「デカくて、速い」規格外の横綱・大の里が“若貴以来の逸材”といわれる「強さ以外の理由」
「デカくて、速い」規格外の横綱・大の里が“若貴以来の逸材”といわれる「強さ以外の理由」

新入幕から史上最速のスピードで最高位までのぼりつめた第75代横綱・大の里。スポーツライターの小林信也氏は、 「2017年、まだ高校2年生の彼に会ったときから、こんな青年が将来、横綱になってくれたらいいな」と感じていたという。

いったいなぜか? このたび『大の里を育てた〈かにや旅館〉物語』を上梓した小林氏に、あらためてその魅力を聞く。

「彼のような青年が、横綱になってくれたら」

――大の里を高校時代からご存じだったそうですね。

小林信也(以下、同)はじめて会ったのは、2017年春。大の里は、高校2年生になったばかりでした。今年5月、大の里が横綱に昇進すると多くの人に「8年前からよく目をつけていましたね」と言われましたが、「彼のような青年が、横綱になってくれたらいいな」とすぐに感じたんです。

2010年代、八百長や暴力などの大相撲の問題が盛んに取り沙汰されていたでしょう。また外国人力士が活躍してくれた一方、日本人力士が目立たなくなっていた。

子どもたちがお相撲さんに対して、憧れを抱きにくくなった時期でもありました。こういう青年が引っ張ってくれたら、きっと相撲界も変わるはず……。そんな期待を抱いたんです。

――具体的にはどんなところに魅力を感じたのですか?
 
大の里は、すでに190㎝を超えていました。一目見て、こんなに上背があって均整の取れた体格をした力士は、当時の関取衆を思い浮かべてもそうはいませんでした。

高校時代は圧倒的に強い存在ではありませんでしたが、優秀な成績を収めていました。

素質は誰もが認めていました。

相撲の才能に加えて、私が惹かれたのは、素朴で素直な彼のキャラクターです。

ここ十年、二十年、スポーツ界はやはり商業主義が当たり前になって、仮に野球なら中学生のころから、「強豪高校に入って甲子園に出て、将来はプロに入って1億円……」など、野球が純粋に好きという気持ちよりも、プロに入って有名になり、お金を稼ぐことが目的になっている。

もちろんそれもひとつの生き方でしょうが、その競技を背負って、競技自体を発展させる存在というのは、そういった打算と無縁なイメージな人が多いと思います。

その点、大の里は、一度会っただけなのに相撲に対して誠実な姿勢と素直で明るい人柄が自然に伝わってきて、応援していきたいと思ったんです。

初対面のとき「将来、大相撲に入りたいんです」と話す大の里に、私は「お相撲さんは十両でも月給100万円以上ももらえるらしいね」と言ったんです。

大の里は「本当ですか!」と驚いた顔をしていました。そんな大の里に、彼を指導する新潟県の海洋高校の総監督が「おい、月に100万だと1年でいくらだ?」と聞きました。

すると大の里は「えっ?」と考えた後、「300万ですか?」とマジメな顔で答えました。

本気なのか、冗談なのかはわかりませんが、徐々に人柄や性格が分かってくると、大の里は頭の回転が速くて、相手が何を求めていて、どうすれば、喜んでくれるかを考えて振る舞っていることを知りました。

大谷翔平にも通じる「デカさと速さ」

――大の里は今年5月に史上最速で横綱に昇進したわけですが、力士として大の里にはどんな魅力があるのでしょう。

恵まれた体格とスピードです。大の里ほど大きさとスピードを兼ね備えた力士は、大相撲の歴史を遡ってもいないかもしれません。

デカくて、速い。そこは、大谷翔平にも通じます。

昔、日本人は身体が大きいと俊敏性に欠けると言われていました。実際に、昭和のスポーツ界を振り返っても、大きくて速いアスリートはあまり見当たりません。

それが、いまや日本人のトップアスリートは180㎝台はざらで、190㎝台も珍しくなくなった。その意味では、大の里も大谷翔平も新世代のアスリートといえるでしょう。

大の里の取り組みで注目してほしいのが、立ち合った相手力士の動きです。大の里が強く押したように見えないのに、あっさり下がっていく。

相撲中継の実況では、圧力という表現を使っていますが、何もせずとも相手を下げてしまう威圧感を放っているのでしょう。

そんな体格とスピードに加えて、威圧感を持つ大の里も、初土俵では敗れていますし、デビュー直後の23年7月場所でも4勝3敗と苦戦しました。

対戦する力士も大の里の立ち合いを警戒して、うまく交わすような相撲を取った、土俵際の変わり身も見事で、大の里はプロの洗礼を受けた気がしました。

しかし大の里は目の前の課題を乗り越え、横綱に上り詰めた。

自分の強みに固執するのではなく、柔軟性も持ち合わせています。

また、多くのファンに愛される横綱という点で言えば、貴乃花、若乃花以来の逸材です。身体が大きくて、正攻法の堂々とした相撲を取るというタイプでは、昭和の大横綱と呼ばれた大鵬以来かもしれません。

