
「テクノ封建制」という言葉が報道番組でも取り上げられ、注目を集めている。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)などの巨大テック企業が世界中の富を集積するシステムをつくり上げた結果、かつての封建制のような時代に突入したというのだ。
――最初に、書籍『テクノ封建制』を読んだ感想を率直にお聞かせいただけますか。
内田 バルファキスの本を読むのは、これで2冊目になります。「息子が父親に向かって、世界の変化について説明する」という設定がとてもいいですね。しかも彼の父親は、筋金入りのマルクス主義者でかつエンジニアです。
面白いのは、そんな父親が「良識」の基準になっていることです。つまり、物語や幻想に対して最も強い免疫を持っているような、理科系的な思考をする人を読者として想定して、その人に向けて書いている。
読んでいると、僕は自分がこの父親とダブるんですね。噛んで含めるような息子の説明を、読者である僕は「ほうほう、なるほどね」と頷きながら聞いている。その意味で僕自身が読者として想定されているという感じがしました。
僕も古風なマルクス主義者ですから、バルファキスの父親のようなマルクス主義者が良識を代表する存在のように扱われているのは、読んでいて嬉しいんです。「社会はこうでなければならない」とか「人間とはこうあるべきだ」とか、「人としてどう生きるべきか」みたいな、昔ながらの倫理観を持っている人間を想定読者として、現在起きていることを非常に丁寧かつ精密に分析してくれている。
こういう本って、実はけっこう珍しいんです。というのも、今どきGAFAMやビッグテック、新反動主義や加速主義、ピーター・ティール、ニック・ランドなどの最新の話をする人って、基本的には同世代か、あるいは自分より若い読者に向けて書くのが普通だからです。「年寄りは読まなくていいですよ、どうせ話の中味わかんないでしょう」という無意識の読者選別が漏れ出ていて、あまりいい感じがしない。
それでもそういう本を読んできたのは、若い人たちがいま何を考えているのかを知るためです。でも、「自分は読者として想定されていない」ということはよく感じました。文中に当然みんなが知っているという前提でズラッと並べられる固有名詞がわからない。いま中国のテック・ジャイアントが何をやっているのかなんて僕は全然知りませんし、アメリカの子どもたちがいまどんなゲームをしているのかなんてこともさっぱりわからない。
そういう点で言うと、今回のバルファキスの本は、「おじいさん」に向けて書いているという設定が画期的にわかりやすかった。「自分が読者に想定されている」という安心感があった。もちろん若い人が読んでもたいへん勉強になる。そういう世代を超えて楽しめる本になっていると思います。
GAFAM興隆のカギは「利潤からレントへ」
――この本で強く印象に残ったのは、どのあたりでしょうか。
内田 「利潤」から「レント(地代・使用料)」へ、という視点ですね。こういう言葉遣いをした人はおそらくバルファキスが初めてでしょう。
たとえば、イーロン・マスクとかジェフ・ベゾスの話が出てくる箇所がありますよね。彼らからすると、利潤なんてどうでもいい。重要なのは、市場を完全に支配することですね。ピーター・ティールも著書『ゼロ・トゥ・ワン』で、「一番大事なのは独占だ」とはっきり言っています。
要するに、質の高い製品を作って、他のメーカーとの差別化を図り、より安価で良質な商品を提供した者が市場を制する……という「市場競争」なんて考え方はもう古い。とにかく市場を独占する。どんな手を使ってでも独占してしまえば、あとは自動的に小銭が毎日じゃらじゃらと世界中から集まってきて、積もり積もって何兆円にもなる。そういうモデルなんです。
この独占の確立が、テック・ジャイアントたちの成功モデルの核心にある。バルファキスはこのシフトを「利潤からレントへ」という言葉で非常にうまく捉えていると思います。
たとえば、アップルやグーグルがどうやって市場を独占していったかを語る場面があります。そこで登場する「クラウド領主」「クラウド封臣」「クラウド農奴」「クラウド・レント」といった言葉は見事な比喩ですよね。少しだけ引用します。
クラウド領主は世界中にその封土を広げ、封臣資本家やクラウド農奴から莫大な金額のクラウド・レントをせしめるようになった。矛盾するようだが、古きよき利潤に頼る資本家の数は増えたものの、利潤率は下がり、力は弱まった。(中略)
規模の大小や権力の強弱にかかわらず、封臣資本家は、アマゾンやイーベイやアリババなどのEコマースサイトで製品を販売しても、利潤のそれなりに大きな部分を自分が頼るクラウド領主にピンハネされる。(『テクノ封建制』p.166)
アメリカ中西部の工場主から最新の詩集を売ろうともがく詩人まで、ロンドンのウーバー・ドライバーからインドネシアの露天商まで、あらゆる人がクラウド封土に頼らなければ顧客とつながることができなくなった。(中略)
かつて封建領主が地代を徴収するために暴漢を雇って封臣の膝を折ったり、血を流させたりした時代は終わった。クラウド領主は地上げ屋を雇わなくても没収や立ち退きを強制できる。クラウド封臣のサイトへつながるリンクを外すだけで、顧客にアクセスできなくなるからだ。グーグルの検索エンジンやEコマースやソーシャルメディアのサイトからリンクのひとつやふたつを削除すれば、オンラインの世界からまとめて消滅させることもできる。洗練されたテクノロジーによる恐怖政治が、テクノ封建制の基盤にはある。(『テクノ封建制』p.168)
ピーター・ティールの言う「独占せよ」がテクノ封建制の基盤をなしている。誰も思いつかなかったサービスをネット上でいきなり展開して、他の追随を許さずに市場を完全に支配する。そのあとで、世界中の人間から使用料という名目で小銭を徴収していく。この構図が、「テクノ封建制」という言葉で見事に活写されています。
それから、本の締めの言葉がいいんです。オールド・マルキシストの胸を打つんです。「万国のクラウド農奴よ、クラウド・プロレタリアートよ、クラウド封臣よ、団結せよ!」と締めくくる。
やっぱり、こういう話は最後に「革命だ!」とならないと、しっくりきません(笑)。そういう点でも「間然するところがない」という言葉がぴったりくるような本ですね。
資本主義に「安楽死」を!
