
この十数年、さまざまな媒体を介して「日本スゴイ」コンテンツが社会的に広がっていった。なかでも「COOL JAPAN」を取り扱ったテレビ番組は非常に多く放送され、2010年代には飽和状態にあった。
『「日本スゴイ」の時代 カジュアル化するナショナリズム』より一部抜粋・再構成してお届けする。
「日本スゴイ」系テレビ番組の興隆
多くの人が「日本はスゴイっていうのがなんか流行っているの?」と気づいたのは、たぶんテレビ番組がきっかけだったのではないか。二〇〇〇年代終わりから二〇一〇年代後半にかけての十数年間、テレビのバラエティ番組ではNHKとほとんどの民放キー局で「日本スゴイ」系番組が制作されていたので、その自画自賛的なはしゃぎっぷりを多くの人が目にしたはずだ。
私見では、二〇〇六年に放映を開始したNHK『COOL JAPAN 発掘!かっこいいニッポン』が最も初期のものに属し、それ以降『所さんのニッポンの出番』(TBS系)、『世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ! !視察団』(テレビ朝日系)など同工異曲のものが次々と誕生した。類似番組が増えすぎて、二〇一五年頃から「食傷気味だ」という視聴者からの反応もSNSや新聞紙上にあらわれるようになったほどである。
主要テレビ各局の主な「日本スゴイ」番組について、その放送が開始された(あるいはレギュラー化した)年を次にまとめてみた。
NHK COOL JAPAN――発掘!かっこいいニッポン 二〇〇六年~
驚き!ニッポンの底力 二〇一二年~
TBS系 世界の日本人妻は見た! 二〇一三年~二〇一七年(終了)
ぶっこみジャパニーズ 二〇一三年~二〇二〇年(終了)
ホムカミ――ニッポン大好き外国人 世界の村に里帰り 二〇一三年~二〇一四年(終了)
アメージパング!――オレたちご当地外国人 二〇一四年~二〇二一年(終了)
所さんのニッポンの出番 二〇一四年十月~二〇一六年九月(終了)
メイドインジャパン 二〇一五年~(二〇一九年にレギュラー化)二〇二〇年三月(終了)
フジテレビ系 林修のニッポンドリル 二〇一八年四月~二〇二三年九月(終了)
テレビ朝日系 これぞニッポン流! 二〇一四年
世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ! !視察団 二〇一四年~二〇一九年(以降は単発のスペシャル番組として不定期に放送)
世界の村で発見!こんなところに日本人 二〇一三年四月~二〇一九年三月(以降は単発のスペシャル番組として不定期に放送)
日本のチカラ 二〇一五年~
テレビ東京系 世界ナゼそこに?日本人 知られざる波瀾万丈伝 二〇一二年~(『ナゼそこ?』『ナゼそこ?+』に名称変更)
和風総本家 二〇〇八年~『二代目 和風総本家』へと改題を経て、二〇二〇年三月(終了)
YOUは何しに日本へ? 二〇一三年~
世界!ニッポン行きたい人応援団 二〇一六年四月~
ヒャッキン! 世界で100円グッズを使ってみると? 二〇一七年十月~二〇一九年三月(終了)
一覧にしてみると、「日本スゴイ」系テレビ番組群が、もっぱら二〇一二年から二〇一四年にかけて各局で一斉に開始(あるいはレギュラー化)していることがわかる。これは奇しくも、東日本大震災後の「頑張ろう!ニッポン!」(二〇一一年)キャンペーンと、それにひきつづく第二次安倍政権の成立、そしてそのもとでの「クールジャパン」戦略の策定(二〇一二年)と軌を一にしている。
「日本の魅力」再考系番組
もうひとつの特徴は、先行しているNHK『COOL JAPAN』の放映開始時期が、小泉政権下で「日本ブランド」づくりに向けてソフトパワーの推進を提唱する「日本ブランド戦略の推進」(知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会日本ブランド・ワーキンググループ、二〇〇五年二月)、「「新日本様式」(Japanesque*Modern)の確立に向けて~世界に日本の伝統文化を再提言する~」(ネオ・ジャパネスク(新日本様式)・ブランド推進懇談会(経産省)、二〇〇五年七月)を出したあと、そしてそれをうけて第一次安倍政権が「美しい国」というシンボルを掲げた(二〇〇六年)時期と重なっているのも興味深い。
政府が〈日本文化の優秀性・独自性〉を強調しはじめた時期と、こうしたテレビ番組群のブームとが重なっているのも、国策に乗っかり・社会的トレンドを形成していくという意識産業としてのメディアの特性が浮かび上がるように見える。
こうした番組群のコンセプトをそれぞれの公式WEBサイトから拾ってみると、代表的なものでは――
毎回テーマに沿った外国人専門家集団=「視察団」を日本に招き、さまざまな場所や人を視察してもらいます。彼らが思わず「ニッポン、スゴ~イデスネ!」と言ってしまった〝母国と大きく異なる、日本のスゴさを感じること〞をVTRで詳しく紹介していきます。
外国人の視点だからこそ、さらに浮き彫りになる日本のスゴさ、そして海外との違い――。日本人でも知らなかった〝日本の素晴らしさと独自性〞を新発見でき、もっと日本が好きになれるバラエティです!
