
社員たちの幸せと会社の利益を守るため、社員相談室室長の犬神申一郎らがハラスメント事案に対処していく姿を描いたオフィス・エンタメ漫画『これってハラスメントですか?』。作中に出てくる登場人物やハラスメント事案が「あまりにリアル…」と話題だが、一体どのように制作しているのか。
「こんな人がいたらよかった」を描く
――この漫画では主人公である犬神が次々と組織内に潜むハラスメント事案を発見し、適切に配置運用すべく、人事の審判を下す姿が爽快に描かれていますが、実際の社会では見過ごされてしまうことも多いです。その点、はやかわさんはどう捉えていますか。
はやかわけんじ(以下同) まずこの漫画自体がエンターテインメントということです。この漫画を作ろうと思ったきっかけは、僕が前に描いた刑事ものの作品で、児童虐待を扱った回に対して、XのDMで初めてファンレターを頂いたことです。
その方自身が親との関係がよくなくて、「こんな人がいたらよかったのになって思いました」と綴ってくれていました。同じことを、僕の後輩や友達にも言われたんです。
だから、この漫画を作るうえで僕が一番大切にしているのは、「こんな人がいたらよかったのに」ということです。現実は本当にひどいです。ハラスメントが見過ごされて被害を受けた社員が泣き寝入りして辞めていくなど、利益優先で助けてくれない会社があることは知っています。
じゃあ物語も現実そのままでいいのかといったら、僕はそうではないと思う。現実で一番辛いところを最前線で見ている監修の柊さんも、この漫画に本気で参加してくれて、「世の中こうなったらいいね」と強く語ってくれています。
僕はあえて胸を張って、「社会がこうなったらいいな」「こんな人がいてくれたらいいな」という理想を描いていこうと思っています。
――1巻に関して、はやかわさんが個人的に好きなシーンはありますか?
恥ずかしがらずに言えば、「社員の幸せこそが会社の利益になるんです」という台詞を大手を振って描けたことは、自分としてはよかったです。この理想に準じるしかないよなって。
部下との接し方に悩む“昭和上司”の姿も
――作品を手掛ける前と今とで、はやかわさん自身の中でハラスメントに対する価値観に変化はありましたか?
僕自身はめちゃくちゃありました。人に圧を与えないコミュニケーションの取り方だったり、年齢、性別、社会的地位、すべてなしにして、どんな人ともフラットに接することができる人間であろうと努力するようになりました。
――ハラスメントが多様化する中、部下との接し方に悩む昭和上司の姿もとてもリアルでした。
実は、最初は社員相談室カウンセラーの御手洗を主人公に設定していました。キャラクターは犬神のまま、クールで強くてかっこいい女性カウンセラーがサバサバ闘っていく物語を描く予定でしたが、読者層の大半が男性なのもあり、編集者から「面白いんだけど、男性は女性に説教されるのを嫌うから…」と言われ、主人公を男性の犬神に変更しました。
エンターテインメントとして描きたかったし、読んでいる人に伝わりやすいなら男性を主人公にするのもありだなと思って。
それなら編集長と副編集長に刺さる話を描こうと、監修の柊さんに「中間管理職として好かれる人と好かれない人の違い」などを聞いたうえで、自分が人間をどう見ているかを組み合わせながら、「昭和上司」の話を作っていきました。
――現在は会社内のハラスメントに特化していますが、今後、社外のハラスメントも描く予定はありますか。
それは今相談中なんですが、カスハラだったり、購買層との戦いだったり、会社の外に出ていく話はあると思いますので、今後の展開を楽しみに待っていていただければ。
原作者自身のハラスメント経験も反映
――実際に、はやかわさん自身、ハラスメント被害に遭った経験はあるんですか。
腐るほどありますよ。
漫画家のアシスタントとしていろんな現場を掛け持ちしていた時は、漫画家同士で「あの先生はやばい…」「あの先生の下でひどい扱いを受けた」みたいな話で盛り上がることもありました。
昔、机を並べていた男の子が別の漫画家のところにヘルプで入って、数か月後には、完全にうつ病になって帰ってきたこともありました。本当に健全ないい子だったのに…。
――そうしたこれまでのハラスメント経験による想いを作中に投じた部分はありますか?
たくさんありますよ。1巻の第4話「パワハラの定義わかりますよね?」では、元サッカー選手の金久保が課長の仁原からパワハラを受ける話を描いてますが、これは僕がかつて編集者からされていたハラスメントをそのまま言語化したに近いです。
相手にできないようなタスクを押し付けて、思考力を空転させることはまさしく自分の被害経験から出たものです。あと、「すいません」と言ったことに対し、「“すいません”って言ってるけど、“すみません”だから!」の課長の台詞は、僕の大学時代の嫌いな先輩の発言をそのまま引用しました。
どうでもいい指摘をして「本当にお前はできないよな…」と評価を下してくる。今思えば「そこ重要?」ってことばかりだったので、だからこそ最後の犬神のやり返しを総括にしました。
――この漫画シリーズを通して伝えたいメッセージはありますか。
エンターテインメントなので、この漫画を読んで息抜きしつつ、「ひょっとしたら自分の周りにもあるかもな」って思っていただければありがたいですね。
取材・文/木下未希