高校進学率はほぼ100%で、留年する割合はわずか0.3%ほどに過ぎない。義務教育には基本的に留年制度は設けられてもいない。ヨーロッパでは義務教育レベルでも2割程度が落第している。フランスやドイツは大学が一部無償化されており、日本でもそれを議論するのであれば、義務教育からの見直しを行なわなければならないはずだが、その議論は置き去りにされたままだ。
政治家が誰も教育改革に前向きではないのは、成果が出るまでに時間がかかるため、というのが大きいだろう。数年、十数年単位で経過を見なければならない教育改革などに手を出すよりも、国民の人気を獲得するためには無償化を掲げた方が手っ取り早いというわけだ。
「地方創生×大学新設」の失敗例
高校の現場を今すぐに変えられないのであれば、やはり焼け太りした一部の私大の整理が必要になる。
文部科学省は2025年4月、私立大学の学部や学科を新設する際の審査基準を厳格化する方針を示した。定員充足率が5割以下の学部が1つでもあれば新設できないという基準を7割以下に引き上げる。
そして、私大が経営から撤退を円滑に進められる専門家チームも新設する予定だ。大学の統廃合や定員削減などの適正化を進め、急な経営破綻で学生に影響が出ることを防ぐ。専門チームは撤退の要請があった大学に派遣され、資産の処分などのアドバイスを行なうという。
文部科学省は経営状態が悪化している42の学校法人に経営改善計画を提出するよう求め、経営指導も行っている。改善しない場合は助成金の減額を行なう。ようやく重い腰を上げたのだ。
大学・学部の新設は、学生集めの難易度が高いにも関わらず安易に立ち上げようとする例が後を絶たない。山形県飯豊町に2023年4月に開学した電動モビリティシステム専門職大学は、2025年度入学の学生募集を早くも停止した。大幅な定員割れを起こしたからだ。
町は校舎などの整備費3億5000万円を補助、土地も無償提供していた。
慶応大名誉教授で電動モビリティシステム専門職大学の学長でもある清水浩氏は、自らの努力不足を認める発言を行なっている。当初、定員の40名は確保できると判断したが、在学生は2年生3人、1年生1人の4人にとどまった。
この大学は、過疎化が進む飯豊町がリチウムイオン電池を軸とした産業創出を目指す「飯豊電池バレー構想」をもとに誘致したものだ。このように自治体が地方創生という言葉を盾に、大学の新設を進めるケースもある。
そうした動きにも政府は釘を刺すタイミングが訪れているのではないだろうか。
取材・文/不破聡 写真/shutterstock