石破首相「なめられてたまるか」トランプ関税は日本をもっと貧しくするか…価格転嫁できない中小企業経営者は「賃下げ」「ボーナスカット」「人員削減」も視野に
石破首相「なめられてたまるか」トランプ関税は日本をもっと貧しくするか…価格転嫁できない中小企業経営者は「賃下げ」「ボーナスカット」「人員削減」も視野に

トランプ大統領は8月1日から、日本からの輸入品に25%の関税を課すことを決定した。日本が市場の開放に消極的な姿勢を保っており、日本の輸入車が多いことや農産物の受け入れが十分でないことに不満を抱いているようだ。

 
 

今月13日には「日本は急速に方針を変えつつある」との認識を示しているが、具体的な内容には触れていない。先行きは依然として不透明であり、25%の関税は日本経済に大打撃を与える可能性がある。 

「なめられてたまるか」発言への強烈な違和感の正体 

すでに自動車分野では4月3日から25%の関税が課されているが、5月の貿易統計の数字は衝撃的だった。対アメリカの自動車1台あたりの輸出単価は363万円で、前年同月比21.7%の減少。関税分を価格転嫁することができず、企業が負担している実態が浮かび上がってきた。1台あたりおよそ100万円をコストとして吸収している可能性が高い。

自動車の関税とほぼ同じタイミングで、全品目に対して10%の相互関税も課しているが、これも企業が吸収しているケースが多いようだ。5月の貿易統計では、対アメリカのゴム製品1トンあたりの単価が11.5%、自動車の部品が8.1%、原動機が5.3%それぞれ減少している。

今年3月にトランプ大統領が突然、「関税を課す」と発表した際、専門家や識者から急速なインフレによる景気悪化を懸念する声が噴出した。企業は関税分を価格に転嫁するとの見方が大半だったのだ。

しかし、5月のアメリカの消費者物価指数の上昇率は前年同月比2.4%で、前月比0.1ポイントの上昇に留まった。そして、変動が大きいエネルギーと食料品を除いたコア指数は2.8%の上昇であり、前月と同じ数字だった。市場予想を下回る伸びだったのだ。

トランプ政権が強気に出ている背景がここにある。

しかも、5月のアメリカの関税収入は220億ドルであり、2024年のおよそ3倍に膨らんだ。インフレや景気の悪化を伴うことなく、税収を大幅に伸ばすことができたわけだ。

石破首相は「なめられてたまるか」と発言し、強気の姿勢で交渉に挑むかのような覚悟を見せた。ところが、7月10日のBSフジ「プライムニュース」で、アメリカ依存から自立するよう努力しなければならないということだとコメントし、解釈の違いを強調した。発言が切り取られて世界中に拡散したことへの焦りだろう。

しかし、この言葉には違和感がある。ただでさえ企業はコスト負担をしているにもかかわらず、さらなる自助努力で何とかこの難局を乗り切ってくださいと、突き放しているようにさえ聞こえるからだ。ましてや有望な市場だった中国の景気停滞が鮮明になる中、新市場を開拓することなど簡単ではない。

政府の交渉は当てにならず、25%の高関税が着実に歩みを進めている。これをコストとして吸収するのであれば、固定費の削減が視野に入る。人件費のカットだ。

2割の企業が来年度の賃上げを見送り 

厚生労働省によると、2025年5月の実質賃金は前年同月比で2.9%の減少で、5カ月連続のマイナスだった。名目賃金は1.0%増で41カ月連続のプラスだったものの、物価上昇を加味した実質賃金は2023年9月以来の低い水準であり、物価上昇に賃上げがまったく追いついていない。

そこに賃上げ圧力が低下するという、最悪な材料が迫ってきたわけだ。

東京商工リサーチはトランプ関税に関するアンケートを実施している。関税引き上げの影響が「大いにマイナス」と回答した企業は11.8%、「少しマイナス」は45.8%であり、「マイナス」の合算は57.6%に及んでいる。ゴム製品製造業や鉄鋼業、非鉄金属製造業などへの影響が大きいようだ。

雇用や採用に影響が出ると回答する企業もあり、正社員の削減がおよそ2%、非正規社員の削減は3%、採用の抑制は10%だ。中小企業は3300万人の雇用を支えているが、2%の削減は単純計算で66万人にも及ぶ。

そして賃金面では、ボーナスの増額の見送り・増額幅の縮小が12%、ベースアップの見送り・引き上げ幅の縮小は11%だった。1割を超える企業が賃上げに後ろ向きなのだ。しかもこの数字は今年度のものであり、来年度はどちらの回答も2割近くまで上昇している。

物価高が進む中で、名目賃金すら上がらないという時代が視野に入ってきた。そうかといって、インフレが収まる気配はない。

ウクライナ紛争は依然として終息せず、中東情勢は緊迫感を高めている。日米の金利差を背景とした円安も続く見通しだ。

2020年代に時給1500円の実現を掲げるが… 

政府は2029年度までの5年間で、日本全体で年1%程度の実質賃金上昇を定着させる「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」をまとめた。石破政権が掲げる「2020年代に時給1500円」を実現するための政策だ。

政府は賃上げ支援を目的とした補助金や助成金を用意し、中小企業を中心にバックアップしている。しかし、5年ほどで時給1500円まで引き上げるには毎年89円引き上げる必要があり、簡単な目標ではない。過去最大の引き上げ幅は51円だ。

企業が収益性を高めるには価格転嫁が重要だ。実際、大手企業は値上げによって好業績を維持している。一方、価格交渉力が弱い中小企業が価格転嫁を行なうのは容易ではない。

東京商工リサーチの調査のように、雇用や人件費を抑えて何とか事業を継続しようと考える経営者が多いのが実態だ。しかも、トランプ関税に至っては大手自動車メーカーでさえ価格転嫁できていない。



日本政府はトランプ関税の一件で、重要な輸出産業を守るという強い姿勢を示すことができなかった。その中で実現可能とは思えない賃上げ策を掲げたところに、石破政権の無策ぶりが見てとれる。

国内消費を支えて需要を喚起するなど、別角度の取り組みも必要になってくるのではないか。アメリカとの交渉の長期化は、企業を疲弊させるだけだ。

取材・文/不破聡   写真/shutterstock

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