頂き女子りりちゃん事件は男女の恋愛のもつれではない…精神的、経済的、社会的に困難を抱えている人たちを巧妙に狙った極めて悪質な詐欺である…映画化計画が頓挫の理由
頂き女子りりちゃん事件は男女の恋愛のもつれではない…精神的、経済的、社会的に困難を抱えている人たちを巧妙に狙った極めて悪質な詐欺である…映画化計画が頓挫の理由

「頂き女子りりちゃん」を名乗った渡邊真衣受刑者が複数の男性から1億5000万円余りを騙しとった事件。騙し取られた被害者にも下心があったはず、男女間の恋愛のもつれなのでは、と、被害者の責任を問う声も多い。

だが事件の映画化を進めていた監督の小林勇貴氏は社会的に弱い立場の人たちを狙った悪質な犯罪だと断言する。

 

書籍『渇愛:頂き女子りりちゃん』から一部を抜粋・再構成し、事件の背景にある日本社会の問題に迫る。

華やかな牢獄

その日の朝、東京は10月半ばだというのに汗ばむような陽気だったが、新幹線で名古屋に向かってみると、小雨がそぼ降り、肌寒かった。

2024年9月30日に開かれた二審で、「懲役8年6か月、罰金800万円」の判決が下った渡邊被告。私はてっきり上告しないものと思っており、刑務所に移送される前に「最後の面会」をしなければと10月15日、彼女が勾留されている名古屋拘置所へと向かった。

春日井警察署の女子留置施設で初めて会ってから10か月が過ぎていた。

拘置所では一人部屋だったが、受刑者となればおそらく共同生活になる。学校生活がうまくいっていなかったという渡邊被告は「馴染めるでしょうか……」とかなり心配しているようだった。

刑が確定すれば、これまでの「被告人」の状態と違い、面会や出せる手紙の数だけでなく、着る物や、食事も大幅に制限される。8年6か月に及ぶ刑務所生活は、これまでの人生からは想像がつくものではないだろう。どれだけ落ち込んでいるだろうか。いや彼女のことだから、そういった様子は見せずに、ただ笑っているのだろうか─様々な思いが交錯した。

渡邊被告は、面会室でいつものようにちょこんと座っていた。

「今日が、最後ですね……」と若干しんみりしながら声を掛けた私に、渡邊被告は「最後じゃないんです!私、上告することになりました! 明日にでも〝赤落ち〟……あっ、刑務所に行くことなんですけど。と思っていたけれども、まだになりました」と、すっかり警察関係の「隠語」を使いこなしながら、元気いっぱいに明かした。

上告するということは、刑が確定しない〝宙ぶらりん〟の期間が延びるということだ。

控訴審の判決後、10月2日に面会した際には「まだ書きたいことがあるから、上告したいと思っていたけれど、弁護士から『心証が悪くなるからしないほうがいい』と言われて、上告はしない方針です」と話していた。そんな会話をしてから、まだ2週間も経っていない。

上告の理由については、「新しい支援者の方が現れまして……。その方が、被害者の方への弁済金の算段を立ててくれると。被害者の方たちへ弁済金を払ったら、刑を短くできるんじゃないかって、名乗り出てくれた」からだという。

その「支援者」とは歌舞伎町の有名ホストで、立花氏や担当弁護士とも面識がある人物だといい、支援者たちが被害弁済のために立ち上げ、先述の「ごくちゅう日記」の運営や手記の有料販売などを行う「合同会社いぬわん」と協力して渡邊被告をサポートすると名乗り出たのだそうだ。

彼女の口調は朗らかで、私の目を見てハキハキと話す。不安に満ちていた今後に、光が射したと感じたのだろうか。

だが、最高裁での上告審では、あくまでも判決に関し憲法違反やこれまでの最高裁の判決と照らし合わせての判例違反がないかについての審理が行われる。

これまでには1998年に起きた和歌山毒入りカレー事件の林眞須美死刑囚や、2007年から2009年にかけて発生した首都圏連続不審死事件の木嶋佳苗死刑囚などが上告をしているが、争点は「無実」「冤罪」を争うものがほとんどであり、渡邊被告のいう理由で上告が通るとは到底思えない。だが、彼女はそんな私の疑念など思いもよらぬように、アクリル板越しに満面の笑みを見せた。

