
大学生の就職人気ランキング上位をいつのまにか独占するようになった「コンサル」。この状況の背景にあるのは、いまの日本人を取り巻く働く環境の変化だった。
『東大生はなぜコンサルを目指すのか』より、現役コンサルタントたちの言葉を抜粋・再構成してお届けする。
就職ランキングからコンサルを目指した若者
Aさん(20代)は、有名私大から新卒で大手ファームに入社。メンタルを壊した経験を持ちながら日々クライアントとのやり取りに奮闘中。業務時間外ではスキルアップのための勉強を積極的に行っている。彼女に話を聞いた。
─Aさんが就活をされていたころにはすでにコンサルファームが人気銘柄になっていたと思います。
「そうですね。大学で経営管理に関する学部にいたこともあり、周囲に“とりあえずコンサルを受けよう”という人は多かったです。
自分は“とりあえず”ではなくて、興味のあった公共政策に民間の立場で関われそうなチームがあること、あとは社内でのコミュニケーションがストレートにとれそうなのも自分に合っていると思ったこと、その2つの理由でコンサル業界を志望しました。
と言っても昔からこの仕事を知っていたわけではなく、就職ランキングの上位に商社などと並んでコンサルファームがあるのを見て、そこから興味を持った感じです」
─最初から希望のチームには入れましたか?
「はい。ただ、そこでちょっとメンタルを壊してしまって……当時の上司が思っていた以上にストレートで(笑)。今は別のチームのプロジェクトでPMO(プロジェクト管理・進行を円滑に行うために必要となる業務をクライアントと向き合いながら幅広く対応する仕事)に関わっています」
─日々地道な折衝が求められる仕事ですね。
「まさにそうで、何となく世の中的にはコンサル=キラキラしたエリートの仕事みたいなイメージが広がってる気もするんですけど、全然そんなことはないというのは言っておきたいです(笑)。ただ、労働時間はちゃんと管理されていますし、上司も気を遣ってくれているのがわかります。そういう点では仕事がしやすい環境です」
「安定のために努力をしている」
─「仕事がしやすい」というところについてあえて逆からの質問なんですが、時間管理が行き届いた職場だからこそ仕事がしづらい部分ってありますか?
「もっとハードに仕事をしたいと思うことはもちろんあります。でもそれが許されない状況なのもわかっているので、そういう思いは勉強する時間を作ることで解消しています。最近主にやっているのはITに関する資格と簿記1級の勉強。英語にも継続的に取り組んでいますね」
─その勉強は今の仕事の質を高めるために勉強している感じなんですか?
「いや、そうではないですね。自分の手札を増やすためというか……スタッフ層だと何が武器になるかわからないので。いろいろなことに対して準備のできている状態にしておきたいと思っています」
─ご自身の成長のための勉強?
「成長と言われるとそこまでピンと来ないかもしれません。もうちょっと保守的なものです。安定のために努力しているイメージがあります」
「コンサルは安定のため」
─なるほど。今挙げていただいた保守的、安定といった発想と、コンサルを仕事に選んだことはつながっていますか?
「つながっていますし、周りにもそういう人が多い印象です。コンサルファームに入るメリットって“キャリアとして取り返しがつくこと”だと思うんですよね。汎用的なスキルが身について、それによって先の道が広がっていくんじゃないかという期待がある。
自分もまずはここでチームを持てるくらいになりたいと思っていますが、それもコンサルファームで偉くなりたいというよりは、そこまでいけば外に出ていっても大丈夫だろうという気持ちが強いです」
─コンサルファームに入ることがキャリアの選択肢を増やすのに役立つと。
「その側面はあると思っています。ただ、キャリアのモデルケースになるような人が周りにいるかというと、そんなにいない気がしていて。そこは自分で考えていかないといけないんだろうなと思っています」
「タワマン文学」のメンタルを壊す若者たち
Aさんのインタビューでも、「メンタルを壊してしまった」という発言が出てきたが、近年注目を浴びているタワマン文学と呼ばれるタイプの作品を読むと、メンタルヘルスの問題で仕事から離れる登場人物が多いことに気づく。しかも、それが取り立てて特別なことではないかのように、大した注釈もなくそういった展開が挟み込まれる。
久々に聞いた彼の名前は、無機質な文字列みたいに聞こえました。転勤先の支店でパワハラ上司に当たって、心を病んで退職したこと。
(麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』収録「30まで独身だったら結婚しよ」)
彼は1年ほど川崎の支店にいて、そして休職したらしい。チューターとの相性が徹底的に悪かったらしい。上司との相性も徹底的に悪かったらしい。振り返ると、ゼミでも彼と相性のいい人なんていなかった。
(麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』収録「真面目な真也くんの話」)
「これからシンガポールと繫いでテレビ会議なんだけど、簡単で良いから議事録をお願いできないかなと思って。ほら、垣田君がちょっとメンタル崩して休んじゃっててさ」
(外山薫『息が詰まるようなこの場所で』)
