
「ファストフード」「ファスト視聴」など、“便利で早い”という概念は現代の生活において欠かせないものとなっている。そしてそのような「ファスト化」は建築というジャンルにおいても起きているという。
『ファスト化する日本建築』(扶桑社新書)より、一部を抜粋・再構成してお届けする。
席の個室化、お一人様専用店は人間工学的にはひとつの高みに
昨今、もっとも印象深いのがお一人様向けに特化した商業店舗である。
その草分けとして、九州発祥のラーメンの、味わいに集中することを売りにした人気のラーメンチェーンがある。この店舗には一号店の手造りの店舗で模索した「味集中ブース」という考え方がある。
本来ラーメンという外食は、顧客回転が命で、カウンター形式に座り心地が良いとはいえない丸椅子、たとえ二人連れで来店しても、空いた席から分かれて座ってもらい、食べたらすぐに帰ってもらうというのが常套である。
そのカウンター形式に個室感覚を取り入れたことが画期的であった。
それまで周囲から好奇の目で見られることが嫌で、一人でラーメンだけを食べに行くことに抵抗のあった若い女性客にも、来店してもらうことに成功したのである。店のつくりは薄暗いホールの形式を取り、食券の購入から自動化され、来店時の店員の挨拶も自動音声だ。
座席は入り口ホールに空いた席を電光掲示板で示すようになっており、カウンターに向かう客の後ろ姿以外は見えない構造となっている。
カウンター正面には簾が掛けられて、店員からも顔は見えない。照明もカウンター上のラーメンにのみスポットが当たるような形式であり、追加注文も紙とペンと呼び出しボタンによって声を知られることもない。
まるで自動食事システムともいうべき近未来のSF(サイエンスフィクション)のような店内風景であった。
このような内装には大変面食らうと同時に、視覚イメージの発信という店舗の持つ内装デザイン機能が、そこにはなくなっている。
建築デザインのファスト化を越えて、デザインの喪失ともいう状況だ。
これは、同時期に台頭してきたマンガ喫茶、ネットカフェと同様の、個人が占有できる最小限の匿名空間の確保を目的とした、新しい都市施設ともいえる現象であった。
この味に集中するためのカウンターを中心とした、完全匿名を目指した店舗の形式は、特許出願もなされているという触れ込みであったが、このような個席型の飲食店はその後もカフェや、壁に向かったカウンターでひとりで焼き肉をすることができるチェーンなども登場している。
しかしながら、そのラーメンチェーンのように、一つずつの席とブースを互いに目隠ししてまで匿名化を徹底している店舗はまだない。
店舗としてのインテリア空間の演出すら不必要と考えて、顧客ひとりひとりに確保された空間をいかに効率良く店舗平面に充填するかが設計上の勝負にもなっている。建築デザインとしてはファスト化しているのかもしれないが、人間工学的にはひとつの高みに達しているといえなくもないだろう。
そして、このチェーン店を後日思い返してみると、やはり店舗の外装や内装デザインの印象はなく、もはや看板でもない、店舗のロゴマークのみが強烈に印象に残るのである。
チェーン店のファストデザインを支えるフェイク建材
通常の全国チェーンの店舗の場合、コーポレートカラーやブランドカラーを使って、ロゴマークデザインと同様に、内装デザインが全国統一で固定されている。
その結果起きることは何かというと、内装に使われる建材の統一と大量発注である。
外食産業の中で20以上のブランドと業態をもつ日本最大の外食グループ企業があるが、そこではFCも含め全国に5000店舗以上を開業している。
ロードサイドの建築店舗から商業モール内のテナント店舗まで、同一ブランドであれば、同色、同素材で内装のデザインが統一されている。
内装に使われる壁のパネルやカウンター、入り口周りなど赤から橙、黄色の暖色系や木目調の素材が使われているが、これらが各建材メーカーへは指定色や指定素材となり、全国数百店舗ともなれば納入する建材メーカーにとっては安定した主要顧客のひとつということになる。
そうなってくると、メーカーもチェーン店からの固定化した依頼素材を中心に、他の商材を開発し、他の一般商材のラインナップにも反映しながら商品開発するようになる。
