
今年4月、世界に衝撃を与えた「トランプショック」は、単なる一時的なものではなく、世界経済や国際政治が大きく変化するパラダイムシフトである――エコノミストのエミン・ユルマズ氏はそう唱える。だとすると、そうした先行きの見えない時代に、我々はどのように資産を守っていけばよいのか?
エミン氏の新著『高金利・高インフレ時代の到来! エブリシング・クラッシュと新秩序』より一部を抜粋、再編集しておとどけする。
日本円に戻らなくなった海外への投資
日本はこれから間違いなくインフレになっていく。それがはっきりと表れているのが不動産価格である。東京都の不動産価格は、もはや「パワーカップルなら買える」と言っていた価格レベルからも、はるかに上昇してしまった。それまで比較的なリーズナブルだった足立区でも7000万~8000万円クラスが普通になってしまった。
東京都内の60平米の中古マンション価格は、平均年収の15倍程度まで膨らんでしまった。通常は年収の7倍と言われていたので、完全にバブルの領域に突入しているのが分かる。このバブル状況はもっと続くかもしれない。なぜなら、不動産バブルは弾はじけそうにないからである。
なぜ1990年に日本の不動産バブルが弾けたかというと、それは政策金利にあたる公定歩合を6%に引き上げたからだった。そもそも論として、当時は政策金利を2%から6・5%に引き上げてしまったがゆえに、バブルが崩壊したわけだ。
日本はこの一年間で政策金利をマイナス0.1%から0.5%に戻した。この状況で日本の不動産バブルが収まるわけがない。また、日本の貿易収支の黒字が減じている今、微々たる利上げで円高になるわけがない。
今後どこかの時点で、為替のコントロールが失われるのではないかと、私は懸念している。
先述のエコノミスト藤巻氏が言っていたように、1ドル=500円になるかどうかは分からないけれど、どこかの時点では一日に10円とか20円下げる強烈な円安が起こる日がくるかもしれない。そうしたシーンが現実に訪れるとき、日本の通貨当局は〝パニック〟に陥ってしまうはずだ。
日本の通貨の管理を司る人たちは、これまで甚だしく調子に乗っていた。どんなにお金を刷っても、日本円は海外に膨大な資産を保有する世界一の債権国の通貨だから大丈夫だと思っていたのだろう。これが彼らの自信の〝裏付け〟であった。ただ、あまりにも短期間で円安を進めすぎてしまい、今度は海外で稼ぐ人たちの利益、つまり、海外で投資して得た利益が日本に戻らなくなってしまった。日本円に戻らなくなったのだ。
おまけに、もともと日本にいる人たちも、それに気づいてしまった。先述したように、日本発の〝キャピタルフライト(資本の国外逃避)〟が起きて1年以上が経過している。
いま日本では新NISAの影響もあって、毎月1兆円以上のキャピタルフライトが実際に起きている。つまり毎月1兆円の「円売りドル買い」が一般の日本人の手によって行われているのだ。
いま円安が起きているから、円安が続くと怖いから、資産が目減りしないように外貨建てで、ドル建てでモノを買おう。日本人のこういう考えとアクションがさらに円安を加速させた。これは完全に悪循環に陥っている。
けれども、これは日本国民のせいにはできない。日本人は一人ひとりが自分の資産を守るべきだからだ。私は「為替リスクを背負う必要のない日本株も混ぜたほうがいい」とは言っている。少なくとも分散投資すべきだから。
パラダイムシフトが起きていることに気づかぬ財務省と日銀
当然ながら、今後さらに円安が加速するなら、インフレ圧力が高まる。
円安を止めようとして利上げに踏み切ると、どうなるのか?今度はそれで景気が滞るのではないか。そう政府側は考えているはずだ。
いずれにしても、トラップが待ち受けている。
利上げをしたらしたで、今度は利払いが大きいから日本政府としても嫌だし、日銀としても嫌だ。
つまり、いまだに彼らは日本のインフレが一時的なものだと思い込んでいるのだ。米国のインフレについても。
おそらく今回も米国経済が減速してきて、今年はFRBが利下げをするから、日本はたいして利上げをしなくても現下の円安は収まって1ドル=150円を大きく超えることはないと高を括っていた。
