「FAの『人的補償』って言葉、変えたいんです」日本プロ野球選手会会長・曾澤翼、その信念は「10年、20年後の選手たちのために」
「FAの『人的補償』って言葉、変えたいんです」日本プロ野球選手会会長・曾澤翼、その信念は「10年、20年後の選手たちのために」

「現役ドラフト」の導入をはじめ、数々の制度改革を実行してきた、労組日本プロ野球選手会9代会長・曾澤翼(広島東洋カープ)。捕手らしい強力なリーダーシップとコミュニケーション能力、さらに労を惜しまず精力的に動く會澤は、いったい何と戦っているのか。

 

3代続けて捕手が選手会長 

會澤翼は、水戸短大附属高校(現水戸啓明)1年生のときから強肩強打の捕手として注目を集め、2006年の高校生ドラフトで広島カープから三位指名を受けた。ドラフト同期には、同じくカープの前田健太、楽天の田中将大、巨人の坂本勇人らがいた。

一軍定着までほぼ8年を要しながら、2017年からは赤ヘル不動の扇の要として大きな存在感を放った。捕手らしい強いリーダーシップとコミュニケーション能力でチームメイトからの人望も厚く、2018年からはチームの選手会長に就任して選手の意見をまとめ上げて幾多の要望書を球団に提出した。

「要望書の作り方も自分で調べるところから始めましたよ。選手からの要求はたくさん出るのでまず『ブルペンの椅子をもっと座りやすいものにしてほしい』とか、そういう小さいところから着手していきました」

折衝の学びは想像以上に大きかったという。

「交渉事でテーブルについて話し合うといろんなことが分かってくるんです。あ、今、球団はこういうことを考えているんだとか、こういう交渉の仕方をすれば、球団も理解してくれるんだとか。やはりこう、周りを見ながらやっていくっていうところも含めて勉強になりました」

労を惜しまず、選手のために精力的に動く會澤の存在は12球団選手会の中でも目を引いた。歴代会長は皆、この仕事に誇りと愛情を持っていた。それゆえに任期を終える頃には、自身が信頼できる人材を指名する。

會澤に9代目労働組合日本プロ野球選手会会長・炭谷銀仁朗から、自分のあとを託したいというオファーが届いたのは2021年の秋口であった。

「その前に事務局長サイドから打診もあったんですが、そのときはまだ考えさせてほしいと言ったんです。

やはり現役としてプレーに集中したい気持ちはありましたから。

でも炭谷さんから電話をもらって『大変なのは大変なのだけど、お前がやってくれるか』と言われて、そのときはもう『分かりました』とすぐに返事しましたね」

ポジション別に見ればくしくも8代目の嶋基宏(楽天)から、3代続けて捕手が選手会長となった。現職の選手会長には、歴史を訊くと言うよりも今、取り組んでいる事案について取材を敢行した。

現役ドラフトの成功 

會澤が実行した制度改革の中でとりわけ「現役ドラフト」の導入が注目を浴びている。

各球団は次年度に契約を結ぶ選手のリスト(=保留者名簿)の中で、他球団からの指名を受けてもよい(くだけて言えば、契約して保留する予定だが放出してもよい)と考える対象選手の名前を二名以上提出し、その対象者リストの中から、指名が始まる。

「出場の機会に恵まれない選手たちの移籍を活性化するため」に設立した制度の活用で、ソフトバンクから阪神に、横浜DeNAから中日にそれぞれ指名された大竹耕太郎、細川成也などは、新天地で水を得た魚のように躍動している。

指名された後に成功できなかった選手もいるが、少なくともこの二人は、評価されていなかった球団を出ることでポテンシャルの殻を一気に破ることができた。現役ドラフトは1軍、2軍の間で苦闘している選手に対するケアとモチベーションアップの施策であることが見て取れる。會澤は言葉を慎重に選びながら自身の体験を振り返る。

「僕自身が1軍デビューが遅かったほうなんです。それで2軍の瀬戸際で頑張ってる選手たちを見てると、何とかチャンスをあげたいと思うんですよ。実力があるのにコーチ首脳陣とうまくいっていないとか、球団の体質と合わないとか、選手会にいるといろいろと耳に入ってくるんです。

