陰謀論にハマるのは「理科」軽視が原因? 高校生の約半数が「理科は社会に出たら必要ない」にSNSでは「トンデモ医療や製品がいつまでも商売になるわけだわ」
陰謀論にハマるのは「理科」軽視が原因? 高校生の約半数が「理科は社会に出たら必要ない」にSNSでは「トンデモ医療や製品がいつまでも商売になるわけだわ」

日本の高校生の約半数が「社会に出たら理科は不要」と感じている――。そんな調査結果が話題になっている。

科学リテラシーの大切さや、そもそも理科教育が社会でどんな意味を持つのか、専門家に話を聞いた。

「理科は必要じゃない」と答えた学生が多すぎる?

2025年7月、国立青少年教育振興機構が日米中韓の高校生を対象に実施した「高校生の科学への意識と学習に関する調査」の結果を発表した。調査では、日本の高校生が「将来に役立つ科目」(複数回答可)として最も多く挙げたのは「外国語」で、その割合は75.8%と、他国と比べて際立って高い。

一方、「数学」を選んだのは39.9%にとどまり、アメリカ(63.7%)や中国(64.2%)と比べて20ポイント以上低い。さらに、「物理」(14.0%)、「化学」(15.4%)、「生物」(14.4%)、「地学」(8.6%)のいずれも、米中よりも低い水準となっている。

また、「社会に出たら理科は必要なくなる」と考える高校生の割合は、日本が45.9%で断トツ。韓国の33.5%、アメリカの27.6%、中国の17.6%と比べても、その差は明らかだ。

この調査結果に対し、SNSではさまざまな反応が見られた。

〈こういう風潮が疑似科学や差別に抵抗できない大人をつくっているのだな〉

〈そりゃあトンデモ医療やトンデモ製品がいつまでも商売になる訳ですわ〉

〈これで出来上がるのが「塩化ナトリウムが入った塩は危険!」とかいう人間〉

教育や社会全体の“伝え方の問題”を指摘する意見も多い。

さらに料理研究家のリュウジ氏もXで「こういう層が『味の素は化学物質だから体に悪い』とか言い出す」と苦言を呈し、理科の勉強不足が陰謀論に飲まれる一つの理由ではないかと指摘した。

実際、最近も「塩に塩化ナトリウムが入っていないものを選びましょう」「スーパーなどで売っているものはほとんど塩化ナトリウムが入っているので注意!」と書かれた“ナチュラル系レシピブログ”が話題になったこともある。

では、理科教育が社会に出てからどんな働きをするのか。科学系ポッドキャスト「サイエントーク」の制作メンバーで、企業博士研究者のレン氏に話を聞いた。

「理科教育は、私たちが日常的に出会う情報を選別する“フィルター”になります。『塩化ナトリウムは危険』と書かれた投稿を見たとき、塩化ナトリウムが食塩の成分だと知らなければ、なんとなく怖いと感じてしまうかもしれません。理科の知識は、“雰囲気に流されない判断”の土台になるんです」(レン氏、以下同)

理科が不必要に見えるのは、科学者の功績?

また、理科への関心の薄さによって科学リテラシーが低くなると、感情ベースの対立が増えるとも指摘する。

「“信じるか、信じないか”という議論では、いつまでも平行線のまま。ですが、理科の知識や論理的思考があれば、共通の土台で話し合いができる。実際、社会を発展させてきた科学技術は、ほとんどがそうした建設的な議論から生まれています。

理科教育は単なる暗記ではなく、“なぜ?”を問い、検証し、論理的に考えるプロセスそのものが重要にもなり、その思考法は、科学だけでなく、人と議論したり、何かを選択したりするときにも大きな力になるのです」

つまり、理科を学ぶことは、誰かと意見が違ったときにも冷静に話せる“思考の道具”を手に入れるということだ。

その一方でレン氏は、理科が「不要」に見える現代の状況そのものが、ある意味では科学の成功の証でもあるとも語る。

「これを読んでいる方がスマホやPCを持っているように、現代社会では科学技術の恩恵を受けていない人はいません。にもかかわらず、理科が不要と考える人が多いのは、ある意味“理解しなくても困らない”という社会にまで押し上げた科学者たちの成果でもあると言えるでしょう。

しかし、理科という根底を理解していない人が増えた場合は、未来の技術革新も生まれません。何をするのにも科学技術を使う社会になっているからこそ、理科に支えられて仕事をする人の増加や理科そのものの重要性を認識する必要があります。

そして、子どもたちの世代にもわかりやすく、かつ面白く理科を伝えることが大人の責任だと考えています」

日本の子どもたちが理科の重要性を実感できていないという今回の調査結果について、レン氏は「単に理科が難しいと感じていたり、学校教育全般に将来への希望が持てていない可能性もある」と指摘したうえで、「“なぜ?”を問う米国の探究型学習のような姿勢が必要ではないか」と話す。

日本では、受験のための知識偏重の授業によって、「理科=暗記科目」「社会と結びつかない科目」と見なされてしまっている可能性がある。

だからこそ、理科を基盤とした科学技術の改革に国全体で取り組む姿勢や、研究者の発信に触れる機会がもっと増えれば、子どもたちが理科を“自分ごと”としてとらえ、「社会に必要な科目」と感じられるようになるはずだ。

取材・文/集英社オンライン編集部

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