財務省と日銀は国策としての円安を願ってやまない。だから円安になったのは願ったり叶ったりだったが、1ドル=160円を超えたらパニックになって、介入せざるを得なくなった。残念ながら、そのツケは国民に回ってくる。
今のところ為替は落ち着いてはいるが、もし日銀と財務省が為替のコントロールを失って、1ドル=200円にでもなれば、われわれはなおさらに苦しくなる。海外には行けなくなるし、海外から来ているモノは高くて手が出せなくなる。
日本は主要エネルギーの95%を海外からの輸入に頼っており、食料に関しても60%以上を海外に依存している。当然ながら、円安は食料品の値上げを招くことになる。2024年4月あたりから、輸入肉と国産肉の価格差がなくなっているとの話を聞いたが、そこまで円安が進んでいるのかと改めて思った次第である。
ガソリンはどうか?原油価格は大して上がっていないのに円安の影響を受けて、価格が上昇している。
もう一つの懸念材料は、新冷戦状態のなかの地政学的リスクについてである。新冷戦とは常に〝有事〟に近いような状況をつくってしまう。これは当然ながら、供給懸念が生まれることから、ドル高とコモディティ高を招く。
これからは毎年、モノの価格が上がるインフレが続くと、われわれは覚悟すべきだ。われわれはインフレ時代に入ったのだと、しっかりとパラダイムシフトをしてほしい。
だが、コロナ後の世界経済がこんなに激しいインフレに見舞われるとは、誰も想像していなかった。ただ個人的には、例えインフレになったとしても、3%程度のマイルドなインフレに収まれば、日本にとってそう悪くはないだろうと思っている。長年続いたデフレマインドから脱却するには良いきっかけである。
ただし、そこに収まる保証はない。インフレはきわめて厄介な現象であるからだ。予想もできないし、抑制することは難しい。
文/エミン・ユルマズ
エブリシング・クラッシュと新秩序
エミン・ユルマズ
2025年の4月2日、米国のトランプ大統領が全世界に向けて発表した関税政策は、世界中に衝撃を与え、世界同時株安を招いた。
NYダウやS&P、nasdaqなどの米国の株価の主要指数の暴落は一週間ほど続き、日経平均も一時は500兆円もの時価総額を失うほどの暴落となった。いわゆる「トランプショック」である。
今回の経済危機は、まさにこの本の校了中のできごとであり、日々、情報をアップデートしながら、この本は完成した。
ただ驚くことに著者は、すでにこの本において経済危機が来ることを予測し、4つの兆候について詳しく分析していたのだ。
それは2000年代のITバブル崩壊やリーマン・ショックの際にも表れた、いくつもの経済指標の変化を読み解いた結果だった。
また日々の経済データの分析のみならず、経済の歴史も深く研究している著者は、今回のトランプショックを単なる一時的なものとは捉えず、世界経済や国際政治が大きく変化するパラダイム・シフトと考えており、その理由も本書では明らかに語られている。
中国のみならず、BRICS諸国も台頭する今、私たちは大きな歴史的な転換期に生きているのだ。
米国と中国の新冷戦、それによる経済のディカップリングを早くから予見していた著者は、常に著書やSNSで最新の情報を発表してきた。
本書は、それらを集大成し、世界が変わる重大な局面において発想の転換を促す書でもある。
ますますひどくなる新冷戦によって経済がブロック化し、世界中がより高インフレに悩まされ、インフレ下の不況、すなわちスタグフレーションに陥りかねないことに著者は警鐘を鳴らしている。
こんな先行きが見えない時代に、自分の資産を守るにはどうしたら良いか、歴史を学び長期的な視点を持つことの大切さを説く。
さらにこの新冷戦の中、再び注目を浴びるのが日本であることにも言及し、危機をチャンスととらえるべきことを教えてくれる。
世界が日々、変化する現代に生きる私たちが、経済危機をいかに乗り越え、未来に希望をもつべきか? 多くのヒントを教えてくれる必読の書である。