そしてくすぶっていても他球団での評価の高い選手もいる。

現役ドラフトも全員が全員活躍しているわけではないですし、残念ながらクビになってしまう選手もいる。難しいところではありますが、それでもプロという実力の世界でチームを替わって凄く活躍している選手を見ると、僕はやはりやって良かったと思います」

残念ながら、かつては干されて飼い殺しのような状態に置かれたまま、年を重ねて球界を去っていった選手も少なくない。

「昔から日本の球界はけっこう移籍にネガティブな印象があるじゃないですか。でも選手は出場機会があってこそだと思うんです。だから、移籍を活発にしていくうえでも選手会が背中を押してあげる制度をどんどん作っていくということで、そのひとつとしての『現役ドラフト』があるんです。

クビ間近、もしくはクビになってもプレーをしたいと思っている選手たちにアピールできる場所は数多く提供したいです」

「『トライアウト』っていう言い方、好きじゃないんです」 

現役を続行したい選手たちが集ってプレーを披露する合同トライアウトもそのひとつである。このトライアウトをNPBが2025年から見合わせると発表したのを受けて、選手会は過去に参加した選手たちにアンケートを実施した。

回答のほとんどが「トライアウトに参加してよかった」というものであった。そこで選手会主催での継続を決めた。

「この制度も2001年から始まって、毎年各球団持ち回りで開催をしていただいて、ちょうど2周り目くらいになったのかな。球団サイドから、『獲得する選手も実際はトライアウトの前に決まってしまっているし、実質的にもうあまり開催に意味がないんじゃないか』みたいな発言もされたんです。

でも昨年は二人ほど、トライアウトのプレーを見て入団が決まった選手がいたんですよ。それで選手に諮ると、『やっぱりやめてほしくない』という声が圧倒的に多かった。

なので、可能性があるんだから選手会としてこれはやっていこうと決めました。

NPBに残れる選手が何人いるかは分からないですけど、独立リーグ、社会人の関係者も見に来るし、次の世界にもつなげられるようなものにできればという想いはあります。

もちろん開催予算もかかりますし、その辺を不安に思う声もありましたけど、協賛していただける所もあって十分やっていけると思います。何より選手会としてまだ挑戦したいと思っている選手がいるのなら、意向に沿ってそれはサポートしたいです」

會澤からは選手の尊厳に対するリスペクトが随所に感じられる。制度の在り方だけではなく、言葉の使い方にも言及するのである。

「僕は『トライアウト』っていう言い方があんまり好きじゃないんです。アウトって付いてるじゃないですか。『トライチャレンジ』とかだったら、前向きですよね。再挑戦なんだから、メディアも含めて呼び方をポジティブなものにしてほしいです。

FAの見返りの『人的補償』(FAで選手を獲得した球団がプロテクトした選手以外から一人、相手球団に譲渡するシステム)も人身売買みたいじゃないですか。

実際にプロテクトから外された中で自分もチームを出たいと思っている選手もいるわけで、僕個人は、FA移籍の代償としてお金の代わりに人が動く制度はあってもいいと思うんです。

ただ、人間の補償じゃなくて、相手球団が欲しい選手と思って指名するんだから、別の呼び名があるんじゃないかと思うんです」

振り返れば、中日から巨人にFA移籍した野口秀樹の「人的補償」で落合監督に指名された小田幸平という好例がある。

彼はそこから巨人時代の3倍以上の出場試合数を記録し、17年の現役生活を全うしたのだから、ひとつのキャリア成功例と言えようか。

「『父親休暇リスト』も導入したい」 

所属する球団の環境に馴染めない選手のケアとして「現役ドラフト」を実行した一方で、トップクラスにいる選手の目配りとしてWBC出場に向けての補償問題についても要求を掲げている。

「不安なく日本代表に行って思い切ってプレーしてもらいたいというのがあります。それでなくても代表戦はプレッシャーがあって心身ともに大きな負担がかかります。そこでもしも怪我をしたときに損失補償がないとなると、家族もいますし心配が尽きない。

そのあたりの不安は代表選手の話を聞く中で出てきたので声をあげました。国を背負って試合に臨むことはすごく名誉なことです。そして同じくらい大事なのがやはりシーズンだと思っています」

プロアスリートの年俸を払っているのは、所属のチームであり、あくまでも日常の基盤はレギュラーシーズンにあるという考えだ。もはやW杯の常連国となった日本サッカーの世界においても同様の命題があり、JFA(日本サッカー協会)とJPFA(日本プロサッカー選手会)の間でも長年にわたって代表選手の負傷補償の問題については議論が交わされてきた。

