
ギリシャの経済学者ヤニス・バルファキス氏は、巨大テック企業が私たちからサービス料や手数料などをピンハネすることで富を集積し、きわめて強力な存在として君臨するようになったと指摘し、そうした状況を「テクノ封建制」と表現している。
実はこの不公平な経済システムを、私たち自身が積極的に支えているのだとバルファキス氏は言う。
「ジェフ・ベゾスでもアマゾン倉庫の労働には耐えられないよ」
テクノロジーが最先端になっても、工場を這いつくばって働く低賃金労働者に機械が仕事を強いる構造は、ほぼ200年前と変わらない。
コンピュータ・デバイスが労働者のあらゆる動きを追跡し、命令するアマゾンの倉庫。そこで働く人たちなら、父さんのお気に入りの映画、チャールズ・チャップリンの『モダン・タイムス』(1936年)と自分たちの姿を重ねることだろう。
アマゾンの倉庫では、1時間に1800個の荷物を検品してスキャンしなければならない。それはチャップリンが演じた、工場で流れ作業をする工員の運命と恐ろしいほどそっくりだ。
ベルトコンベアの速度が突然上がり、工員はそれに追いつこうとしておかしくなり、巨大な機械に吸い込まれてしまう。結局、彼は本当の意味での歯車にはなれなかった。
ニューヨークのスタテン島にあるアマゾンの倉庫でピッキングの仕事をしていたフアン・エスピノーザは、「あんな場所なのだから、ジェフ・ベゾスさんが身分を隠して現場の上司をやろうとしても、きっと1日ももたないよ」と記事で語っている。
『モダン・タイムス』よりもっと前にフリッツ・ラングが製作した映画『メトロポリス』(1927年)では、独裁者の息子であるフレーダーがたまたま父親が支配する地下の工場「マシーン・ホール」に下りていき、そこで労働者たちが巨大な時計のような機械の針を合わせようと散々苦労している様子を目の当たりにする。
フレーダーはその光景にショックを受け、機械が労働者を非人間的な速度で追い立て、情け容赦なく機械の一部にしていく様子を見て、恐怖のあまり頭を抱えた。
何年か前に、巨大テック企業の新しいツールは伝統的な製造プロセスに大きな変化をもたらしたのか、と父さんは聞いてきたよね。
人間への共感力を持たない冷酷なAI上司たち
人間が半自動化された生産ラインの一部として、機械にはできない仕事をしている限り、人間の仕事のペースは機械に支配される。そして機械は一緒に働く人間の生産的なエネルギーを、最後の一滴まで搾り取ることを優先する。
それがどうした、と父さんは言うかもしれないね。今どきの工場や倉庫では、アルゴリズムが労働者の仕事のペースを決めているかもしれないけれど、それは単にかつての歯車や車輪、チェーンホイールやベルトコンベアの代わりをしているだけじゃないか、と。その会社のニューラル・ネットワークとワイヤレスで接続された、プラグインデバイス上で作動するアルゴリズムによって管理されていることに、なにか問題があるのか、と。
クラウド・プロレタリアート(クラウドベースのアルゴリズムによって肉体の限界まで働かされる賃金労働者を僕はそう呼んでいる)は職場で苦しんでいる。でもそれは、前の世代のプロレタリア階級なら誰しも同じように感じていたことだろう、って。
たとえばアマゾンのメカニカルタークはいい例だ。メカニカルタークのことを、同社は「個人と企業が、分散された労働力にオンライン上でタスクを外注できるようにする、クラウドソーシングのマーケットプレイス」と説明している。
でも実態をありのままに伝えるなら、これは労働者がバーチャルに出来高払いの低賃金で働く、クラウドベースの搾取工場だ。ここで起きているのは、カール・マルクスが『資本論』第1巻の第21章で完全に分析した通りのことそのものだ。
「出来高払いは……最も実りある賃金削減の原資であり、資本家がはたらく詐欺のネタとなる」。
アルゴリズムはすでに輸送、配送、倉庫保管業の管理者になり代わった。そのアルゴリズムのもとで働かされている労働者は、現代の悪夢の中にいると感じているはずだ。人間への共感を欠くばかりか、そもそも共感能力のないバーチャルな存在が、人間の反応速度などお構いなしに決めた速度で、自分たちに仕事を割り振ってくるのだから。
人間味のない人物でさえも感じる一抹の罪悪感などとは無縁のアルゴリズム上司は、勝手に労働者の賃金労働時間を減らし、正気を失うレベルまで仕事のペースを上げ、それについてこられないと「非効率」を理由に労働者を路上に放り出す。
アルゴリズムに搾取された労働者はカフカの世界のような不条理の循環に投げ込まれ、なぜ解雇されたかを説明してくれる人間と話すこともできない。
そう、つまりクラウド資本は職場を映画『メトロポリス』の地下工場のような「アルゴ・ホール」に変えるのだ。そこでは、人間の労働者はクラウド・プロレタリアートに成り下がる。
とはいえ、クラウド・プロレタリアートの苦しみは、『モダン・タイムス』で描かれたような伝統的な労働者階級にとって、まったく意外なものではない。つまりクラウド資本は、伝統的な地上の物理的資本が世界中の工場や倉庫やそのほかの昔ながらの職場でやってきたのと同じことを、少しばかり効率よく行っているだけだ。
だが、伝統的な職場の外では、私たちが当たり前だと思っていたあらゆるものを、クラウド資本は破壊しつつある。
私たちは機械に無償で奉仕する「奴隷」になる
ドン・ドレイパー(注:ドラマ『マッドメン』の主人公。天才的な広告クリエイター)はおそらく、ロマン主義の生き残りの象徴的存在だろう。彼は科学を疑い、コンピュータを忌み嫌っていた。自然を愛し、バカでかいキャデラックで遠出することを好んだ。そして個人主義を貫いて生きていた。古きよき思い出に耽(ふけ)ることをよしとした。女性を愛でながらも、手に入ったとたんに拒絶する。