自身の仕事がどんな位置にあるものなのか、つまりは皆に自慢できるような仕事なのかがSNSで常につまびらかにされるような状況で、彼ら・彼女らは「なりたい自分」になろうとする。そんなふうにプレッシャーを勝手に感じながら世代も価値観も異なる人々と仕事をしていれば、心身のバランスを崩してしまうのは当然のこととも言える。
Z世代は頑張ることを諦めはじめている
タワマン文学の代表的な書き手である麻布競馬場の2025年5月時点での最新の単著であり、直木賞候補にもなった『令和元年の人生ゲーム』は、タワマンに憧れる時代の次を描く作品とも言える。
「『たくさん働いて自己実現しよう』とか『圧倒的に成長しよう』といったこれまでの価値観に対し、急に『これからは定時で帰れ』と言われて戸惑った若手社員って、たくさんいたと思います。今回の本で書いたのは、時代によって正しさというものがすごく移り変わった10年間だと思っていて、変化する時代に振り回された若者たちの鎮魂歌、新しい一歩を踏み出せず悩んでいる主人公を書きたいと思いました」
「今の20代、いわゆるZ世代と呼ばれる人たちと話すと『もう東京にもタワマンにも憧れない』と彼らは言う。『では、皆さんはタワマンなきあとにどこに行くんですか』と聞くと、『いや実はそれは分からないです』と。タワマンの時代は終わったけれど、次に僕たちはどこへ行くのかという惑いと不安、これはこれからの時代の空気になるのではないか。その気づきが今回の執筆の発端になっています」
(「“タワマン文学”麻布競馬場さんが描くZ世代の本音とは」NHK、2024年7月17日)
コンサルに入って不安をスキップしたい
成功の象徴を描くタワマン文学が、成長に囚われた時代の次を言葉にしようとする。この文脈に当てはめると、コンサルという仕事はもしかしたら時代遅れなものになっていくのかもしれない。
Aさんのインタビューからもわかるように、コンサルという仕事には「安定したい、だから成長したい」というモチベーションに応えられる環境があると信じられており、さらには常にやりたいことを求めてくる時代のムードを先送りにして目の前の業務に向き合える仕組みもある。
むしろ麻布競馬場の言う「惑いと不安」をスキップするための場所として、コンサルという仕事は次の時代の若者にも選ばれる可能性がある。
『令和元年の人生ゲーム』は平成28年(2016年)から令和5年(2023年)までが作品の舞台となっているが、各年代にまたがって登場するのが、新卒で入社したメガベンチャーで「総務部あたりに配属になって、クビにならない最低限の仕事をして、毎日定時で上がって、そうですね、皇居ランでもしたいと思ってます」などとうそぶく沼田というキャラクターである。
そんなことを言いながらも社内で新人賞を獲るなど注目を集めていた沼田だが、令和5年のタイミングでは過去に仕事を通じてメンタルを壊していたことについて示唆される。
周りをかく乱しながらおいしいところだけ持っていこうとしても、決して逃げ切れるわけではない。優秀とされる層は、どんな態度を取ろうとも知らず知らずのうちに「成長」の磁場に取り込まれていく。
文/レジー
東大生はなぜコンサルを目指すのか
レジー
【仕事と成長に追い立てられる人たちへ】
東大生の就職人気ランキング上位をいつのまにか独占するようになった「コンサル」。
「転職でキャリアアップ」「ポータブルスキルを身につけろ」そんな勇ましい言葉の裏側に見えてきたのは、「仕事で成長」を課せられて不安を募らせるビジネスパーソンたちの姿だった。
時代の空気を鋭く切り取った『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』の著者が、我々が本当に向き合うべき成長とは何なのかを鮮やかに描き出す。
【目次】
・はじめに
就活ランキングを埋めつくす「コンサル」/成長したがるビジネスパーソンの裏側 ほか
・第一章 成長に魅せられ、振り回される人たち
「成長教」で人生のバランスが崩れる/「会社に頼るな」という風潮を作るのは誰か/安定したい、だから成長したい ほか
・第二章 成長に囚われた時代のカラクリ
今改めて読む『若者はなぜ3年で辞めるのか?』/働かせるためのキャリア教育/「やりたいこと」と「サバイブ」の悪魔合体 ほか
・第三章 「成長」と「コンサル」 東大生はなぜコンサルを目指すのか?
やりたいこと地獄へのカウンターとして/「MECE」「結論から話せ」「3つあります」/コンサルをバカにして、コンサルから学ぼうとする ほか
・第四章 コンサルタントたちの本音
インタビュー1 Aさん(20代・新卒)「安定のために努力している」
インタビュー2 Bさん(20代・新卒)「モラトリアム期間で武器を身につけるために」
インタビュー3 Cさん(30代・中途)「フレキシブルさが全然違う」
・第五章 「成長」文脈で読み解くポップカルチャー
タワマン文学とコンサル/令和ロマンの分析と圧倒的努力/JTCから羽ばたいた宮脇咲良 ほか
・第六章 成長をめぐる不都合な真実
働き方改革が引き起こす「ゆるい職場」問題/イチロー発言と生存者バイアス/勤勉さは「出し抜く」ための武器か ほか
・第七章 成長に囚われずに、成長と生きる
戦うべき相手は「怠惰のウソ」/成長を目指してキャリア迷子にならないために/ジョブ・クラフティングで自己満足を ほか
・おわりに
「昭和のパロディが令和のコメディ」の時代を生きる