気象庁でも導入を検討するAI予報。過去にない異常気象も予測できるのか?
気象庁でも導入を検討するAI予報。過去にない異常気象も予測できるのか?

あらゆる分野で発展し続けているAI技術。なんと天気予報にも応用され、すでにヨーロッパでは精度の高い予測を行っているそうだ。

だが過去に例を見ないような異常気象などの予測もすべて可能なのだろうか? 果たしてAIに天気予報のすべてを任せることはできるのか?

書籍『天気予報はなぜ当たるようになったのか』より一部抜粋・再構成し、元気象庁長官の忖度なき思いを明らかにする。

天気予報にもAI

あらゆるところでAIが盛んに使われるようになってきました。

AIとひと口に言ってもいろいろですが、ここで主として取り上げるのは、データをたくさん読み込ませて、自ら学習させることで問題を解く力をつける、機械学習とよばれるものです。

検索エンジン、手書き文字の認識、消費者行動の予測など、幅広い分野で使われるようになってきています。その機械学習が、気象の予測にも急速に入り込んできました。

今の天気予報の基礎的な技術は数値予報です。これは物理の法則を使って気象を予報する技術です。人がこつこつと研究を重ね、複雑な気象の変化の法則を解き明かし、その法則を使って気象を予測しているのです。

ところが最近になって、物理学も気象学も使わず、AIがデータだけから天気予報を出せるようになってきました。

誤解をおそれずに簡単に言うと、過去の天気図を何枚も集めてきて、それを教師データ(機械学習に利用するデータ)としてAIに学習させておくと、今日の天気図を見せれば、明日の天気図を書くことができるようになってきたのです。

数値予報の総本山とAI

数値予報は、日本の気象庁だけでなく、世界の多くの気象機関で行われています。そのうちいくつかの国では、全世界を予測の対象とする全球数値予報モデルを開発・運用しています。

その精度を比べると、アメリカ、イギリス、日本などの気象機関の数値予報モデルが世界のトップクラスなのですが、中でもヨーロッパ中期予報センター(ECMWF)という組織が長年、世界一の精度を保っています。

このECMWFというのは、イギリスに本部を置き、数値予報の開発と運用を専門に行っている組織で、ヨーロッパ各国から精鋭の科学者など、約500人を集め、最先端の開発を行っています。

数値予報の世界の総本山といっていいでしょう。

そのECMWFが、物理学も気象学も使わないAIによる予測について研究・開発を始め、2023年に、彼ら自身の数値予報よりも精度の高い予報ができることを示したのです。筆者も、そんな日がいつかは来るかもしれないとは思っていたものの、気象庁を退職して間もなく、知人からこの話を聞いて、こんなに早く実現したのかと、まさに仰天でした。

大手IT企業の先行

ECMWFによるAI予報の開発成果が出されるより前に、Google、Huaweiなど、いくつかの巨大IT企業がAIを使った気象予報の開発に取り組んでいました。そして、2022年半ば頃から、彼らはデータとAIだけを使った予測の精度が、世界一の予測精度を誇るECMWFの数値予報と同等、あるいはそれ以上になると発表し始めたのです。

ECMWFがAI予報の研究を本格的に始めたのは、このようなIT企業の動きを受けてのことでした。このセンターでも、数値予報の計算の一部にAIを取り入れる研究などはすでに行われていましたが、IT企業がデータとAIだけで天気予報を行うAI予報モデルの開発に成功したことを受け、この技術について詳しく調べる必要があると考えたようです。

ECMWFが、IT企業によって公開されているAI予報モデルを使って予測実験を行ったり、自分たちでも同様のモデルを開発して予測をしてみると、精度を測るものさしにもよりますが、実際、自分たちの数値予報モデルより高い精度が出ることが確かめられたというわけです。

彼らの動きは非常に早く、2023年の後半には、ECMWFのホームページにこれらのIT企業のAI予報やECMWFが開発したAI予報の結果が毎日掲載されるようになりました。台風の進路予報はAI予報がいいものの、台風の強さなどはうまく予報できないなど、AI予報には強みと弱みがありますが、数値予報にひけをとらない予測ができているようです。

AI予報の大きな特徴は、直接は物理学や気象学の知識を使わないということですが、もうひとつの特徴は、予測の計算時間が極めて少なくて済むということです。教師データを使って学習をするときには、膨大な時間をかけて計算をする必要がありますが、一度学習してしまえば、日々の予測に必要な計算時間は数値予報よりもはるかに少なくて済みます。

