
本場・アメリカと日本のホットドッグで切り込みが異なることに気がついている人はいるだろうか? 日本ではバンズに縦に切り込みが入っているが、アメリカでは横なのだ。前編では、日本でホットドッグを提供する各企業になぜ縦なのか理由を取材したが、担当者でさえ知らない者が多かった。
むしろアメリカが異端? 専門家の見解は……
「じつはアメリカでも、ホットドッグが誕生してまもない19世紀中頃は、縦に切り込みを入れていたのではないかと思います」
こう推測するのは、『ホットドッグの発想と組み立て ソーセージづくり、ホットドッグづくりの基礎からアレンジ、オリジナル創作まで』(誠文堂新光社・2023)の著者・恩海洋平氏だ。
「ホットドッグのバンズは上から(縦)カットすると、せいぜいソーセージ1本分ぐらいの深さにしかならないので、具入りのソースやトッピングを乗せることは難しい。おそらく、ホットドッグが発展して具が増えていくうちに、横から切ったものが広まったんじゃないかと思います。
そもそも人間の心理として、パンがあったら、横をカットしてから縦に傾けようとは、普通は思いませんよね。サブウェイみたいなサンドイッチも、横から挟むけど、傾けずそのまま食べるじゃないですか?
むしろ、傾けるのがデフォルトになっているアメリカのホットドッグカルチャーが、じつは異端なんですよね」
続いては、都内に4店舗を構え、ホットドッグも扱うハンバーガーレストラン・ブラザーズの本店を訪れた。
同店のバンズは横開きだが、専務取締役の金子慎太郎氏によると、10年ほど前までは縦だったそう。客から「具材があふれてしまう」「テイクアウトするとこぼれやすい」といった意見を多数受け、具が多く入るよう横に変えたのだという。
金子氏は、日本で横開きが普及しない理由を「圧倒的に“固定観念”」だと推測する。
「向きとしては焼き目の部分が上ですから、様式美を好む日本人は、どうしてもそこから切りたくなる心理が働くのだと思います。そもそも、横から切る調理法は魚くらいで、あまり馴染みがありません。
海外はそこの発想が柔軟で、ハンバーガーのバンズやイングリッシュマフィンも横から切ります。
“心理”が影響しているとにらむのは、2人の専門家だけではない。大手各社も加盟するパン食普及協議会に聞いたところ、担当者からは歴史もふまえた“説”があり……。
「まず専門用語では、パンに対して縦に切り込みを入れるのは“背割り”、横に切り込みを入れるのは“腹割り”といいます。
ホットドッグに限らず焼きそばパンなど、日本で背割りのパンが多いのは、一説には歴史や文化的影響だといわれていまして、『腹割りは切腹を連想させるため縁起が悪く、武家文化と合わなかった』とされているらしいんです」
日本式ホットドッグのルーツは福岡にあった!?
だんだんと見えてきた日本式ホットドッグの背景だが、これを世に定着させた店や人物はいるのだろうか。
前出の恩海氏に聞いたところ、“可能性” の話として、ある店舗の名前が上がった。
「断言はできませんが、福岡でおじいさんが50年以上されている『今屋のハンバーガー』という、移動車式のお店から、背割りやレタス・キャベツ入りの日本式のものが広まった説はありうるのかなと。
ここはホットドッグのバンズにハンバーグや目玉焼きを乗せていて、時代を考えると、他店に影響を与えた可能性はあるかもしれません」
この話を受け、今屋のハンバーガーに問い合わせると……。
「ウチが発祥というより、今屋のおじいちゃんが教わった人だと思います。福岡には半世紀以上前からホットドッグ文化があって、屋台も多く、子どもの頃からおやつに食べたりするんです。
この始まりですが、関西から来て福岡でホットドッグの移動販売を始めた人がいまして。今屋のおじいちゃんもその人から教わったんです」(今屋のハンバーガー・担当者)
担当者によると、この店は大濠公園ホットドッグスタンドといい、現在は息子が引き継いでいるそう。今度はこちらをあたると、2代目の倉田長紀氏が取材に応じてくれた。
福岡説もあるが、約100年前には驚きの文献も
倉田氏の父である先代が福岡にホットドッグを持ち込み、そこから広まっていったのは本当なのか。
「断言はできませんが、たしかにウチかもしれません。父が神戸から出てきて店を始めたのは、約60年前。私が生まれた頃でした。
それ以前にホットドッグの店はなかったそうで、生前に『九州に持ち込んだのはウチじゃないか』と話していました。『もっと前からやっている』というお店もあるかもしれませんが、九州ではおそらくウチではないかと」(倉田氏、以下同)
その先代は、なぜ背割りやレタス・キャベツ入りで販売したのか。倉田氏は記憶をたどりながらこう語る。
「おそらくは作り方の都合かと思います。父は自分で切り込みを入れていたんですが、パンをオーブンで温めてトングで取り出すとき、腹割りだと傾けるのにひと手間かかってしまいますよね。
忙しいときは短時間で作りたいですし、上から切ってポンと乗せるほうが良かったのではないかと。
キャベツも、始めたのはウチかと思います。同じアメリカ食ということで、ハンバーガーにレタスが入っているのを父が参考にしたところ、あまり美味しくなくて甘みのあるキャベツにしたそうです」
大濠公園ホットドッグスタンドの開業は60年ほど前とのことだが、同時期の1963年には、東京・大田区でホットドッグを販売していた現存の店舗もある。たしかに、倉田氏が言うように“全国初”とは言い切れないかもしれない。
そこで、さらなるルーツを国立国会図書館で探った。和書にホットドッグという単語が出てくるのは大正末期で、主に海外の紀行などに登場。ただ、形状や味付けの説明に留まり、切り込みの“向き”の記述までは見当たらない。
昭和になると、都内の男性が「HOT DOG」「ハットドッグ」を商標出願したことが『菓子登録年鑑 昭和2年度』(帝国菓子飴新聞社)に記録されるなど、動きが見られる。
そして、2年後の1929年。『アメリカの横ツ腹 : 漫画漫談』(著・宍戸左行、平凡社)で、本場で見たホットドッグを〈日本のジャムパンのようなものを1本竪に割って〉と表す記述をついに発見した。
「堅」の漢字には「縦」の意味もあるため、腹割りを傾けたものだとは思わず、「縦に割って」いると思ってしまった可能性がある。
1930年9月には『商店界』(誠文堂新光社)が、ホットドッグ屋台がビジネスチャンスだとの記事を掲載している。同様の特集はその後数年間に他誌でも組まれており、この辺りでホットドッグ自体は広まっていったように思える。
しかし、1931年3月の『日曜報知』(報知新聞社)では、村木二郎という人物がホットドッグを紹介する文章に、バンズの横からソーセージが挟まっているイラストが添えられていた。ネットはおろか写真すら珍しい時代、縦の切り込みの起源を特定するのは難しそうだ。
ただ、ホットドッグ1つにも100年近い物語が存在する。
〈前編はこちら『なぜ日本のホットドッグは“切り込み”が「縦」に入っているのか? 日本のチェーン各社に聞くと驚くべき理由が』〉
取材・文/久保慎 集英社オンライン編集部ニュース班