「夫婦の性生活はあったのか」「セックスレスだったのでは…」性犯罪を犯した夫の裁判が妻のトラウマになるケースも…加害者家族を追い詰める偏見と排除
「夫婦の性生活はあったのか」「セックスレスだったのでは…」性犯罪を犯した夫の裁判が妻のトラウマになるケースも…加害者家族を追い詰める偏見と排除

もしも家族や親族が性犯罪を犯した場合、その加害者家族にはどんな未来が待ち受けているのか。マスコミに追い立てられ、SNSで個人情報をさらされ、人によっては婚約は破棄、職場も追われ、転居を余儀なくされる……知らない番号からの着信や呼出音に怯え、やがて自死を考えるくらい追い詰められることも…。


 

社会から排除される「加害者家族」の“生き地獄”と再生に迫った『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』より一部抜粋・再構成してお届けする。

婚姻関係はどうする? 子どもになんと伝える?

もしも夫が痴漢や盗撮などで逮捕された場合、妻からすると「性加害者になった夫」という存在は受け入れがたいものです。

しかし、そうであっても、子どもからすると「いいお父さん」であるケースが多いのも現実です。クリニックのデータによれば、性犯罪の再犯防止プログラムを受講する人のうち、4割以上が既婚者でした(*1)。そのなかには子煩悩で、育児にも積極的に参加している人も多い印象を受けました。

自分に子どもがいるのなら、「被害者も誰かの娘だ」という想像力が犯罪の抑止力になりそうなものですが、性加害者の多くは「共感性の低さ」という課題を抱えています。そして、強い認知の歪みがあります。「もしあなたの娘が同じ被害に遭ったらどうしますか?」と問いかけると、瞬時に加害者への怒りを露わにする人もいました。

そのため妻は「自分の一存で、子どもたちから父親を奪っていいのか?」と深く苦悩します。もしくは離婚をして、子どもの名字を変えたほうがいいのか、転校をしたほうがいいのかなど、さまざまな選択肢も浮上してきます。

残された親にとって、事件をどのように子どもに打ち明けるのかは、もっとも頭を悩ませる事案です。「これが正解」というものはありませんが、加害者家族支援から取りこぼされがちな「子ども」の存在も問題です。

家族が逮捕されることで、加害者家族には経済的な問題が重くのしかかってきます。



家計の担い手が加害者だった場合、生活費や住宅ローンの返済、子どもの学費など、さまざまな経済的負担への対処が必要となります。弁護士への相談も必要となり、保釈金の準備なども考慮しなければなりません。

事件の発覚を機にメディアが自宅に押しかけてくる、脅迫や嫌がらせの電話がかかってくる、職場に押しかけられる……など数々のハラスメント行為を受け、加害者家族は社会的にも排除され、孤立していきます。そのため、転居を余儀なくされるケースでは、引っ越し費用や家賃なども生じます。

たとえ家族は事件に関与していなくても、会社から退職を促される、職場で噂が流れて居場所を失い、自ら職場を去るという選択をする方もいます。また裁判後には、裁判費用や被害弁済の負担が家族に重くのしかかるのです。

裁判での経験がトラウマに

刑事裁判では、加害者の親やパートナーが「情状証人」として出廷することは珍しくありません。情状証人とは、裁判で被告人の量刑を定めるにあたって酌(く)むべき事情を述べる証人のことです。

事件を起こしたことで加害当事者が家族から見放されるケースもありますが、弁護士との相談のうえ、家族が彼らの人となりや日常の様子を説明し、更生の可能性が高いことや、謝罪の意思や償いの姿勢を示すことも少なくありません。

家族が情状証人となる場合、事件を起こす前の彼らについて、「普段は非常に真面目で犯罪を起こすような人物ではない」「こういう経緯があって、今回の事件を起こしてしまった」など性格や事情を述べたり、同居している家族であれば「再犯防止のためにクリニックに通わせる」など判決後に社会に復帰した当事者をきちんと監視する旨を述べたりします。

また、執行猶予付き判決を得るために「刑務所に入ったら残された子どもに影響が出てしまう」など実刑判決による影響を述べることもあります。

ちなみに私自身、加害者側の情状証人として出廷することがあります。ときに「加害者をかばっているのではないか」と言われることがあるのですが、もちろんそうではありません。

裁判官や裁判員が適切な量刑を決定できるように、加害者の更生の可能性や治療の道筋を専門家の立場から具体的に示すためです。

多くの人にとって、裁判への出廷は非日常の出来事です。情状証人となった場合、加害者の家族は出廷時の打ち合わせを重ねながら、日に日に緊張感が高まっていきます。裁判の日が近づくにつれて食欲がなくなり、不眠になる人もいます。

また裁判当日は、法廷で頭が真っ白になり、自分が何を話したかまったく覚えていないと語る加害者家族も多くいます。刑事裁判は、検察側と弁護側がそれぞれの主張を展開し、裁判官が判断を示す手続きです。そのため、検察は有罪判決を得るために、弁護側の情状証人となった家族に手厳しく問いかけることもあります。

親なら「育て方に問題があったのではないか」と問い詰められたり、妻なら「夫婦の性生活はあったのか」「セックスレスだったのではないか」などプライベートについて踏み込んだ質問をされたりすることもあります。情状証人となった加害者家族のなかには、法廷で思わず泣き出してしまうなど、裁判がトラウマ体験になるケースもとても多いです。