彼は感情を恐れていた。なぜなら、感情とは人間の精神の本質を映し出す究極の貯蔵庫だと考えていたからだ。そして自分の才能を使って、記憶と感傷と気まぐれと洞察の混ぜ合わせを商品化し、消費者の財布の紐を緩めさせた。
それに対して、ドレイパーの分身のようなアルゴリズムのアレクサはロマンチックではないけれど、クラウド資本はドレイパーよりもはるかにうまく人間の感情をマネタイズする。知り得た私たちの趣味趣向を利用して、消費に向かわせるような体験をカスタムメイドする。
しかし、それははじまりにすぎない。クラウド資本はドン・ドレイパーが驚嘆し、そしておそらく愕然とするような方法で消費者の行動を変えるばかりか、さらなる策略を密かに用意していた。クラウド資本はみずからの再生産と強化、維持を私たちに直接やらせようとしているのだ。
クラウド資本がどのようなものによって構成されているかを考えてみよう。スマート・ソフトウェア、サーバー・ファーム、基地局、そして果てしない長さの光ファイバーだ。だが、コンテンツがなければそれらすべてに価値はない。
クラウド資本に蓄積された最も価値ある部分は、物理的なものではなく、フェイスブックに投稿されたストーリーであり、TikTokやユーチューブにアップロードされた動画であり、インスタグラムの写真であり、ツイッターのジョークや悪口であり、アマゾンのレビューであり、私たちの位置情報だ(グーグルマップで最新の渋滞情報もわかるが)。
私たちは自分の物語、動画、画像、冗談、そして行動を差し出すことで、どんな市場も経由せずにクラウド資本の蓄積を生み出し、再生産しているのだ。
我々は喜んでテック富豪たちに服従している
これは今までになかったことだ。GEやエクソンモービルやゼネラルモーターズや、そのほかのコングロマリットで働く人たちは、企業の収益の約8割を給与や賃金として受け取っている。規模の小さな会社なら、その割合はさらに大きくなる。
一方、巨大テック企業の労働者が受け取る賃金は、企業収益のわずか1パーセントにも満たない。
もちろん、私たちのほとんどがそうすることをみずから選んでいるわけだし、それを楽しんでさえいる。自分の意見を世間に知らせたり、仲間やコミュニティに自分のプライベートな生活を事細かに伝えたりすることで、ひねくれた承認欲求が満たされるからだ。
かつての封建制の時代にも、先祖代々の土地で汗水流して働く農奴が辛酸を嘗めていたことは間違いない。現実は厳しかった。収穫時期の終わりには地主が執行官を送りつけ、収穫のほとんどを持ち去り、農奴には1ペニーも支払わない。
それと同じように、私たち数十億の消費者は、無意識のうちにクラウド資本を生産している。私たちがそれを自主的に、むしろ嬉々としてやっているからといって、これが不払い労働による生産であることには変わりない。クラウド農奴は、日々の自主的な勤労によって、カリフォルニアや上海に住むごく少数の億万長者を潤しているのだ。ここが肝心なところだ。
デジタル革命は、賃金労働者をクラウド・プロレタリアートに変えようとしているのかもしれない。
デジタル革命は、ドン・ドレイパーをアレクサのようなエレガントな卓上機器の中に隠された行動誘導アルゴリズムへと置き換えた。しかしながら、クラウド資本に関する最も重要な事実はそこではない。
クラウド資本が成し遂げた一番の偉業といえば、資本の自己再生産の方法に革命を起こしたことである。クラウド資本が人類にもたらした真の革命とは、何十億もの人々を、無償で労働をするクラウド農奴へと変貌させたことだ。
現代の農奴は、クラウド資本の再生産をその所有者の利益のために嬉々として行っているのだ。
文/ヤニス・バルファキス 写真/shutterstock
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
ヤニス・バルファキス、斎藤幸平、関 美和
《各界から絶賛の声、続々!》
世界はGAFAMの食い物にされる。
これは21世紀の『資本論』だ。
――斎藤幸平氏(経済思想家・東京大学准教授)
テクノロジーの発展がもたらす身分制社会。
その恐ろしさを教えてくれる名著。
――佐藤優氏(作家・元外務省主任分析官)
これは冗談でも比喩でもない!
資本主義はすでに死に、私たちは皆、農奴になっていた!
――大澤真幸氏(社会学者)
私たちがプレイしている「世界ゲーム」の仕組みを、
これほど明快に説明している本はない。
――山口周氏(独立研究者・著作家)
資本主義はすでに終焉を迎え、グーグルやアップルなどの巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」が始まっている!テック企業はデジタル空間の「領主」となり、「農奴」と化した私たちユーザーから「レント(地代・使用料)」を搾り取っているのだ。このあまりにも不公平なシステムを打ち破る鍵はどこにあるのか?
異端の経済学者が社会の変質を看破した、世界的大ベストセラー。
目次
第一章 ヘシオドスのぼやき
第二章 資本主義のメタモルフォーゼ
第三章 クラウド資本
第四章 クラウド領主の登場と利潤の終焉
第五章 ひとことで言い表すと?
第六章 新たな冷戦――テクノ封建制のグローバルなインパクト
第七章 テクノ封建制からの脱却
解説 日本はデジタル植民地になる(斎藤幸平)