
中国のスタートアップ企業・ディープシークが今年、新たな生成AIをリリースし、世界に大きな衝撃を与えた。性能の高さはもちろん、破格的な低コストだったからだ。
エミン・ユルマズ氏の新著『高金利・高インフレ時代の到来! エブリシング・クラッシュと新秩序』より一部を抜粋、再編集しておとどけする。
世界に衝撃をもたらした中国の新参者ディープシーク
トランプが米国大統領に正式就任してから一週間で、相次ぐ関税率の変更など、米国経済が唸りを上げてきしんだ。
大統領就任翌日の2025年1月21日、トランプ大統領は、ソフトバンクグループやオープンAI(OpenAI)、米オラクルなどが投資する78兆円もの巨額投資プロジェクト「スターゲート計画」を発表した。ところがこれについてイーロン・マスクが1月21日のⅩへの投稿で「彼らは実際にはそんな資金を持ち合わせていない」とイチャモンをつけたのだ。
そのとおりなので、イーロン・マスクの発言は間違ってはいないと、私は思った。
ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長執行役員もオープンAIのサム・アルトマンCEOもそんな手持ちのキャッシュは持っていないからだ。この二人の投資はほとんどがレバレッジ、借金での投資である。ただ、イーロン・マスクがこれまで行ってきたこともこの二人と同じで、要は〝同じ穴の貉〟なのだ。
私の目には、イーロン・マスク自身がスターゲート計画に絡んでいないから、それが面白くなくて、難癖を付けたように映った。彼はいつも自分がゲームリーダーでないと我慢できない性分なのだろう。
その性分は、前日の大統領就任式というトランプの晴れ舞台にも発揮された。目立ちたがり屋のマスクのパフォーマンスは、明らかにその日の主人公トランプの不興を買っていた。トランプ政権船出の日から政権内をかき回すマスクの動きを見ると、トランプとの蜜月関係はそう長続きしないと思っていたが、案の定、一部には亀裂が入ったという報道もある。
そんな折、中国のスタートアップ企業のディープシーク(DeepSeek)が、新たな生成AIをリリースした。これが先行してきたチャットGPT(ChatGPT)並みに性能が高いことが判明し、世界に大変な衝撃をもたらした。
その性能もさることながら、何よりも世界を驚かせたのが開発費用の低さだった。わずか10億円強。これはチャットGPTの50分の1でしかない。さらに驚くべきことに、開発期間はたった二ヵ月だったという。しかも、設計情報を公開するオープンソース・モデル。つまり、開発した言語モデルを誰もが無料で使えるタイプである。
まさに「ディープシーク・ショック」と言っていい出来事だった。なぜなら、かねてより米国のビッグテックが主張してきた「AI開発にはスケールが必要」「大量のチップを確保して、巨大なデータセンターを建設しなければ勝てない」とする〝大前提〟が覆される恐れが急激に高まってきたからだ。
米国のチャットGPTなどがエヌビディアの最先端GPUを数万個単位で使っているのに対し、ディープシーク側は米中対立からそれが入手できない。特筆されるべきは、ディープシークが輸入が許されるエヌビディアの旧型GPU(画像処理演算装置)をブラッシュアップしたことであった。
低コスト、短期間でチャットGPTのGPT−4モデルと互角の性能を持つ生成AIをつくれるなら、先に記した78兆円にものぼるスターゲート計画など馬鹿げているのではないか。投資家はAIの将来に関して見直さねばならないのではないか。そんな疑念を呈されても不思議ではない大事件が起きたのだった。
米国主導のAI技術の価値に不信感を抱いた株式市場は、厳しい判断を下した。
週明け1月27日の米国株市場で、ナスダックは3%、S&P500は1.5%下落した。個別銘柄ではエヌビディアとブロードコムは17%安、英アームは10%安で取引を終えた。エヌビディアの下落幅としてはコロナショック以来の暴落で、時価総額は一日で約91兆円が消えた。これは個別銘柄の一日の時価総額減少額として史上最大となった。
中国製AIディープシークは信用できるのか?