数値予報モデルではスーパーコンピューターで1時間以上かかっていた予測計算を、AI予報ならば、1台のコンピューターで1分もかからずにできるというくらいの大きな違いがあるようです。



積み重ねが必要な物理学も気象学が不要だということは、高いAI技術さえあれば、IT企業などが天気予報の根幹技術に大きな役割を果たすことができるようになるということです。

AI予報の教師データ

先ほど、天気図を教師データにすると書きましたが、実際にこれまでのAI予報の学習で教師データとして使われているのは、再解析データとよばれる膨大なデータです。この再解析データというのは、物理的な数値予報モデルを使って作られています。

日々の数値予報のためには観測データから、データ同化という技術を使って「初期値」を作ります。これは、「解析値」ともよばれています。気象庁などにはその解析値が何年分もたまっていて、いろいろな分析に使うのにちょうどいいのですが、解析技術が日進月歩でよくなってきているので、解析値の品質が時代とともに少しずつ変わってきています。

気候の分析などにこのようなデータを利用すると、ある地域の気温が数十年にわたって次第に高くなっているというような変化が見いだされても、それが気候の変化によるものなのか、データの品質が変わったことによるものなのかわかりません。そこで、最新の技術で過去の長期間にわたる解析をやり直した均質の解析データが作られるようになりました。これが再解析データとよばれるものです。

ECMWFは1940年からの再解析を行っていますし、日本の気象庁も1947年からの再解析データを作って研究やビジネスのために公開しています。これらは全世界を対象としたデータです。長期間の品質のそろったデータなので、地球温暖化などの研究や数値予報の精度向上に向けた研究などに使われています。さらに日本域だけを詳細に解析する再解析も、大学などを中心に取り組まれています。

これがAIの学習のための教師データとしても使われるようになってきたというわけです。つまり、今のAI予報には、物理的な数値予報モデルを使って作られたデータが必要だということです。AI予報がうまくいっているからといって、物理的な数値予報モデルが、すぐに不要になるわけではありません。

AI予報でいいのか

今後、このAI予報がどこまで進化するかはわかりませんが、これまでの数値予報の進化のように、よりきめの細かい予報を、より正確に、そしてより先まで予報できるようになっていくと思います。日本の気象庁でもAI予報の導入が進められると思います。

気象の関係者なら、それでいいのか? と疑問を投げかけたくなるでしょう。

一般的にAIによる予測は、理由が示されないこと、過去に経験していないことは予測できないことなどが弱点とされているからです。予報の根拠を説明できなくなって困るのではないか、過去にないような異常気象は予測できないのではないかといったことが心配になるのです。

それに、これまで何百年も積み重ねてきた物理学やそれに根差す気象学が発展し、ようやく天気予報が当たるようになってきたのに、全部AIでできると言われると、ちょっと面白くありません。

しかし、天気予報の実用の場面では、それでいいのだ、というのが筆者の答えです。普通に生活したり、ビジネスをしたりする人にとっては、理由がどうかということよりも、まずは当たることが大事でしょう。

異常気象の問題も、70年以上のデータを用いて学習するので、それなりの異常気象はカバーしていますし、実際のAI予報のやり方や実績を見ていると、必ずしも過去にないような異常気象を予報できないとは言えないと思います。

写真はすべてイメージ 写真/Shutterstock

天気予報はなぜ当たるようになったのか

長谷川 直之
気象庁でも導入を検討するAI予報。過去にない異常気象も予測できるのか?
天気予報はなぜ当たるようになったのか
2025年6月6日発売1,012円(税込)新書判/256ページISBN: 978-4-7976-8158-1


私たちの生活に欠かせない「天気予報」はどのように作られているのか?
気象の予測技術開発、国際協力業務、「線状降水帯」の情報発表などに取り組んできた
元気象庁長官の著者が、その舞台裏をわかりやすく解説する!

身近だけれど、実は知らないことだらけの「天気予報」のしくみがわかる!
2025年は、日本の気象業務のはじまりから150年の節目の年!

【内容紹介】
○「天気予報」の精度は上がり続けている! そのワケは?
○「降水短時間予報」は、ふたつのいいとこ取りの技術を使っている
○正しく知る「警戒レベル」と「防災気象情報」の意味
○手ごわい「線状降水帯」。

予測の切り札は次世代衛星「ひまわり」
○「天気に国境はない」。気象データは無料・無制約で国際交換
○地球温暖化は本当かフェイクかと論じている場合ではない
○「AI予報」で気象庁はどうなる?
など

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