駅直結、3分に1本電車が走る大都市と、最寄駅まで徒歩1時間、土日バス運休の町との間に存在する「移動格差」の正体
駅直結、3分に1本電車が走る大都市と、最寄駅まで徒歩1時間、土日バス運休の町との間に存在する「移動格差」の正体

現代では人の「移動」をめぐる機会や結果の格差と不平等、それが原因で生じる、さまざまな社会的排除と階層化がある。もちろん、お金があるほうが交通手段や機会に恵まれるため移動しやすく、お金がないと移動がしづらいものだ。


現代の移動格差について『移動と階級』より一部抜粋・再構成してお届けする。

お金が移動に与える影響

2025年度の大学入学共通テスト国語(現代文)に登場し、自著『移動と階級』でも度々登場することになるイギリスの社会学者ジョン・アーリによれば、いま、移動をめぐる社会的な排除によって「アクセス」の貧困が生まれている。また、あらゆる移動は経済資本を必要としており、経済的側面が社会的平等に対する最大の制約条件になっている(※Urry:2007)。

要するに経済的な豊かさと移動をめぐる格差や不平等は、密接に関連するというわけだ。

移動が経済資本、つまりお金を必要とするのは、自動車やタクシーなどを所有したり利用したりするためであり、スマートフォンやPCの所有と利用を通してあらゆるものとの接点をもつためであり、鉄道や飛行機などによる旅行や留学、出張のためのチケットを買い乗り場に行くためであり、友人や家族知人・職場から離れた仕事仲間に会うためである。

お金があるほうが移動しやすく、お金がないと移動がしづらい――私たちはそんな社会を生きている。所有しているお金の量が移動の機会や可能性を左右するというわけである。

この他にも、移動を伴うアクセスの貧困には、身体的側面、組織的側面、時間的側面といった要素が関係する。

身体的側面には、身体に何らかの障害があることで自転車や自動車を運転できなかったり、長距離を歩くのが辛かったり、街なかの段差を他の人と比べて困難に感じたりといったことがある。

組織的側面でイメージしやすいのは、都市と地方の差である。3分に1本電車やバスが来る大都市と、私の地元のように町内に駅がなかったり、最寄り駅まで歩いて1時間近くかかったり、土日になるとほとんどバスが走らない路線があったりといった地域では、移動を支えるインフラや安心安全な移動システムには大きな差がある。

さらに、家庭内のスケジュールや役割、日々行わなければならない家事育児とのバランスのなかで、希望する時間に移動ができないといったこともあるだろう。地方のバスや電車の例も、本数と間隔の広さに着目すると時間的側面ともいえる。

「可動性」という考え方

移動は、「結果的に移動できたか」だけでなく、「移動できる可能性が、どのぐらい高いか」という潜在的な移動の実現可能性から考えることも大切だ。スイスの社会学者ヴィンセント・カウフマンは、潜在的な移動可能性、つまり個々人が移動を可能にする能力を持っていて、その潜在能力を自分の移動や活動に役立てることを「可動性(Motility/モティリティ)」と概念づけた(※Kaufmann:2002)。

私はこれを「移動資本」とも呼ぶが、ある人の可動性は、

①    アクセス:移動のために利用可能な選択肢を選べる条件(移動や通信が利用可能な経済的・時空間的条件など)
②    スキル:アクセスを利用するために必要な能力やノウハウ(運転スキル、目的地へと効率よく達するための情報調査能力や地図読解能力など)
③    多様な移動の仕方の中で何を求め実践するかの計画や欲求(価値観、認識、習慣、経験などと関連して形成されるもの)の点から考えることができる。

この3要素以外にも可動性を規定する細かな要素は存在する。ただ、ここで押さえてもらいたいのは、可動性や移動資本には差があり、潜在的な移動可能性は資本となり、人々の移動格差を拡大させるということである。要するに、移動は個人にとってさらなる移動や活動を実現していくための元手になり、それは増えたり減ったり蓄積したりできると考えられるというわけだ。

移動は社会から独立して存在しない

移動格差について本格的に議論を進めていく前に、本書における「移動」という概念の考え方と用法を整理しておきたい。言葉の意味を正しく定義し理解することで、議論の解像度が一段上がる。まず、鍵を握るのは「モビリティ」と「ムーヴメント」の使い分けである(※Cresswell:2006、Adey:2017)。

移動は、社会の中で独立して存在しているのではなく、社会の構造や文脈などとの相互作用の中で成り立っている。どういうことだろうか。具体的に考えてみよう。

たとえば、車や鉄道での移動は、道路や線路というインフラがなければ成り立たない。ある日、朝起きたら高速道路が急にできていた、なんて魔法みたいなことはない。

高速道路は専門的な技術や特殊な機械を使って、スキルを持つ人や企業が力を合わせて作る。

高速道路の作り方をめぐっては細かな取り決めが多くあり、それを定める法律や制度政策は、政治家や官僚、専門家などによって日々議論されアップデートされている。そこには、住民の運動や政治行動、SNSでの発言といった市民の声も反映されている。

ここでは高速道路の建設を例に取ったが、その上を車で走る人も制限速度や車体のルール、他の車との車間距離などを意識しながら走っている。自分一人で、自由にスピードを出したり、蛇行運転したりはできないし、ほとんどの人はできるチャンスがあってもしない。

これが、移動は、社会から独立して存在していないという意味である。

※Urry, J.(2007)Mobilities,  Polity.(=2015,吉原直樹・伊藤嘉高訳『モビリティーズ―移動の社会学』作品社).
※Kaufmann, V.(2002)Re-Thinking Mobility: Contemporary Sociology, Ashgate.
※Cresswell, T.(2006)On the Move: Mobility in the Modern Western World, Routledge.


文/伊藤将人 写真/shutterstock

『移動と階級』(講談社)

武田知弘
駅直結、3分に1本電車が走る大都市と、最寄駅まで徒歩1時間、土日バス運休の町との間に存在する「移動格差」の正体
『移動と階級』(講談社)
2025年5月22日1,100 円(税込)272ページISBN: 978-4065397343

この世界には「移動できる人」と「移動できない人」がいる。

日本人は移動しなくなったのか?
人生は移動距離で決まるのか?
なぜ「移動格差」が生まれているのか?

通勤・通学、買い物、旅行、引っ越し、観光、移民・難民、気候危機……
日常生活から地球規模の大問題まで、移動から見えてくる〈分断・格差・不平等〉
独自調査データと豊富な研究蓄積から「移動階級社会」の実態に迫る!

【本書のおもな内容】
●「移動は成功をもたらす」は本当なのか?
●半数弱は「自由に移動できない人間」だと思っている
●5人に1人は移動の自由さに満足していない
●3人に1人が他人の移動を「羨ましい」と思っている
●移動は「無駄な時間」なのか?
●移動は誰のものか?――ジェンダー不平等という問題
●格差解消に向けた「5つの方策」とは?……ほか

【目次】
第1章 移動とは何か?
第2章 知られざる「移動格差」の実態
第3章 移動をめぐる「7つの論点」
第4章 格差解消に向けた「5つの観点と方策」
「移動」をもっと考えるためのブックリスト

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