――内田さんはこれまで、資本主義の限界について繰り返し指摘されてきました。そういうお立場から見て、今回バルファキスが「資本主義はもうすでに死んでいる」と診断している点については、どのように感じられましたか。
内田 いや、僕ね、経済のことって本当にわからないんです。財政とか金融とか、おカネが絡んでくる話になるともう全然ダメで(笑)。
そういう意味では、僕は加速主義者っぽいところがあるのかもしれません(注:加速主義とは、根本的な社会変革を目的に、現在の資本主義システムなどを緩和させるのではなく、逆により一層の推進を求める思想)。要するに、「終わるなら、もう早く終わってくれよ」と思っているわけです。
ただし、加速主義の「資本主義を暴走させて、行き着くところまで行って自然崩壊させよう」というアイディアには同意できません。ハードランディングさせると多くの人に甚大な被害が及ぶ可能性が高い。予想されるリスクがベネフィットよりあまりに大きい場合には、そういうことはあまりしない方がいいよと思います。ごく常識的に。
僕はむしろ、「資本主義には安楽死を」と考えているんです。なるべく穏やかに、静かに死んで頂く。資本主義はその墓地にゆっくりソフトランディングさせるべきだ、と。もう命脈は尽きているんだから、無理やり延命させず、名誉ある退場の仕方を考えてあげる時期に来ているんじゃないでしょうか。
バルファキスも、たぶんそれと同じような感覚を持っていると思うんです。彼も「資本主義には未来がない」という認識をはっきり示していますよね。このまま暴走し続ければ、社会は中世のようなものに逆戻りしてしまう。いや、ことによると中世よりもっと前の時代に向かって歴史を逆走するようなことになりかねない。
トランピズムはまさにそうですよね。民主主義、人権、寛容、多様性、弱者支援、社会的包摂といった近代市民社会的な価値をトランピズムは丸ごと否定する。近代市民社会以前への退行です。人類が過去200年、300年かけて積み上げてきたものを壊そうとしているのだから、これはもう、「中世への退行」と言ってもいいと思います。
価値観だけでなく、統治のあり方もそうですし、経済の仕組みそのものもそうです。利潤よりもレントの獲得を目指す経済システムはまさに封建制です。政治的にも、経済的にも、「封建制」的なものに社会全体が回帰しようとしているように見えます。
そういう意味で、この本のように現状を冷静に診断して、「その先に何があるのか」を考えるというのは僕たち全員に課せられた宿題だと思います。
構成・斎藤哲也
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。
著者:ヤニス・バルファキス、解説:斎藤 幸平、訳者:関 美和
◆テック富豪が世界の「領主」に。
◆99%の私たちを不幸にする「身分制経済」
◆トランプ&イーロン・マスク体制を読み解くための必読書
グーグルやアップルなどの巨大テック企業が人々を支配する「テクノ封建制」が始まった!
彼らはデジタル空間の「領主」となり、「農奴」と化したユーザーから「レント(地代・使用料)」を搾り取るとともに、無償労働をさせて莫大な利益を収奪しているのだ。
このあまりにも不公平なシステムを打ち破る鍵はどこにあるのか?
異端の経済学者が社会の大転換を看破した、世界的ベストセラー。
【各界から絶賛の声、続々!】
米大統領就任式で、ずらりと並んでいたテック富豪たちの姿に「引っかかり」を感じた人はみんな読むべき。
――ブレイディみかこ氏
テクノロジーの発展がもたらす身分制社会。その恐ろしさを教えてくれる名著。
――佐藤優氏
これは冗談でも比喩でもない! 資本主義はすでに死に、私たちは皆、農奴になっていた!
――大澤真幸氏
私たちがプレイしている「世界ゲーム」の仕組みを、これほど明快に説明している本はない。
――山口周氏
世界はGAFAMの食い物にされる。これは21世紀の『資本論』だ。
――斎藤幸平氏
目次
第一章 ヘシオドスのぼやき
第二章 資本主義のメタモルフォーゼ
第三章 クラウド資本
第四章 クラウド領主の登場と利潤の終焉
第五章 ひとことで言い表すと?
第六章 新たな冷戦――テクノ封建制のグローバルなインパクト
第七章 テクノ封建制からの脱却
解説 日本はデジタル植民地になる(斎藤幸平)