「ガラガラ」「廃墟化」東急歌舞伎町タワーを襲った“最大の不幸”…「渋谷の帝王」が新宿で直面した消費の分断
「ガラガラ」「廃墟化」東急歌舞伎町タワーを襲った“最大の不幸”…「渋谷の帝王」が新宿で直面した消費の分断

性別関係なく使えるジェンダーレストイレを設置し、議論を巻き起こした東急グループの東急歌舞伎町タワー。「安心して使えない」「性犯罪の温床になる」という批判がネット上で展開された結果、2023年4月の開業から4ヶ月でジェンダーレストイレは廃止になった。

しかし、その後この東急歌舞伎町タワーの話題をネットで見かけるのは急減した。その一方でちらほら「新宿なのにガラガラ」「廃墟化している」といった声もみられるようになった。いったい今はどうなっているのか。現地を歩いた。 

歌舞伎町タワーにとっての「最大の不幸」 

東急グループが新宿・歌舞伎町に23年に開業した東急歌舞伎町タワーが「滑っている」と評判だ。開業早々、性別を問わず使えるジェンダーレストイレがネットで炎上し、わずか4ヶ月で廃止となるなど曰く付き。

今度は目玉施設である「新宿カブキhall」というフードコートがガラガラだと一部メディアで騒がれるようになった。実際、どうなっているのか。足を運んでみた。

現地を訪れたのは7月上旬の週末の夜。新宿駅から歌舞伎町まで路上は外国人観光客でひしめき合っていた。路上で酒盛りをする外国人の集団があれば、抜け目なく彼らにテキーラを売る店、そして定期的に流れる新宿警察署のアナウンス……と日本らしからぬカオスな状態だ。

そんな中、歌舞伎町タワーがある一角は比較的落ち着いていた。

目の前のトー横広場が歌舞伎町に集まる少年少女、いわゆる「トー横キッズ」のたまり場になっていたこともあり、彼らを締め出すためにゲートを設置したほか、警備員が巡回していることで少し物々しい雰囲気が漂っており、外国人観光客も怪訝な表情となっていた。

歌舞伎町タワーにとって最大の不幸は、正面玄関前の広場に前述のような異様な雰囲気が漂っており、日本最大の歓楽街である歌舞伎町を楽しむために訪れたインバウンドの動線が途切れてしまっていることだろう。広場を隔てた通りは大賑わいなのに、歌舞伎町タワーにまで続いていないのだ。

歌舞伎町タワーに足を踏み入れてみると、ネオンがギラギラと主張するフードコートはガラガラとまでは言えないまでも、空席が目立った。正面にしつらえられたDJブースではDJがなにやらプレイを披露していたが、客の反応も薄い。

日本全国の料理を集めたという点では、渋谷のMIYASHITA PARK内にある「渋谷横丁」と似ているが、渋谷駅からのアクセスが良い渋谷横丁がインバウンドで連日賑わっているのとは対照的だ。

ネオ・トーキョーの雰囲気を演出するネオンがむしろディストピア

イタリアから来たという、ビールジョッキを傾けていた2人組の女性に話を聞いてみた。「注文してからすぐに料理が届くし、日本各地の名物が食べられて最高よ」と満足げだったが、客の人数が少ないからこそ手厚いサービスを受けられるという側面はあるだろう。店員は暇そうにしていた。

フードコートとエスカレーターで繋がっている3階にはnamco TOKYOというバンダイナムコが運営するアミューズメント施設がある。ゲームセンターやガチャガチャ、アルコールや軽飲食が楽しめる空間だが、こちらも人の数はまばらだ。

外国人観光客が太鼓の達人やマリオカートといったゲームを楽しんでいたが、週末の夜としては寂しい雰囲気だった。こちらの階もネオ・トーキョーの雰囲気を醸し出すためにネオンを掲げているが、むしろディストピア感を醸し出してしまっている。

総じて残念な感じが漂う歌舞伎町タワーだが、開発に失敗したのだろうか? そう単純に言い切れないのが不動産開発の面白さだ。

地上48階、地下5階で構成される歌舞伎町タワーだが、フロアの大半を占めるのがホテルとなっている。東急にとって収益源となっているのは飲食やアミューズメントではなく、こちらのホテルだからだ。

なぜ開発に失敗?「日本人が普段使いするには敷居は高い」 

歌舞伎町タワーは20~38階の「HOTEL GROOVE SHINJUKU」と39~47階にある「BELLUSTAR TOKYO」という二つのホテルが同居する珍しい構成で、いずれもインバウンドを主要顧客としている。

近年、これだけの高層ビルを建設する場合、オフィスとホテルを組み合わせるのが一般的だが、歌舞伎町というエリアの特性を鑑みて、インバウンド向けのホテルに特化させたのだ。

