東京の“常識”が、名古屋の“非常識”に? エスカレーターマナーを変えた名古屋市に賛同の声「浸透していてすごい」
東京の“常識”が、名古屋の“非常識”に? エスカレーターマナーを変えた名古屋市に賛同の声「浸透していてすごい」

長年、東京などの都市部では当たり前の“マナー”とされてきたエスカレーターの片側空け。しかし最近では、その慣習に疑問を呈する声が増え、SNS上でも共感の声が広がりつつある。

エスカレーターの片側空けに著名人が苦言

5月8日、ミュージシャンのGACKTが自身のXに、ニュース記事を引用しながらこんな投稿をした。

〈以前から危ないと思っていたエスカレーターの乗り方がやっと見直されたかという感じ〉

引用したのは、5月5日に共同通信が配信した大阪万博でのマナーに関する記事だった。内容は、会場内でエスカレーターの「2列乗り」が定着しつつあり、「片側を空ける習慣が日本でも消滅するかもしれない」というもの。

GACKTは続けて、〈急いでいる人たちのために空けていたんだろうが、そもそも急いでいるなら階段を使えって話。事故を起こしては何の意味もないし、むしろ巻き込まれる人たちは迷惑でしかない〉

〈海外でエスカレーターを登り降りしてる人はほぼいないし、片側を空ける必要もなければ効率も良い。横並びに並んだ方が混雑時には時間の短縮になる〉などと主張を展開。

そして最後には〈このおかしな習慣が早くなくなってほしい一人として大いに声を上げたい〉と、マナーの見直しを強く訴えた。

その数日後、作家の平野啓一郎氏もXでエスカレーターに関する投稿をした。

〈昨日は都内某所で、下りエスカレーターから転落したらしい人を目にした。(中略)顔から落ちたらしく、倒れたまま出血して動けなくなっていた様子はショッキングだった〉〈いい加減、片側を空けるのは止めましょう〉

この二人の発言は注目を集め、改めてエスカレーターの片側空けに関する是非を議論するきっかけとなった。

確かに二人の指摘の通り、そもそもエスカレーターは歩行を前提とした構造にはなっておらず、製造メーカーも「立ち止まっての利用」を推奨している。また、片側で一人ずつ乗ることで通路が狭まり、列が長くなる結果、かえって混雑を助長するという調査結果もある。

鉄道各社などでは「歩かない」「両側に立つ」ことを推奨しているが、いまだに「東京では右を空ける」「大阪では左を空ける」といった“暗黙のルール”が根強く残っている。

名古屋で行なった驚きの政策「右に立つ人を雇う」

そんな中で、“片側空け”の慣習に真っ向から挑んだ都市がある。名古屋市だ。実際、SNS上では名古屋市の変化に驚く声が多く投稿されている。

〈名古屋のエスカレーター 片側に寄らずみんなちゃんと2列立ちしててすごい。東京や大阪では見れない光景。なんでなんだこれ〉

〈東京も名古屋みたいにエスカレーター立ち止まるようにならないかな~~なんね~だろうな~~片側だけに行列できてるの本当あほらし〉

〈名古屋に戻ってくると、みんな律儀に2列でエスカレーター乗ってくれてるから、なぜか安心する。広島はまだなのか、浸透しないのか、片側空けてるからすごい長蛇の列になってるからさ。名古屋はどうしてこんなに浸透したのか…〉

〈エスカレーターの件私も両方乗るに賛成。こないだ名古屋帰った時に左右両方がかなり浸透していてすごいなと思った。名古屋やるやん!て。東京の片側空けは結構異常に感じる。10年以上いても〉

なぜ名古屋でここまでの変化が起きたのか。市役所の消費生活課・担当者に話を聞いた。

「最初は、安全性を理由に、“エスカレーターを歩く人を減らす取り組みをしてはどうか”という提案が議会の中で出されたんです。それを受けて、2023年3月に条例が議決され、同年10月に施行されました。そこから本格的に“立ち止まり利用”の啓発を始めました」(名古屋市役所・担当者、以下同)

市では、市交通局や鉄道会社と連携し、駅構内にポスターを掲示したり、アナウンスや現場での声かけを通じて市民の行動を変えようとしてきた。

「もちろんポスターやチラシといった広報物も使いましたが、やはりメディアに取り上げてもらえたのが大きかったですね。例えば取り組みの一つとして、主要駅でエスカレーターの右側に立ってもらう人を雇ったり、駅で市長が自ら呼びかけたりしました。

そうした活動をしていく中でメディアが注目して、報道してくれ、そこから認知も広がっていったんです」

データでも効果が出ていることが明らかに

こうした取り組みの成果は、数字にもはっきりと表れているという。市の調査よると、エスカレーターを立ち止まって利用する人の割合は、2022年度の78.7%から年々増加し、2024年度には93.3%に達した。

特に右側に立ち止まる人の割合は、2022年度はわずか7.6%だったが、条例制定後の2024年度には23.9%と大きく伸びており、「右側を空ける」習慣に変化が見られている。

さらに、担当者は輸送効率の面でも明確な利点があると語る。

「エスカレーター全体の輸送効率で見れば、立ち止まって2列で乗ってもらったほうが多くの人を運べます。この条例自体も、市民の方にはおおむね好意的に受け止められていますよ。ただそれは地域性もあるかもしれません。

名古屋の人ってわりと“決まったことは守らなきゃ”という意識が強いんですよ。その土地柄にも支えられて、ここまで来られたのかなという感じはあります」

一方で、課題もある。市内の住民には条例の内容が浸透してきているものの、観光客や出張者など、県外から訪れる人々への認知度はまだ低い。そのためにも、条例を制定するだけで満足するのではなく、その後どれだけ継続的かつ丁寧に啓発活動を行なえるかが、定着のカギを握るという。

また、他の地域でも同様のマナーが根付き、広がっていくことも重要で、「名古屋だけでなく、ほかの地域にもこうした取り組みが広がっていけば、我々としても本当にうれしいです」と担当者は語った。

無言の同調圧力を覆すのは、個人の努力だけではやはり難しい。だからこそ、名古屋のように「条例」という形で明確に示すことが、東京をはじめとした都市部でも変化を生み出すきっかけになるはずだ。

取材・文・撮影/集英社オンライン編集部

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