(テレビ朝日『世界が驚いたニッポン!スゴ~イデスネ! !視察団』公式サイトの番組紹介文)
日本が誇る〝100円グッズ〞を、まだそれを見たことのない世界の国々に持って行き、現地の人々がどんな反応をするのかを調査する番組! 思わず手にしたモノや、使い方を知って驚いたモノを実際に家で使ってもらう様子に密着取材します。
日本のアイデアグッズに感動したり、従来の用途とは違う驚きの使い方をしたり……安くて質の高い100円グッズが、世界の人々の役に立つ様子を取材します。
(テレビ東京『ヒャッキン! 世界で100円グッズを使ってみると?』公式サイトの番組紹介文)
と、臆面もなくストレートな「日本スゴイ」ぶりが並んでいる。「世界中で大人気の日本文化「クールジャパン」」「日本のスゴさを感じること」「日本の素晴らしさと独自性」といったキーワードに溢れているのである。
単発のスペシャル番組もあなどりがたく、「日本スゴイ」番組の最絶頂期の二〇一六年三月三十一日にBS朝日で放送された、『滝川クリステルが見た! Discover Japan~世界が驚く、凄いニッポン!』の惹句は、
日本列島を空から見ると、ニッポンには、世界が驚くすごい町がたくさんあり、そこには、世界中を魅了するすごい日本人たちがいた!
外国人は知っているのに、なぜか、日本人が知らない〝すごいニッポン〞とは? 滝川クリステルが時空を超えた発見の旅へ! その秘密を解き明かす!
(BS朝日の番組公式サイトより)
空から見ると「世界が驚くすごい町がたくさんあり、そこには、世界中を魅了するすごい日本人たちがいた」ことがわかるというのだから尋常ならざる能力を感じるとしかいいようがない。
勝手に定義した「正しい日本文化」の押し売り
こうした「日本スゴイ」番組群の中でも、TBS系『ぶっこみジャパニーズ』は、放映されるたびにネットで炎上を繰り返していた。この番組は、
和のカリスマが海外の「ニセジャパン」を成敗する! !
正しい日本文化を伝授する『ぶっこみジャパニーズ』第6弾
いま世界中で大人気の日本文化「クールジャパン」!
しかし修業もせずにブームにのっかったニセモノが海外で急増中!
そんなダメダメなニセジャパンに日本が誇るカリスマが正体を隠して潜入調査!
(TBS系『ぶっこみジャパニーズ』公式サイトでの番組紹介文)
――というもの。日本料理・寿司・ラーメンから忍術・生け花まで、その道の「達人」を海外につれていって、現地で展開されている日本料理店・スシ店……などに素性を隠して潜入させ、現地で「うわあ、これが日本料理??」的なしろものを視聴者に印象づけた上で、当該の達人が「これが本当の日本のナニナニ」を見せていくという展開である。
二〇一七年十二月に放映された「第10弾」では、
近年、寿司屋が増え「寿司ブーム」だという南アフリカ。そんな南アフリカのヨハネスブルクで、とんでもない寿司屋を発見!寿司のピザやドーナツ、マヨネーズやテリヤキソースがベースの変わったソースの寿司など、日本ではありえないとんでもない寿司の数々を提供する寿司屋を、日本の寿司職人がドッキリ指導する!