代表戦で怪我をして公式戦を欠場する事態に陥った場合、その補償はどうなるのか。

「新井(貴浩)さんが会長の時代にWBCサイドと闘ってスポンサー問題を解決させられたじゃないですか。財源を確保したら、次は選手の待遇改善で、怪我したときの最低補償をしてくれというのは日本代表がある限り僕はずっとNPBに言い続けていこうと思っています」

會澤のフットワークの軽さは、恒常的に取り続ける選手たちとの対話の中身と、起きた事案に対する対応の速さに表れている。

2023年に安楽智大(当時楽天)による後輩選手に対するパワハラ騒動が表面化した際、「これは楽天だけの問題ではない」として事務局長の森忠仁とともにNPBとの事務折衝に臨み、全球団による調査とハラスメントの相談窓口の設置を提起している。

起きた「事件」を他人事にしていないのだ。

「僕らの若い頃は理不尽なこともたくさんありましたけど、今の時代はハラスメントは大きな社会問題にもなっていますし、『予防できるところは予防していきましょう。何かあったら、僕ら選手会は対応しますよ』と折衝しました。この問題はスピードが求められるので、相談窓口は2024年4月にはもう設置できていたかと思います。

ハラスメントの窓口はNPBにもあるし、各球団にもあるし、選手会のものを加えて全部で3つあるんです。人によっては、行きづらいところもあると思うので選手には『言いやすい所に言ってくれ』と告知しています。

僕は、選手に対してプロはこうあるべき、という求めよりも彼らに自由度、選択肢を増やしてあげたいというのがあるんです。大谷翔平君がメジャーで利用した『父親休暇リスト』もそうですよね。これの導入も考えています」

FAも含めた移籍と保留制度の問題 

MLBは制度として父休リストに入ると最長3日間の休暇を認めている。これは2011年に作られた制度だが、日本の選手会もまた今年5月に慶弔休暇制度をNPBに提案している。

昔のように「プロ野球選手は親の死に目にも会えないと思え」という時代ではなく、球団でも対応しているので、わざわざ制定する必要はないのではないかという声もあるが、會澤をこれをやんわりと否定する。

「理解のある球団は、それはいろいろやってくれてます。でも制度としてしっかりとあるというのが大事ではないかと思うんです。

使うのか、使わないのかは、それこそ個人の自由でいいと考えています。

慶弔休暇があるから休まなくてはいけないというものでもない。これも選択肢をいっぱい増やしておきたいというのが僕の理想ですね」

ひとつ、會澤に聞いておきたいことがあった。FA権取得の短縮問題にからんだ保留制度交渉である。現行は1軍登録日数を145日で1年と換算し、高卒8年、大卒・社会人出身が7年、海外FA権は9年で取得する。選手会はこれを一律6年に短縮するように求めてきたが、交渉は進まなかった。

そこで選手会は、ここに至ってFA制度の修正ではなく、保留制度(球団は選手を保留名簿に載せることで選手の保留権を有すことができ、その間、選手は他球団との契約交渉や練習参加ができない)そのものをゼロベースから見直して話し合いたいと発信した。

2024年7月には、(保留制度によって)選手の移籍を制限するのは、独禁法に抵触するのではないかと公正取引委員会への申し立てを表明している。

球団側からすれば、選手獲得に費やした投資の回収とドラフト制度で担保された12球団の戦力均衡がゆらぐという観点からも同意できないものであり、公取委もまた消極的であった。

「本当に難しいところは分かっています。ただ高卒、大卒、社会人卒といろいろな選手に話を聞いたら、『やっぱり1年でも短くしてもらって早くFAを取りたい』という声が圧倒的なんです。現役選手として活躍できる期間が短い中でなるべく制限されることなくみんなにいい思いをしてもらいたい。

もちろんすぐに出て行かれたら、それまで応援していたファンの方を失望させてしまうこともわかります。FAも含めた移籍問題、保留制度の問題というのは、嶋(基宏)さん、炭谷(銀仁朗)さんの代から続いていて、ファンも理解していただくかたちでなるべく早く決着がついてくれたらと思うんです」

