
NHKの2024年度の決算は449億円の赤字となった。これで2年連続の赤字決算となったが、2025年度、2026年度も赤字が続く見通しを立てている。
これは受信料を大幅に引き下げたことが主要因だが、番組制作予算と給与のカットが減収ペースに追いついていない。NHKは収支バランスとコンテンツのクオリティ維持の間で揺れ動いている状態だ。
受信料の減少ペースに追いつけない番組制作費と人件費の削減
「予算の関係なのか、新しい番組をつくるスタッフが不足しているのかわからないが、再放送が多く感じる」
これは2025年5月24日にNHK経営委員会の主催で行なわれた「視聴者のみなさまと語る会(大津)」で寄せられた意見の一部だ。多くの視聴者も、これと同じことを感じているのではないだろうか。
6月28日土曜日午前のNHK総合テレビの番組表を見ると、「チコちゃんに叱られる!」「ドキュメント72時間」「有吉のお金発見 突撃!カネオくん」「鶴瓶の家族に乾杯」「首都圏情報ネタドリ!」と、ほとんどが再放送で埋め尽くされていた。
これは民放キー局では見られない編成だ。受信料を引き下げる際、経営資源を質の高いコンテンツの制作に集中させるとの方針を示していたが、その負の側面が土曜日午前の番組内容によく表れているわけだ。
NHKは2023年10月から地上・衛星契約の受信料を1割引き下げ、学生免除を拡大した。これに伴い、2023年度のNHKの事業収入は6531億円で、前年度から433億円減った。2024年度の事業収入は6125億円で、406億円の減収である。
受信料の値下げも影響しているが、もっと頭の痛い問題もある。
支払率の低下だ。
2019年度の支払率は81.8%と高水準だった。値下げ前でもあり、この年の事業収入は7384億円だった。このころから比べると、2024年度の事業収入は17.1%減少している。金額にして1259億円のマイナスだ。
一方で、事業支出の多くを占める国内放送費と給与の削減が進んでいない。国内放送費は2019年度が3495億円、2024年度が3291億円。人件費は1114億円から1096億円への減少である。2つの経費を合わせても222億円(4.8%)しか削減が進んでいない。
「再放送が多く感じる」という低予算な番組編成をしているにもかかわらず、減収に見合うコストカットが十分に進んでいないのだ。
スリム化の憂き目にあったBSは総合の再放送ばかり
NHKは2025年度の事業収入が、6000億円を下回ると見込んでいる。そして400億円の赤字となる見通しだ。減収は支払率の低下を織り込んでのことだろう。
つまりNHKは今後、値上げという選択肢をとらない限り、事業収入は6000億円に届くか届かないかくらいの水準で微増減しながら推移する可能性が高いことになる。
NHKが黒字だった2022年度の事業収入に占める国内放送費の経費率の割合は46%、給与は16%だった。この数字を2025年度の事業収入計画の5934億円に当てはめると、国内放送費は2720億円、給与は947億円だ。
黒字化のためには、今の金額から国内放送費は571億円、給与は167億円もの追加削減が必要なことを示唆している。NHKは2027年度の黒字化を目指しているが、あと2年半ほどでこの規模のコストカットを進めなければならないわけだ。
しかも、近年の番組制作費は、人件費や光熱費などインフレ要因も重なって高騰している。一般社団法人全日本テレビ番組製作社連盟による、2024年度テレビ番組製作会社経営情報アンケート調査によると、「前年度より上がった」との回答は14.5%に上っている。さらに、「変わらないが要求が増えた」は25.0%だ。
そして19.6%が「価格転嫁に応じてもらえなかった」と答えている。製作会社への負担は高まっており、予算を抑えて高品質の番組を発注するテレビ業界にありがちな体質を維持することは難しそうだ。
NHKが無理な予算削減を進めれば、コンテンツの質が低下する懸念がある。
その象徴とも言えるのがNHK BSだ。2023年12月にBS1とBSプレミアムを統合し、NHK BSとして再スタートを切った。組織のスリム化を図るためだ。しかし、NHK BSは総合の再放送ばかりが並ぶ結果となったのだ。
もともと、BSプレミアムはBSのオリジナルコンテンツを放送することをテーマに掲げていた。この方針を「BSプレミアム4K」が承継したと見ることもできるが、4Kテレビの普及率は2割程度と進んでいない。BSプレミアムの受け皿となったNHK BSが、オリジナルコンテンツ路線を踏襲するのが筋ではないのか。
結果的に予算削減が直撃し、総合の番組を再放送せざるを得ないと見られても仕方がないだろう。
値下げありきで十分な議論をしなかったツケ
最後の砦となりそうなのが人件費だ。
NHKの2024年度における給与の総額は1096億円で、年度末の従業員数は9975人だった。単純計算で平均年収は1098万円である。
1990年代から2000年にかけて、NHKは文系大学生の就職先として人気を博していた。しかし、今はその影もない。2024年卒マイナビ大学生就職企業人気ランキングの文系総合では36位だった。イオングループに負けている。平均年収が大きく上回っているにもかかわらずだ。
NHKは人員削減を進めているが、新卒の優秀な人材が集まらなければ番組の企画力や取材力、編集力を中長期的に失うことにもなりかねない。そこに番組予算縮小という条件が加わってもおかしくはないのだ。
NHKが1割の値下げを盛り込んだ「NHK経営計画(2021-2023年度)」の意見募集に、60代の男性からこのような意見が寄せられた。
「受信料の値下げについて そもそも値下げありきで決められたこと、その議論、決定の過程に視聴者が全く参加できなかったことは残念です。公共メディアとは何か、放送を基盤にしたメディアのありようは何かの議論の末に値下げの検討があるべきでした」
この意見は至極真っ当だと言える。
取材・文/不破聡 写真/shutterstock