高層階に立地するBELLUSTAR TOKYOは最高級のラグジュアリーホテルで、開業直後の平均客室単価は10万円前後とされる。さらに、全97室のうち5室は地上200メートルに立地するペントハウスで、「天空のプライベートヴィラ」という宣伝文句に相応しい、贅を尽くした広々とした空間が特徴だ。

1泊130万円からで、200万円を超える部屋もあるという。一流のシェフを呼んで料理をさせることも想定しており、超富裕層を相手に設計されていることがわかる。

一方、中層階のHOTEL GROOVE SHINJUKUはどうだろうか。こちらは「まるで自分の部屋のような快適な空間」を謳っているだけあり、シンプルなデザインだ。

20平方メートル台の部屋も多く、過度な高級感は抑えられている。もっとも、こちらも平均客室単価は3万円を超えているとされ、日本人が普段使いするには敷居は高い。

歌舞伎町タワーから見えてくる「消費の分断」

案の定、ホテル内で聞こえるのは英語や中国語ばかりで、日本語を耳にすることはほとんどない。低層階で歌舞伎町内のインバウンド需要を取り込むという戦略は成功しているとは言い難いが、あらかじめ予約して訪れる財力のある外国人観光客をしっかり押さえている。

いずれのホテルも海外の口コミサイトでは高く評価されており、集客は好調なようだ。東急グループは業界メディアの取材に対しBELLUSTAR TOKYOについて「今後は(平均客室単価)11~15万円を目指していきたい」と強気の姿勢だ。

東急グループの高級路線はホテルだけにとどまらない。9階から10階にかけて設置された「109シネマズプレミアム新宿」は1席4500円の「CLASS A」と6500円の「CLASS S」という驚きの価格設定だが、6500円の席のほうが稼働率は高いという。

おかわり可能なポップコーンやソフトドリンク、プライベート感のあるシートや音響設備、映画鑑賞後のプレミアムラウンジの利用など、至れり尽くせりのサービスが評価されている形だ。

大衆向けに敷居を下げたフードコートやアミューズメント施設には閑古鳥が鳴く一方、富裕層向けのホテルや映画館は賑わっている――。歌舞伎町タワーから見えてくるのは、消費の分断だ。金を持っていない日本人からすると「失敗」だが、富裕層にとっては満足度が高い施設となっているのだ。

富裕層の需要を堅実に取り込むという現在の方向性 

トー横広場の封鎖という想定外の不運があったとはいえ、「エンターテインメントを通して新たな観光拠点を創り上げていく」という、開業時から掲げられた富裕層から一般大衆まで幅広い消費者をすくい上げるという当初の目論見は外れている。

もっとも、ビル全体の収益性という観点で見れば、富裕層の需要を堅実に取り込むという現在の方向性が間違っているとは言えない。

一般市民の視界に入る場所で閑古鳥が鳴いているため、再開発が失敗したと思われていながらビジネスとして成功している再開発物件は意外と多い。東急が約16%の資本を持つ兄弟会社、東急不動産ホールディングスが手掛ける渋谷サクラステージがその代表例だ。

24年に開業し、渋谷駅直結という恵まれた立地にもかかわらず、飲食店が入っているフロアはガラガラで、あちこちに「テナント募集」の張り紙が貼られていることがSNSでは話題になった。

歌舞伎町も渋谷も、東急が外国人富裕層や大企業ばかり相手にする

そんなサクラステージだが、視線を上に向けると見えてくる世界は変わってくる。高層ビルの大部分を占めるオフィスエリアにはスクウェア・エニックスのような日本を代表する大企業からSansanといった新進気鋭のスタートアップが入居し、面積当たりの賃料は丸の内や大手町に匹敵する、日本有数のオフィスとなっている。

建物内にある外国人の長期滞在をサービスアパートメントの稼働も好調だ。近年、渋谷駅周辺の再開発でできたビルはどこも同様の傾向で、オフィスビルやホテルが収益を稼ぎ出している。

歌舞伎町も渋谷も、東急が外国人富裕層や大企業ばかり相手をするので、一般市民が楽しめる街ではなくなったと批判されがちだ。しかし、東急グループにとって、致し方のない話である。リモートワークの普及や沿線人口の高齢化により、主力事業の鉄道事業の輸送人員はコロナ禍前を下回る。

営業利益の大半を不動産やホテルなどで稼いでおり、こちらに伸びしろがある以上、「お得意様」であるインバウンドやオフィスに向いた街づくりを進めていかざるを得ない。

7月20日に投開票を迎える参議院選挙では「日本人ファースト」を掲げる参政党が人気を博するほか、外国人の不動産取得を抑制するための公約を各党が掲げるなど、インバウンドに対する風当たりは強い。

しかし、営利企業にとっては、文句ばかり言ってお金を落とさない日本人ではなく、外国人のほうを向くのは当たり前のことだ。東急グループが歌舞伎町や渋谷で進める消費の分断は、日本の未来を暗示しているのかもしれない。

取材・文/築地コンフィデンシャル

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