結果として、大手チェーン店の指定素材を扱えることが経営上の強みとなり、以前は存在した多様な地域ごとの建材メーカーの淘汰が進んでいった。
それは、巷に流通する建材の種類が絞られてくることに繋がる。
店舗の内装で要求される建材の機能とは、まず建築基準法上の内装規制である不燃性である。不特定多数の人が出入りする店舗では、住宅の内装などに比べて防火対策が非常に厳しくなるのだ。
飲食店ということで衛生面、清掃のしやすさ、汚れにくさ、抗菌性なども建材に要望される重要性のひとつである。
もうひとつ、内装工事費用をできるだけ落とすことができるように、現場でのカットが少なく取り付けの手間を減らし作業性をよくする大きさや、配送時の規格寸法の検討も重要だ。
そして納品前や現場での保管中に、劣化や破損のないような硬度や耐水性なども要求される。
つまり、一般の個人住宅で求められるような、自然木材の風合いとか、手仕事の良さを残した左官仕上げ、現場での養生や次の工程まで待ち時間の多い塗装仕上げなどは、ファストフードのチェーン店では避けられるようになる。
結果として、合成樹脂系の素材で、着色やテクスチャーを付けることもできる薄い板が主流の素材になっていくのである。ポリ合板やメラミン樹脂化粧板と呼ばれるものがそうであり、建材市場はそのタイプの建材を製造できるメーカーの寡占状態に近づいている。
薄い板でありながら表面のデコボコや木目の筋なども表現可能で、艶の有り無しも調整でき、硬度の高いメラミン樹脂の薄い層と、フェノール樹脂という燃えない薄いフィルム状の樹脂に、印刷紙の重ね合わせによって、木目でも石目でもなんでも、ぱっと見ただけでは本物とフェイクの区別の付かないぐらい素材表現が進化している。
現在、日本中の店舗の内装の仕上げ面積の90%以上はこのメラミン化粧板か不燃性の石膏ボードにビニルクロス貼りという仕上げが、担っているといってもいいであろう。
国内どこでも入手が可能で、持ち運ぶにも軽く、汚れにくく、貼りやすい。ということは内装工事の作業効率を大幅にアップし、工事費も工期も短縮できるのである。
こうしたフェイク素材の進化により、かつてなら費用も時間もかかる無垢の木材を削り出し内装していたような高級ホテルであっても、消防法の要求度の高い大型店舗や不特定多数の人々が出入りする映画館や病院などを含め、あらゆる現代建築の内装を支えているのである。
建材選択の場で起きている「失敗したくない、安心な選択」という現象
その一方で、木に見えるけどメラミン化粧板、石に見えるけどメラミン化粧板という状況は、本物の素材生産者や、加工技術や仕上げ技術をもった造作大工や石工の職を奪うことになった。
すっかり、本物の素材を扱える技術をもった昔気質の建設職人が減ってしまい、職人そのものの人手不足の事情もあって、必ずしも内装コストの削減だけを目的としたファスト化ではなく、他に選べる素材がないという状況も現在の工事現場では数多く見受けられる。
廉価であるということを理由としてフェイクの化粧板が選ばれることも多いが、その一方で、本物の自然素材が仮に高価なものであっても、素材色や模様の不安定さや、衝撃による傷つきやすさ、湿気や紫外線などによる変色や劣化などを受け入れることができない場合、フェイク素材のほうこそを選ぶということも起きている。不燃かつ硬度も高く模様や色味についても安定しているからである。
飲食店の選択で既に確認されていることだが、ファストフードを選ぶときの顧客マインドに「安かろう、そこそこだろう」という理由だけではなく、「失敗したくない、安心な選択」という性向もまま見受けられる。
それと同じように、建築工事や建材選択の場でも「失敗したくない、安心な選択」という現象が起きている。
かつての簡易な事務所建築や農作業小屋などで見られたような、プリント合板やカラー鉄板、波板というキッチュでフェイクな素材を、ただ単に安価だから使っているんだという理由ではなくなっているのだ。
むしろ、フェイク素材ならではの安定性、平均的な安心感、最新の技術が盛り込まれた機能素材としての良さを評価し始めているのである。
また、十数年以前の店舗オーナーや建設業のプロと違ってきているのは、当時は建設の目的と、客単価やサービス内容に応じて「本物の良さは知っているけれども、本物ならではの管理の大変さを考えた場合に、そこまで稀少で高価でなくともよい」という、ピンからキリまでの広範囲な素材知識と、その効果と意味と費用を前提した判断があった。