その他、會澤がNPBとの事務折衝で提起したのは、「投げ抹消」問題(先発投手が登板間隔が空く間に登録抹消されてFA権取得に必要な日数がカウントされず野手に比べて不公平との主張)の救済案や夏場のデーゲーム回避の呼びかけなど、多岐に渡る。

その精力的な活動ぶりから、かなり以前から選手会活動に関心があったのかと思われたが、それがまったく逆であった。

10年後、20年後の選手のために 

「僕は18歳でカープに入団したんですが、プロ野球選手になっていきなり選手会、労働組合、と言われても何のことか、イメージが全然湧かなかったんです。何をするところで、自分たち選手は契約上どういう立場なのかも分かっていなかった。

2004年に1リーグ制移行に反対した古田会長が選手会でストライキをやられていたときは高校一年生だったんですけど、野球部の寮生活が厳しくて先輩の世話でせいいっぱい。新聞も読めない、テレビも見られない生活だったんです。

だから、ある先輩から『おい、プロ野球がストライキしているぞ』と教えられてびっくりしたぐらいなんです。本当に何も知らなかった。でもそんな僕の経験が逆に今、会長になって活きているんじゃないかと思うんです。

選手会の意義や、選手のために何をしているのかの告知をしないといけない。僕の場合は、自球団の選手会長をやって、どういう取り組みをしてるかを詳しく知れたというのが、大きかったです。

今、僕らがいろんな権利を持って当たり前のように野球ができてるのは先輩たちが一生懸命、いろんなことを交渉してくれたからというのが、そこでよく分かったんです」

自身が会長の任に就いたからこそ、そして選手会の歴史を知れば知るほど、あらためて先人の成し得た業績に會澤は感じ入っている。

「かつてのその瞬発力ってもう絶大だったと思うんですね。例えば、僕が同じリーダーの立場にあったとして、ある日『あまりに選手の権利が低いから、これから選手会を労働組合として立ち上げよう』とか、『1リーグになれば、選手のパイが縮小するから反対のためにストライキやろう』となったときにどうしただろうと想像するんです。素直に尊敬します。

これは前回の選手会の会議でも言ったんですよ。『みんな考えてみてくれ』って、『かつて、今、ここにいるような各チームから来たメンバーの人たちが全員集まって、“ストライキするぞ”ってやってきたんだ。その力って、すごくないか?』って。ハッパをかけたんですが、それは結構、みんな考えてくれたと思います」

今年で会長二期目の最終年を迎える會澤には他に継続して取り組み続けている問題がある。

「選手の肖像権の問題ですね。今は所属球団の独占管理ですが、これも個人と選手会が柔軟活用できるようにずっと交渉をしています。肖像権問題は先輩たちがかなり以前からずっと取り組んでくれているんですけど、平行線のままなんです。

先送りせずにやっぱりどこかでやっておかないといけない。いつも思うんですが、先輩方が選手会を作ってくれて、僕らの権利が担保された。だったら今度は僕らがその10年後、20年後の未来の選手のために何ができるか考えて実現していこうと。

支持をしてくださるファンの声も届いているし、だから、現状維持じゃだめで、新しいことにファンとともに挑戦し続けることを考えています」

昨今は選手会にいてもメリットがないとして、脱会する選手も散見されるようになってきた。ただ非加盟であっても選手会の獲得した権利は行使できる。脱会した選手のふるまいをエゴと否定的に語ることなく、會澤はこう結んだ。

「加盟は強制ではなくて自由判断でいいと思います。ただ、まず選手にはここまでの40年間の選手会の歴史を知ってもらいたい。そして僕らはメジャー帰りの選手も入ってくれるような魅力のある制度や組織にしていきたいと思っています」

12月に自身の任期が満了となる。自分の次の世代に会長のバトンを託すことも視野に入れている。

「何人かもう会長候補はいますし、引継ぎもしっかりして次の会長にバトンを受け渡したいですね。引継ぎは実務だけでなくて理念においても本当に大事です。そしてこれからは会長にも何かメリットがあるような制度が作れないかとも考えています。完全に無償なのでね。僕はいいのですが、次の会長からは何か報われてほしいとも思います」

球界はどこに向かうのか。誰のためにどこに幸福を見つけて何に着手するのか。過去40年の歴史を見ても選手会労組の方向性は、とりわけトップの力量と献身性にかかっていることが分かる。會澤が次期会長を誰にするのか、興味深い。

文/木村元彦

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