「りりちゃん」の撒く一万円札を求めて伸びている

渡邊被告は「ごくちゅう日記」の中で、拘置所での自室を、解説つきのイラストで紹介したことがあった。そこに描かれていたのは、『ちいかわ』のタオルケットに覆われた布団と枕、そして布団を取り囲むようにして置かれる、やはり『ちいかわ』の靴下や、シロクマの模様がついたタオル、机代わりに使っている籠には犬がテーマの本や写真集が並べられている。

それらはすべて、ファンからの差し入れだという。そして布団の脇には大ファンであるアーティスト・大森靖子氏からだという手紙が置かれ、棚の脇には、漫画家のきたしま氏が描いた『頂き義賊リリちゃん』と題したイラストが飾られている。

「ごくちゅう日記」で「すごくお気に入り」だと綴っていたそのファンアートは、YouTubeに登場していた頃と同じ、アッシュブロンドに、胸元とおへそ部分が開いたさくらんぼ柄のピンクの服。ミニスカートから太もももあらわに、千両箱の側に倒れている男性を踏みつけ、一万円札を撒き散らす。手首に包帯を巻いた女性の手、キレイにネイルされた女性の手……たくさんの手が、「りりちゃん」の撒く一万円札を求めて伸びている。その様子は、あたかも彼女からの「救済」を求めているかのようだ。

渡邊被告は、飾り立てた獄中でひとり、どんな気持ちでこのイラストを眺めているのだろうか。

自分を気遣ってくれる女性看守を「ママ」と呼んで甘え、ファンが差し入れた本を読み、自身を称賛する手紙を読み返す。そこには、あくまでも、自分と、自分の崇拝者しかいない。

彼女は、無意識のうちに「りりちゃん」という華やかな牢獄を作り、そこに留まることを望んだのかもしれない。

「アイデンティティのトンネルが全部ホスト」

渡邊被告が上告してから約3か月間、周辺は目まぐるしく変わっていた。

上告と同時期の10月半ば、彼女をモデルとした映画『頂き女子』の制作が発表された。プロデューサーは立花奈央子氏。監督は、映画『全員死刑』(2017年日活)やドラマ『スカム』(2019年MBS)、『酒癖50』(2021年ABEMA SPECIAL)などを手掛けた小林勇貴氏だ。

2025年2月15日。新宿で小林監督に話を聞いた。

小林監督は、『全員死刑』では2004年に起きた大牟田4人殺害事件を、『スカム』では老人を狙う詐欺の実態を描くなど、実際の事件をモデルにした作品で知られる。

映画の取材のために、渡邊被告に面会したという小林監督は、彼女をどのように見たのだろうか。

「渡邊さんの印象は、すごく小さい……。あんな世間を騒がす大きな事件を起こした当事者とは思えないほど、小さかった。そして動画でやっていたような『はじめましてぇ!』と言いながら、大きく両腕を開いて、決めポーズを取るようなリアクションをしていたのが心に残っています。

私は関東連合(1970年代~2000年代初頭に主に活動した暴走族グループ)のボスだった人にも取材しているのですが、彼らは目の色から何から、すべて違っていて、対峙するだけで圧倒される。

でも、彼女に関しては、そういったことは感じなかった。身近にもこんな人、よくいると感じました。

ただ、衝撃を受けたのは、例えば『食べ物は何が好き?』とか、パーソナルなことを聞いた時に、いちいちすべてホストとの記憶を経由するんですね。例えば『サバ缶が好き』という話だと、『その時の担当ホストがサバ缶が好きだったから』とか、どんなトピックスを聞いても、『〇×君がこう話していたから』とか、何でもホストというトンネルを通るんですよ。渡邊さんのことを聞いているのに、誰の話をしていたんだっけとパニックになる。

でもそれって、我々にもあることだと思うんです。例えば好きな食べ物っていったら、高校時代の思い出に紐づいているとか、皆いろんなトンネルを経由して、パーソナルな部分に接続すると思うんです。でも渡邊さんに関しては、アイデンティティのトンネルが、全部ホスト。そこに歪さを感じました」

監督のオファーを受けた小林氏は事件について本格的に調べ始めたという。そこで感じたのは、渡邊被告サイドに寄った報道が多かったということだ。

「圧倒的に被害者サイドの話が足りないと思いました。私もいろいろな事件を撮ってきた中で、やはり両サイドの話を聞く大切さを常に感じていたのですが、特に最初の頃の報道はりりちゃんサイドに寄りすぎている。