だが、ファスト建材であるフェイク素材が巷に満ちあふれた結果、これからの顧客や建設業者は、これまで体験した店舗や建築空間において、木も石も何もかも本物の素材を見たことも取り扱ったこともない、という世代にかわっているのである。
つまり、フェイク素材がフェイクではなく、それこそが一番よく見るリアルな素材となっているのである。「木目調の人工素材」ではなく、「木目を印刷したものが建材」という認識である。
そのような、建築と素材の関係が、現在、急速に進んでいる商業建築のファスト化と一体となって、どのように影響を及ぼしていくのかは未知であるが、現時点で分かっていることは、益々そうした本物に触れる機会は我々の日常から消失していき、フェイク素材はさらなる本物感へと進化していくことだろう。
そのときファスト化した建材を本当にファスト化と呼べるのかどうか、「本物の素材という指向」という、その考え方こそが、日常から非日常のフィクションの彼方に遠ざかっていくのかもしれない。
その証拠に個人の趣味が良くも悪くも反映され、建築の法制限も緩く、注文しだいで本物の素材も使用可能な住宅工事の現場においても、こうしたフェイク素材は当たり前となっており、むしろ傷つきにくく汚れにくいあのチェーン店の素材と同じにしてほしい、といったような要望が、供給側のハウスメーカーではなく、顧客のほうから出て来るという。
住宅の営業マンからすると、素材選びの選択肢が少なくなり着工までの打ち合わせ期間も短縮できて、願ったり叶ったりなのであろう。だが、こうしたフェイク素材の弱点として、傷つきにくく汚れにくいだろうが、それでも傷つき汚れた場合には、本物の素材がもつ経年に対する風格、古民家がもつような骨董的価値といったものは生じない。
そもそも、そういった風合いに触れる機会がなければ、その良さも価値も分からないままであるのは自明である。
このことからも分かるように、良くも悪くも合理的選択と大規模に大資本が投下される大型商業建築の世界は、現在、日本中に展開し、その空間ではもっとも先鋭的なファストな建築デザインがおこなわれ、人々の体験を通じ、無意識にファストな建材への親和性を流布しているのである。
最初期の商業店舗であった百貨店が、人々に贅沢や豪華さを建築空間の中に広めていったのと同様に、現在の商業店舗を代表する大型商業モール内のチェーン店は、人々に安価で通俗な建築空間を広めているともいえるのである。
商業建築の人々への影響は大きく、そこがファスト化に転じたことで、日本人のライフスタイルのファスト化は、住宅建築や生活空間にも及んでいくのである。
文/森山高至
『ファスト化する日本建築』 (扶桑社新書)
森山 高至 (著)
早い工法、安い建材、簡単な計画──
最近の建物、 なにかがおかしい!?
・「木」を貼りたがる公共施設
・写真映えを優先する建築デザイン
・迫るタワマンの「大規模修繕」問題
・理念のない大阪・関西万博 ……etc.
建築エコノミストが現代日本の建築業界を蝕む「腐敗」を斬る!
いま、日本の建築業界の根底が揺らいでいます。
たとえば、有名建築家によって設計された施設が、オープン時には華々しい見た目から話題になったものの、本来なら何十年ともつはずなのに、数年で朽ちてしまい、何億円と補修費用がかかる……というニュースが世間を騒がせています。
また、住宅や商業施設では、石や無垢材といった自然木材を目にする機会は減り、化粧板や合成素材といった「フェイク建材」が巷に溢れ、本物の素材を扱える職人は姿を消しつつあります。
どうしてこのようなことが起こっているのでしょうか。
バブル崩壊以降、社会に余裕がなくなり、建設においても「早い・安い・簡単」、つまり「ファスト」を追い求めた結果、ますます建築業界も疲弊し、社会に悪循環をもたらしている……と説くのは、建築エコノミストの森山高至氏です。そんな建物の「ファスト化」は、わたしたちにもたらすのでしょうか。
そこで本書では、建築文化の成立を歴史から読み解き、ひるがえっていまの建築業界に山積する問題とその原因はなにかを、「住宅」「公共施設」といった身近なところから、オリンピックや大阪・関西万博のような「国家」レベルの大規模なものまで、さまざまなテーマから徹底的に解説します。