実父の子どもを5人出産した29歳女性による尊属殺人が刑法に及ぼしたもの「愛情を利用」「社会的な劣等感のストレスの捌け口」…近親性交の闇
実父の子どもを5人出産した29歳女性による尊属殺人が刑法に及ぼしたもの「愛情を利用」「社会的な劣等感のストレスの捌け口」…近親性交の闇

2008年に日本初となる「加害者家族」の支援団体を立ち上げた阿部恭子氏。様々な声が寄せられる中、加害者家族の中には「家族間性交」の経験を明かす人が少なからずいたという。

なぜそうした声はこれまで届かなかったのか、そして近親性交が起きる背景に潜むものとは?

 

書籍『近親性交 語られざる家族の闇』より一部を抜粋・再構成し、語られてこなかった事実に迫る。

尊属(そんぞく)殺人の違憲性が争われた事件

日本ではかつて刑法に「尊属殺人罪」という規定があった。尊属殺人罪とは、自分または配偶者の両親や祖父母など「直系尊属」と呼ばれる家族を殺害する犯罪であり、被告人には死刑または無期懲役という殺人罪より重い刑が課せられた。

1968年、栃木県矢板市で、29歳の女性が53歳の実父を殺害する事件が起きた。実父を殺害した女性は、父親から度々強姦され、5人の子どもを出産していた。父親による性暴力が始まったのは、女性が14歳の頃からである。

繰り返される暴行に、女性は母親に助けを求めたが、母親が夫の暴力を止めようとすると夫はさらに暴れ、刃物を持ち出すなど手が付けられない状況になった。力尽きた母親は、ついに娘を残して家を出て行ってしまった。

それから女性は次々と父親の子を出産し、中絶を繰り返す。女性が仕事をするようになると、職場の男性と恋に落ちた。女性はその男性と一緒になりたいと父親に打ち明けたが、父親は許さないと暴れ出し、女性はついに父親を絞殺するに至ったのである。

弁護側は、尊属殺人規定が、憲法の定める法の下の平等に反すると主張し続け、1973年(昭和48年)の最高裁判決は違憲判決を下した。そして、1995年(平成7年)の刑法改正によって、ようやく規定が削除された。

本件において、父親がなぜこれほど娘に執着したのか。複合的な要因が絡んでいると思われるが、殺害されてしまったゆえに明らかにはされてはいない。

刑事手続の中で、加害要因が特定されることなく、収監されてそのまま放置される虐待加害者たちは決して少なくない。性暴力の防止のためには、被害者の救済と同時に、なぜ性暴力を用いるに至ったのか加害者側へのアプローチが求められている。

社会的劣等感が及ぼす家庭への影響

父から性暴力を受けた、という報告は38件ある。

実父による性暴力が26件、継父による性暴力が10件、祖父による(父親不在)性暴力が2件報告されている。

加害者の動機として、①子どもへの絶対的支配を目的とした性暴力、②反発する子への制裁としての性暴力、③飲酒など自制心が働かない状況における性暴力の3つに分類できる。

①子どもへの絶対的支配を目的とした性暴力(10件)

峰なゆか氏の自伝的漫画『AV女優ちゃん4』(扶桑社、2023)には、「黒ギャルちゃん」という小さい頃から父親が大好きな少女が中学生の頃、母親が家を出たことをきっかけに、父親と恋人のようにセックスをする話が掲載されている。父親は娘との性交に飽きると、友人から金を取って娘と性交させるのである。この時、初めて少女は父親の加害性と自ら受けた被害を認識するのである。

子の親への愛情を利用した性暴力は、子どもが被害を認識していなかったり、認識するまでに時間を要している。

②反発する子への制裁としての性暴力(10件)

言葉で言うことを聞かない子どもを屈服させるために性暴力を用いるケースである。性暴力を歴史的に、国家による拷問で用いてきた国もある。

屈辱を与えることは、単純な暴行以上に自尊心を破壊し、服従させることができるからである。

③飲酒など自制心が働かない状況における性暴力(8件)

アルコールが入った状態で暴れる父親が娘に性暴力を働くようなケースである。暴れる父親を母親が制止できず、娘への性暴力を黙認する母親たちを共犯視する子どもからの被害報告も多い。

加害者の社会的地位はさまざまであり、医師や弁護士、公務員等の一定の社会的地位を有する人々も少なくないが、彼らが社会的に大きな影響を及ぼすほどの人物であったかといえばそうではなかった。

むしろ、エリートの中でも出世コースを外れていたり、同業者の中では収入が低いなど、社会での不全感が妻子の支配に繋がっていると思われるケースばかりであった。

一方で、妻や家族に経済的に依存せざるを得なかったり、非正規雇用という不安定な身分で十分な収入を得られないストレスを抱えている男性加害者も近年増加しており、父という権力の裏側の社会的弱者性にも焦点が当てられるべきである。

写真はすべてイメージです 写真/Shutterstock

近親性交 語られざる家族の闇

阿部 恭子
実父の子どもを5人出産した29歳女性による尊属殺人が刑法に及ぼしたもの「愛情を利用」「社会的な劣等感のストレスの捌け口」…近親性交の闇
近親性交 語られざる家族の闇
2025/6/21,100円(税込)256ページISBN: 978-4098254934

それは愛なのか暴力か。家族神話に切り込む

2008年、筆者は日本初となる加害者家族の支援団体を立ち上げた。24時間電話相談を受け付け、転居の相談や裁判への同行など、彼らに寄り添う活動を続けてきた筆者がこれまでに受けた相談は3000件以上に及ぶ。

対話を重ね、心を開いた加害者家族のなかには、ぽつりぽつりと「家族間性交」の経験を明かす人がいた。それも1人2人ではない。筆者はその事実にショックを受けた。



「私は父が好きだったんです。好きな人と愛し合うことがそんなにいけないことなのでしょうか」(第一章「父という権力」より)
「阿部先生、どうか驚かないで聞いて下さい……。母が出産しました。僕の子供です……」(第二章「母という暴力」より)
「この子は愛し合ってできた子なんで、誰に何を言われようと、この子のことだけは守り通したいと思っています」(第三章「長男という呪い」より)

これほどの経験をしながら、なぜ当事者たちは頑なに沈黙を貫いてきたのか。筆者は、告発を封じてきたのは「性のタブー」や「加害者家族への差別」など、日本社会にはびこるさまざまな偏見ではないかと考えた。

声なき声をすくい上げ、「家族」の罪と罰についてつまびらかにする。

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