これは私が主宰するnoteにも書いたことだが、ディープシークに対して中国政府によるバイアスがどの程度かかっているのか、確かめたかった。
ディープシークの話題が世界を席巻するようになってから、AIに対して政治的な質問を投げかける人が増えた。そのなかには、中国政府がご法度としているような話題を尋ねた人もいたようだが、ディープシークは質問に答えていないようだった。
本当だろうか?私もアプリをインストールしてトライしてみた。「こんにちは、私はディープシークです。今日はどのようなご用件でしょうか?」との挨拶が画面に浮き上がってきた。
尖閣諸島問題について英語で聞いたら、最初は英語で応じてきたのだが、数秒後に画面がフリーズした。ややあって、こう持ちかけてきた。「すみません、別の話題について話しましょう」と。その意味では、確かに政治バイアスはかかっていた。
だが、ディープシーク・ショックのポイントは政治バイアス云々といったものではない。ポイントは、AIの開発に米巨大テック企業が主張しているように、何兆円もかけなくても済むという点である。小規模の日本のAIベンチャーにも、ディープシークのような優れたAIを開発できるかもしれないのだから。
インターネットのようにAIを米テック企業の独占状態にさせてはいけない。その意味でディープシークの登場は歓迎すべきことなのだ。
ディープシーク・ショックが起きた直後、オープンAIに許可を得ないでディープシークが不正にデータを取っているといったニュースが立て続けに流された。
そもそもオープンAIはウェブで著作権がかかっているデータを勝手にスクレイピング(自動収集・加工)して、それを有料で売っている。一方でディープシークはオープンソース・タイプなので、無料で公開している。かえってオープンAI側のあざとさが際立った一件だった。
今回のディープシーク・ショックのインパクトがどこまで及ぶのか。それはもう少し時間が経過してみないと分からない。今、言えることは、AIバフル崩壊のきっかけになり得るということだ。私の感覚的にはそんなところだろうか。
文/エミン・ユルマズ
エブリシング・クラッシュと新秩序
エミン・ユルマズ
2025年の4月2日、米国のトランプ大統領が全世界に向けて発表した関税政策は、世界中に衝撃を与え、世界同時株安を招いた。
NYダウやS&P、nasdaqなどの米国の株価の主要指数の暴落は一週間ほど続き、日経平均も一時は500兆円もの時価総額を失うほどの暴落となった。いわゆる「トランプショック」である。
今回の経済危機は、まさにこの本の校了中のできごとであり、日々、情報をアップデートしながら、この本は完成した。
ただ驚くことに著者は、すでにこの本において経済危機が来ることを予測し、4つの兆候について詳しく分析していたのだ。
それは2000年代のITバブル崩壊やリーマン・ショックの際にも表れた、いくつもの経済指標の変化を読み解いた結果だった。
また日々の経済データの分析のみならず、経済の歴史も深く研究している著者は、今回のトランプショックを単なる一時的なものとは捉えず、世界経済や国際政治が大きく変化するパラダイム・シフトと考えており、その理由も本書では明らかに語られている。
中国のみならず、BRICS諸国も台頭する今、私たちは大きな歴史的な転換期に生きているのだ。
米国と中国の新冷戦、それによる経済のディカップリングを早くから予見していた著者は、常に著書やSNSで最新の情報を発表してきた。
本書は、それらを集大成し、世界が変わる重大な局面において発想の転換を促す書でもある。
ますますひどくなる新冷戦によって経済がブロック化し、世界中がより高インフレに悩まされ、インフレ下の不況、すなわちスタグフレーションに陥りかねないことに著者は警鐘を鳴らしている。
こんな先行きが見えない時代に、自分の資産を守るにはどうしたら良いか、歴史を学び長期的な視点を持つことの大切さを説く。
さらにこの新冷戦の中、再び注目を浴びるのが日本であることにも言及し、危機をチャンスととらえるべきことを教えてくれる。
世界が日々、変化する現代に生きる私たちが、経済危機をいかに乗り越え、未来に希望をもつべきか? 多くのヒントを教えてくれる必読の書である。