「胸やおしりを触られ…」「バカと罵倒」介護現場の“カスハラ”の実態「噛みつかれて腕にアザは珍しくない」…行政は相談窓口設置も、人材不足は深刻なまま
「胸やおしりを触られ…」「バカと罵倒」介護現場の“カスハラ”の実態「噛みつかれて腕にアザは珍しくない」…行政は相談窓口設置も、人材不足は深刻なまま

カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)の対策法案が6月4日、可決した。具体的な内容は厚労省が今後、指針を示す予定だ。

カスハラと言えば、飲食業界などが注目されがちだが、ここ数年では介護士などに対するカスハラも問題視されている。相手が社会的弱者ということもあり強くは言えないなかで、「バカ」などの問題発言や、噛まれたりキスを迫ってきたりするなど、悪質化している。ようやく行政も窓口を設置するなどの取り組みを始めたという。介護現場の現在地を取材した。 

噛まれて腕にアザ…胸を触られたり、「やらせろ」といったセクハラ発言も 

カスハラの対策を事業主に義務付ける「改正・労働施策総合推進法」などが6月4日、参院本会議で可決し、成立した。2026年中の施行を目指す。厚労省が今後、具体的な方針を出すものの、労働者からの相談体制を整備することなどが予定されているという。

高齢化社会でより重要さが増している介護職では、前々から介護士らに対するハラスメントが横行していた。

「“死ね”と俺は言われたことないけれど、“バカ”とか、罵倒語はよく言われる。同僚の若い人は、80代のおばあさんに抱きつかれたりしている。(上司に報告は)してないね。やっぱそういうもんだと思っているから」

そう語ってくれたのは、介護職を5年以上続けている30代男性。都内の特別養護老人ホーム(特養)でアルバイトとして働いており、手取りは月に20万円程度だという。

男性が勤める特別養護老人ホームでは、常時介護が必要で、在宅生活が難しい人などが入所している。なかには認知症が進んだ老人もおり、症状の一つである妄想により、急に噛みつかれて腕にアザができることは「珍しくない」と明かす。

上司に相談しないのはなぜかーー。

男性は「上手にかわせて、当たり前。職場にはそんな価値観をもっている人がいるから」と話す。アドバイスを受けても、「気をつけて」「うまく聞き流して」だけに留まるという。

「お金はそこそこ貰える。夜8時から次の日の朝10時まで泊まりで働くと、1回の夜勤で2万4千円になる。ただ、それと引き換えにメンタルがやられてしまい、すぐに辞めてしまう人も多い。最近辞めてしまった20代の女性は、おじいさんからトイレへ行くたびに胸やおしりを触られていた。『よけるのに疲れた』と不満をもらしていた」

介護歴が35年以上の藤原るかさん(69)は、都内で訪問介護に従事している。訪問介護では、介護士が利用者の自宅へ行き、入浴や排泄(はいせつ)、食事や洗濯といった生活支援をする。

介護の現場に長年いる藤原さんは、これまで見てきたカスハラの実態を一冊の本「介護ヘルパーはデリヘルじゃない 在宅の実態とハラスメント」(幻冬舎新書)にまとめた。

「『やらせろよ』『昨日はやったのか?』と聞かれたことは、数えられないほどあります。触られそうになると、上手くかわして状況を防ぐことはできます。けれども、言葉は無理。聞き流すしかない」

ほかにも「性器を洗って」と言われたり、キスを迫られたり、なかには自慰行為を見せてくる人もいた。メールの連絡網には「相手に後ろ姿を見せてはいけない、ドアは開けたままにすること」と注意事項が書かれていたことがあるという。

「今後、ますます高齢化が進み、要介護者が増えてくる。人材不足が懸念されているからこそ、賃金などの労働環境を整備する必要がある」(藤原さん)

厚労省によると、2023年度の訪問介護の有効求人倍率は14.14倍と高く、介護士の人材不足が顕著だ。

前出の特養で働く男性と異なり、訪問介護では生活援助の報酬削減やサービス提供の時短化が行われている。2024年度からの介護報酬改定では、全体で1.59%の増額。ところが、在宅介護の主要サービスである訪問介護の基本報酬は、2~3%引き下げられた。藤原さんは「崖っぷちにいます」と心中を吐露する。

行政対応ようやくも、介護現場のカスハラ相次ぐ

介護現場でカスハラの被害を受けているのは、介護士だけではない。

日本介護支援専門員協会は4月、介護現場におけるカスハラの実態調査結果(有効回答数1293人)を公表した。介護現場で働くケアマネージャーの33.7%が、過去1年間で何らかのカスハラを経験していたことが明らかになった。

ケアマネージャーとは、介護サービスの利生者のために、介護の内容や費用などの計画を立てる管理者を指す。

被害内容については(複数回答)、①「言葉の暴力や精神的な攻撃」(70.6%)、②「過度な要求や不当な要求」(55.7%)、③「不当なクレームや根拠のないクレーム」(43.8%)、の順に多かった。

カスハラをした人は、①利用者の主介護者やキーパーソン(72%)、②利用者本人(44%)、③サービス事業所や取引先(14%)となった。

カスハラを受けた際の対応については、「管理者や上司に報告や相談をした」(60.8%)ともっとも多いものの、報告や相談の結果については「やや満足」(20.6%)が多く、「やや不満」(20.2%)と続き、評価が分かれた。

行政も介護職のカスハラ問題へ対応を進めている。

東京都は4月、介護職員を対象にした相談窓口を開設した。利用者やその家族などから、叩かれたり、ものを投げられたりなどの暴力行為や、セクハラ発言を受けた際などに専門の相談員に無料で相談できる。24年には横浜市でも相談窓口が開かれ、茨城県でも在宅介護職員を対象にした窓口を開設するなど、各自治体でようやく取り組みが始まりだした。

ケアマネージャーや介護福祉士の資格を持っている、淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授は、「離職率が高い介護業界ではカスハラが離職の大きな要因となっている。

介護業界のカスハラのひどい実態が知れ渡りはじめ、行政が対応し始めたのは大きな一歩だ」とコメントした。

結城教授によれば、介護業界のカスハラは特殊だという。

「相手が高齢者で認知症だったり、障がい者だったりなど、社会的弱者なので、管理者や上司も、カスハラを受けてもどう対応していいかわからないのが現実。これまで行政も、カスハラの対応を、介護サービスを提供する事業所に任せっぱなしだった。行政が対応を変え、専門家を呼んで窓口を開設したのは、有効な手段と言えるのでは」

さらに、結城教授はこう続ける。

「行政は窓口を設置しただけで満足をするのではなく、次にすべきは処遇改善だ。介護報酬の割合は年々上がっているが、十分とは言えない。全国民に一人2万円の現金給付をするのであれば、その分をエッセンシャルワーカーに配るべきだとは思うんだけどね」

介護の現場では、早急な改革が求められている。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班 サムネイル写真/Shutterstock

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