さらに、法廷では被害者側の家族と顔を合わせるケースもあり、加害者家族が大声で罵られることもあります。

たとえ情状証人として出廷しなくても、あるいは傍聴できなくても、家族にとって裁判の行方は非常に気がかりな事案で、その経験は相当な精神的負担になります。

メディア報道の地獄

メディアの執拗(しつよう)な取材や実名報道によって、加害者家族が社会から厳しく非難されるケースは非常に多いです。逮捕直後は一時的で断片的な情報しか報道されないため、ときに事実とは異なる情報によって、さらなる偏見にさらされることもあります。



2020年、有名ロックバンドの元メンバーが強制わいせつ未遂の容疑で逮捕された際、一部のメディアが彼と妻の住居の写真を掲載したこともありました。

取材する記者も仕事ですし、上司からの厳しい指示により加害者家族を追っているのかもしれません。しかし、メディアにもその影響力を考慮したガイドラインがあって然るべきでしょう。

また、新聞やテレビで取り上げられなくても、近年は加害者のSNSアカウントが即座に特定され、本人だけでなく家族の氏名や住所など個人情報がさらされるケースが散見されます。勝手に抜粋した画像や情報をもとに、本人や家族に関する「まとめサイト」がすぐに立ち上がり、フェイクニュースを含む情報がまたたく間に世界に拡散されていきます。

閲覧数を上げることで収入を得ることを目的とした「トレンドブログ」では、真偽不明の情報が飛び交います。「たとえ情報が誤っていても、アクセス数を稼げて収益が得られればそれでいい」と言わんばかりの無責任な情報が加害者家族を追い詰めていくのです。

ネット上のデジタルタトゥーが要因となり、加害者家族の就職や結婚などが取り消される、職場を追われる、加害者当人が判決後・出所後に復職できないといったケースも多々あります。

加害者家族を追い詰める偏見と排除

ここまで述べてきたように、加害者家族の生活は事件発覚後に一変し、心理的・社会的・経済的な問題に一気に直面することになります。

あらゆる犯罪のなかでも、とくに性犯罪は白眼視されます。性に関する話題がタブー視されがちな日本ではなおさら、性犯罪では加害者と被害者のみならず、加害者家族も偏見にさらされます。性犯罪の加害者は、「教師と生徒」「上司と部下」など権力や信頼関係を利用して犯行に及ぶことが少なくありません。そのため、社会的な非難がいっそう強まります。



幼い子どもが被害に遭う小児性犯罪事件では、社会からの応報感情がより大きく、被害者と同じ年代の子どもを持つ近隣の親たちの不安感情が高まるため、性犯罪の加害者家族に対しても、より厳しい「世間の目」が向けられる傾向があります。

*1 斉藤章佳『男が痴漢になる理由』イースト・プレス、2017年

文/斉藤章佳 写真/shutterstock

『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)

斉藤章佳
「夫婦の性生活はあったのか」「セックスレスだったのでは…」性犯罪を犯した夫の裁判が妻のトラウマになるケースも…加害者家族を追い詰める偏見と排除
『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)
2025/6/13957円(税込)224ページISBN: 978-4022953209

家族も連帯責任で“人生終了”!?
一家離散、ネット私刑、そして自死――
社会から排除される「加害者家族」の“生き地獄”と再生に迫る。


痴漢、盗撮、レイプ、子どもへの性加害……
連日報道される性暴力事件の卑劣な加害者たち。彼らにも家族がいる。
SNSでは個人情報をさらされ、婚約は破棄、職場も追われ、転居を余儀なくされる。
知らない番号の着信やチャイムの音に怯え、やがて自死を考えることも。

あらゆる犯罪のなかでも、とくに世間から白眼視されがちな
「性犯罪の加害者家族」の悲惨な“生き地獄”とは?
家族が償うべき「罪」はあるのか?
1000人を超える性犯罪の加害者家族と向き合い続ける専門家が、
支援の現場からその実態を報告する。

【目次】
第1章 ある日突然、家族が性犯罪で逮捕された
・「加害者の家族というのは、幸せになっちゃいけないんです」
・ケース①:痴漢を繰り返した元高校球児
・ケース②:妊娠中に夫が盗撮で逮捕、それでも別れない妻
・ケース③:「優等生」の息子が女子生徒の着替えを盗撮
・ケース④:小6の娘が妊娠、相手は中2の兄 ……ほか

第2章 加害者家族の「生き地獄」
・刑事手続で家族がすべきこと
・裁判での経験がトラウマに
・母親に責任を押しつける「子育て自己責任論」
・夫の痴漢はセックスレスが原因?
・加害者家族が怯える「世間」とは何か ……ほか

第3章 なぜ加害者家族を支援するのか
・両親は夜逃げ、弟はうつ、姉は自死……加害者家族の末路
・加害者家族1000人へのアンケート
・複数回の逮捕でようやく治療につながる
・一番の悩みは「誰にも話せないこと」
・家族会でも排除されやすい「子どもへの性加害」 ……ほか

第4章 それでも日常は続く
・「このまま刑務所にいてほしい」家族の本音
・知らない番号からの着信に怯える日々
・家族に加害者更生の責任はあるのか
・「親が犯罪者」のレッテルは大人になっても続く
・子どもに事件をどう説明するか ……ほか

第5章 加害者家族との対話
・音信不通の息子は留置場にいた
・「育て方が悪かった」と裁判で責められる
・2度目の逮捕で実刑判決
・息子に伝えた自身の性被害経験
・わが子の婚約に抱く複雑な思い ……ほか

第6章 その「いいね」が新たな被害者を生む
・報道されるかどうかは運しだい
・文春砲の功罪
・「SNS私刑」に振り回される加害者家族
・「日本版DBS」で子どもへの性加害を防げるか
・加害者家族を知る映像作品 ……ほか

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