被害者目線の話が足りないと思いました」

困難を抱える人を型にはめたのであればそれは「悪」

実際に起きた数々の事件を取材して、映画を撮ってきた小林監督は、渡邊被告の「罪」をどのように見たのだろうか。

小林監督は、少し考えて言った。

「世間で言われているような『男女の話』じゃないと思うんです。彼女のマニュアルに出てくる『ギバーおぢ』になるのは、精神的、経済的、社会的に困難を抱えている人だと思う。

そうでもない限り、自分の生活もすべてなげうって貢いでしまう『ギバーおぢ』にはならないのでは」

渡邊被告はマニュアルの中で「ギバーおぢ」について「モテない、もしくは非常に奥手であり、おとなしいといった特性を持っている」と定義し、「自分より他人の心配、困っている女のコがいたら助けたい、お金が減るけどこのコが助かるならうれしい、そして自分が救ってあげたい」と考える男性のことだとも明かしている。

「これは男女の問題ということではないと私は考えています。弱い立場にある、困難を抱えている人を型にはめる方法を流布したのであれば、それは悪だというのが私の目線です」「頂き女子」と「おぢ」という言葉があまりにも広がったからか、私もこの事件は、「男女の問題」だと捉えていた。だが、小林監督は「それは違う」と言う。

「男性が流されてとか、女性が騙されるとか、そういう話ではなく、困難を抱えている人を巧妙に狙う手口を『ギバーおぢ』と言い換えて罪悪感を減らすっていう、極めて悪質なものだと思います。老若男女に該当する、あのマニュアルはそういうものだと思っています。だからこそ悪だと私は考えます」

事件の背景には「コミュニケーション不足があった」、とも小林監督は指摘する。

「日本はもともと、コミュニケーション教育が著しく不足していると感じるんです。そうした環境下でホストクラブって、コミュニケーションの〝省略〟ができる場所なんじゃないかと思うんですよね。

褒めてもらえるとか持ち上げてもらえるとかって、本来はコミュニケーションを丁寧に重ねた上で得られる〝成果報酬〟だと思うんですけれども、ホストクラブではお金を出せばそれをすっ飛ばして〝成果〟がもらえる。被害者がりりちゃんに求めたものも、コミュニケーションの努力を飛ばして手に入る恋愛という成果です。

りりちゃん本人も、家庭内や社会において、期待したようなコミュニケーションをうまく取ることができなかったと思うし、そこにホストという『コミュニケーションの省略』を武器としている人が入り込んだのだと思います。世の中には、コミュニケーションを省略して、そこに入り込むことで生き延びていく人たちがいると私は思っています」

小林監督は続ける。

「面会の最後に、渡邊さんに『どんな映画にしてほしい?』と聞いたんです。そうしたら、『地獄を見せてほしい』と言ったんです。すごく自分の見せ方がうまいコだなと。……それがとても印象に残っています」

だが、映画化の計画は頓挫した。

渇愛: 頂き女子りりちゃん

宇都宮 直子
頂き女子りりちゃん事件は男女の恋愛のもつれではない…精神的、経済的、社会的に困難を抱えている人たちを巧妙に狙った極めて悪質な詐欺である…映画化計画が頓挫の理由
渇愛: 頂き女子りりちゃん
2025/7/101,870円(税込)256ページISBN: 978-4093898119

「頂き女子」に迫った衝撃ノンフィクション

複数の男性から総額約1億5千万円を騙し取った上、そのマニュアルを販売し逮捕された「頂き女子りりちゃん」に迫った本作に大絶賛の声続々!

◎町田そのこさん
彼女が奪う側に戻らない道を考える。読んでいるときも、読み終えたいまも。

◎橘玲さん
すべてウソで塗り固められた詐欺師
家族や社会から傷つけられた犠牲者
彼女はいったい何者なのか?

―選考委員激賞!第31回小学館ノンフィクション大賞受賞作―

◎酒井順子さん
りりちゃんの孤独、そして騙された男性の孤独に迫るうちに、著者もりりちゃんに惹かれて行く様子がスリリング。都会の孤独や過剰な推し活、犯罪が持つ吸引力など、現代ならではの問題がテーマが浮かび上がって来る。
◎森健さん
今日的なテーマと高い熱量。とくに拘置所のある名古屋に部屋を借りてまで被告人への面会取材を重ねる熱量は異様。作品としての力がある。
◎河合香織さん
書き手の冷静な視点とパッションの両者がある。渡邊被告がなぜ”りりちゃん”になったかに迫るうちに著者自身もまた、”りりちゃん”という沼に陥り、客観的な視点を失っていく心の軌跡が描かれているのが興味深い。

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