(同番組の制作会社IVSの公式サイトより)
――というネタを繰り出してみたものの、「寿司で目くじらを立てるなら、日本の中華料理や餃子はどうなる?」「ナポリタンとか和風スパゲッティとか」「インドの人が日本のカレーに文句つけるか?」といったまっとうなツッコミがネット上に溢れた。
勝手に定義した「正しい日本文化」をものさしにして、そこからはずれるものを認めないという偏狭な番組のコンセプトが、現実的には世界中で入り混じりまくる「文化」の現実の姿を知る視聴者から呆れられたわけである。
ともあれ、各番組で「日本人でも知らなかった」というポイントが強調されているように、オーディエンスにとってはまずもって〈身近にある未知のものに触れて知的好奇心が満たされるプログラム〉であるとは言える。
もちろん、テレビの世界では〈身近にある未知のもの〉を紹介するのが知的なエンターテインメントの伝統的な常道ではあるのだが、右に挙げたような番組群にはそこに必ず「だから日本がスゴイ」が接続されているところに特徴がある。
「日本スゴイ」がMCのコメントやテロップで画面に被せられてゆくパターンでは、NHK『驚き!ニッポンの底力』で二〇一三年秋に放映された「大海をゆけ 巨大船誕生物語」が好例だ。
民放よりプロパガンダ的なNHKの番組
この番組では、ノイズを軽減したプロペラや荒海でも静止できる海洋調査船などの技術が紹介されたうえで、
「最近日本が落ち込んできていたが……まだまだ日本も捨てたもんじゃないなと思いました」
「……いろんな人が協力しあって乗り越えてきた上に今の私たちの生活があるんだなと思うと、それがすごく日本人っぽいというか」
「うれしいですよね、誇りに思える」
――と、番組の最後にMCとゲストが感想を述べていた。それぞれの技術を開発した人や企業がまずはスゴイはずなのだが、いつのまにか「日本人っぽい」「誇りに思える」といった自民族の優秀性を強調する感想へと接続されているのである。
番組最後の出演者の感想の場面などほとんどの人は聞き流す程度のものであるとは思うのだが、このコメント台本を書いた番組の作り手がこめたメッセージは明瞭だ。〈日本は実はスゴイ〉〈日本人らしさを発揮している〉〈同じ日本人として誇りに思う〉なのだ。
「すごいプロペラ」から「日本人として誇りに思う」の間には論理的にも大きな飛躍があるはずなのだが、そこを「日本人として」の共感でやすやすと乗りこえているのだった。そしてそのよくわからない情緒が、この数年のあいだに、ゴールデンタイムのテレビ番組から大量に流されていたのである。
ところが二〇一七年以降、「日本スゴイ」番組の放映はどんどん減少していった。とりわけ民放系では――一部を除いて――毎週のレギュラー番組であったものが月に一回とか一クールに一回などスペシャル番組化し、たまにTVをつけるとやっている……的なものに変化した。やはり過剰に集中したがゆえに飽きられた感が強い。
その一方で、ひな壇芸人と派手なテロップで「スゴイ」「スゴイ」を連呼する従来のバラエティ番組タイプのものから、2020東京オリンピックに向けた日本文化紹介番組という枠組みのものへとシフトされつつあるのも二〇一七年以降の一つの特徴だった。
先述のリストには挙げていないが、海外向け放送であるNHK WORLD-JAPANでは、「日本文化」を海外向けに紹介するという形式をとった『Japanology Plus』『Journeys in Japan』『TOKYO EYE 2020』『Kawaii International』さらに、日本製品の紹介に特化した『great gear』や伝統工芸をベースにした起業家を紹介する『RISING』などの番組がある。
これらは政府・経産省のすすめるクールジャパン戦略に忠実に沿うもので、「日本文化」の再定義としてパッケージされているだけに、ある意味で民放各局の「日本スゴイ」バラエティよりもプロパガンダ的であると言える。
文/早川タダノリ 写真/shutterstock
『「日本スゴイ」の時代 カジュアル化するナショナリズム』(朝日新聞出版)
早川タダノリ