
犯罪加害者家族の支援を手掛ける特定非営利活動法人「World Open Hear」の理事長・阿部恭子さん。彼女が相談を受けていた家族の息子から驚きの電話を受ける。
書籍『近親性交 語られざる家族の闇』より一部を抜粋・再構成し、家族の実像を明らかにする。
母が出産しました
頻繁にかかって来ていた恵理子からの電話が途絶えてから、1年が過ぎた頃、突然、悠馬から電話があった。
「阿部先生、どうか驚かないで聞いて下さい……」
悠馬のかつてない慎重な話し方に、私の頭には、恵理子が自殺したのではないかという不安が過った。
ところが、
「母が出産しました……。僕の子どもです……」
私は言葉を失った。
その後、恵理子は悠馬を追いかけ回すことはなくなったが、「死にたい」と頻繁にメールを送ってくるようになっていたという。
「このままだと、僕は殺されると思いました……。母がひとりで死ねるはずはないんです……。僕を必ず道連れにするはずだって……」
悠馬の声は震えていた。悠馬が感じた恐怖は、母と連れ添ってきた息子でなければわからないものなのかもしれない。
「僕は医師なので、命を救うのが使命です。
悠馬は母親を受け入れ、恵理子は妊娠したのだった。高齢出産や遺伝学上のリスクは承知の上だった。
父親は知っているのかと尋ねると、母親との関係について、既に父親に相談済みだという。
父親にすべてを打ち明けても、父親は全く動揺しなかったというが、これほどの異常事態に、驚きもしないとは到底考えられない……。私は恵理子から聞いた夫の話を思い出し、もしかして、夫も母親と同じことをしていたのではないかと疑った。
父親であり、社会的には兄に
「父も経験があるようなんです……。他人に言う話ではないが、別におかしいことじゃないって……」
やはり、世代間で連鎖している問題なのだ。悠馬は母と性交したことについて、父に罪悪感は抱かないのだろうか。
「いいえ。むしろ、母と仲良くするのは悪いことではないし……。父に秘密にしなければならないとは思っていませんでした。万引きしたことだけは、今でも秘密にしていますが……」
「悠馬さんにとって、お父さんを裏切るとはどういうことを指しますか?」
「医者にならないことです」
悠馬は迷わず即答した。つまり、佐々木家では妻は息子を産み、そして医師にする道具であり、その役割を担ってさえいればいいというわけだ。
父親は、子どもがもし男子であれば、悠馬の弟として育てるという。法律上は、あくまで嫡出「推定」であり、婚姻中にできた子は配偶者の子となる。
恵理子は無事に、男の子を出産した。
子どもが生まれると、夫は喜んで父親の役割を果たすようになり、恵理子にとって、悠馬が生まれた時のような輝かしい日々が戻ってきた。再び子育てができるようになった恵理子は、悠馬に干渉する暇などない様子だった。
「ずっと2人目が欲しかったけど、悠馬に手がかかったし、体調も悪くて……」
恵理子の説明を怪しむ親族はいなかったという。事実を知っているのは家族と私だけだ。
「『弟』の人生に責任は持ちます。とんでもない家族ですが先生、どうか、僕たちを見捨てないで下さい……」
悠馬は密かに父親であり、社会的には兄になっていた。
「私の知り合いでも20歳離れた兄弟っているんですよ、もしかして、あの方々も私と同じなのかなって……」
恵理子の言葉に、私は思わずそんなはずはない……と言いかけたが、実際、起こるはずがないと思っていたことが目の前で起きている。世の中、何があるかはわからない。
息子との性交は回避できたか
息子との性交は避けられなかったのだろうか。私は率直に恵理子に聞いてみた。
「私もずっとそのことを考えてきました。せめてもうひとり子どもがいたとしたら、こんなことにはならなかったでしょう」
恵理子は夫に対抗できる力はなく、もっと子どもが欲しいと夫に言い続けることはできなかった。一方、息子は思い通りになることから、性教育と正当化しながら性的な関係を進め、身体的・精神的な寂しさを埋めていた。
恵理子のように、いつまでも子離れができない母親は、実際少なくないのかもしれない。
しかし、四六時中息子のことだけを考え、行動することができるのは、経済的に余裕がある家庭に限られる。
子どもの教育費を稼ぐのに、必死でいくつもパートを掛け持ちしている母親には無理である。物質的な豊かさは、皮肉にも埋められない孤独を生んでしまった。
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近親性交 語られざる家族の闇
阿部 恭子
それは愛なのか暴力か。家族神話に切り込む
2008年、筆者は日本初となる加害者家族の支援団体を立ち上げた。24時間電話相談を受け付け、転居の相談や裁判への同行など、彼らに寄り添う活動を続けてきた筆者がこれまでに受けた相談は3000件以上に及ぶ。
対話を重ね、心を開いた加害者家族のなかには、ぽつりぽつりと「家族間性交」の経験を明かす人がいた。それも1人2人ではない。
「私は父が好きだったんです。好きな人と愛し合うことがそんなにいけないことなのでしょうか」(第一章「父という権力」より)
「阿部先生、どうか驚かないで聞いて下さい……。母が出産しました。僕の子供です……」(第二章「母という暴力」より)
「この子は愛し合ってできた子なんで、誰に何を言われようと、この子のことだけは守り通したいと思っています」(第三章「長男という呪い」より)
これほどの経験をしながら、なぜ当事者たちは頑なに沈黙を貫いてきたのか。筆者は、告発を封じてきたのは「性のタブー」や「加害者家族への差別」など、日本社会にはびこるさまざまな偏見ではないかと考えた。
声なき声をすくい上げ、「家族」の罪と罰についてつまびらかにする。