被災地で語った「お相撲さんの力」

――昭和の流行語になった「巨人、大鵬、卵焼き」の大鵬ですか?


そうです。実は、私は大鵬が嫌いだったんですよ。新潟出身の私は、同郷の豊山という力士が好きだった。

でも大鵬がいる限り、優勝できない。結局、豊山は幕内では一度も優勝できなかった。それほど大鵬は強かったんです。

相撲の復活は、大の里の活躍にかかっているのではないか。そう考えるようになったのは、大の里本人が、こんなことを話していたからです。

 

能登半島地震直後の24年2月、石川県津幡町出身の大の里は、同郷の遠藤、輝と被災地の避難所を慰問しました。その体験を大の里は、こう話してくれました。



「自分たちが羽織・袴を着て、避難所に入った途端、大勢の方々が泣き出された。プロ野球選手やサッカー選手が行ってもワーッと騒がれるでしょう。

でも、そういう雰囲気にはならないんじゃないか。それが、お相撲さんの力なんだと教えられました」

石川の人たちにとって、いえ、日本人にとって、相撲はほかのスポーツとは一線を画す特別な存在です。

私たちが子どもだった時代は、男の子の遊びと言えば、野球か、相撲。父親とも相撲を取ったし、友だち同士でも相撲を取った。転校生がきたら、まず相撲を取って、友情を育んだ。相撲が身近だったんです。

でも、いまは相撲を取っている子どもは少ないでしょう。10年ほど前、私は中学生の野球チームの監督をやっていたのですが、相撲を取ったことがある子どもがほとんどいなくて驚きました。

町角でキャッチボールをする少年も見かけなくなった。私たちの少年時代はキャッチボールや相撲が日常の風景にとけ込んでいました。


大の里の活躍によって、子どもが相撲に関心を持つようになり、昔のように身近な存在になれば……。大の里は、それだけのスター性を備えた横綱だと感じています。

取材・文/山川徹

大の里を育てた〈かにや旅館〉物語

小林 信也
「デカくて、速い」規格外の横綱・大の里が“若貴以来の逸材”といわれる「強さ以外の理由」
大の里を育てた〈かにや旅館〉物語
2025/5/261,980円(税込)208ページISBN: 978-4797674644

祝・大の里関 横綱昇進! 第75代横綱。
新入幕から史上最速のスピードで最高位に。

唯一無二の感動。少年たちの夢を支え育む相撲部屋。
新潟県糸魚川市能生(のう)に、全国の相撲少年が集まる寮〈かにや旅館〉がある。海洋高校相撲部の田海(とうみ)哲也総監督が経営していた元旅館だ。そこが実質、相撲部屋となり、続々と未来のスター力士を輩出している。パワハラ、いじめ、不登校など、難しい問題が渦巻く中、田海夫妻が彼らの心身の成長に深くかかわり、そのおかげで生徒たちは練習に打ち込めている。本書は、大の里をはじめ多くの力士たちと田海夫妻を中心にした、〈かにや旅館〉で繰り広げられる感動の子育て、力士育成の物語。

【本文より】
この本は、運命の糸に導かれるようにアマチュアの相撲部屋を受け持つことになり、いまや大相撲で活躍する人材を輩出するようになった新潟県糸魚川市能生町の〈かにや旅館〉に光を当てた物語だ。

(「はじめに」より)

【目次より】
序 章 能生町が人・人・人であふれた日
第一章 相撲部屋〈かにや旅館〉の誕生
第二章 有望な少年たちが集まり始めた
第三章 中村泰輝(大の里)が来た
第四章 〈かにや〉の生活と人間模様
第五章 大相撲の敷居は高かった
第六章 祝勝会前夜 母たちの証言
第七章 中村泰輝から大の里へ
第八章 大の里快進撃の陰に
第九章 〈かにや旅館〉の未来展望

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