
都心の不動産価格が爆上がりしている。すでに買って含み益を得ている人もいる一方でこれから終の棲家を買おうと思っていた20~30代の若年層からすると「いくら働いても家が買えない」というような地獄になってきている。
マンション相場高騰で食い物にされる、家を買えない若者
東京でマンションを持つことが庶民にとって届かぬ夢となって久しい。東京カンテイによると、東京23区の中古マンション(70㎡換算)の平均価格は6月時点で1億333万円と、2ヶ月連続で1億円の大台に乗せた。
過去1年間で約4割上昇しており、新築に続き、中古でも「億ション」は当たり前のものとなっている。
共働きの増加や国内外からの投資マネーの流入、建築コストの上昇や用地不足に加えて需給バランスの引き締まり……急激なマンション価格の上昇の背後には様々な要因が複雑に絡み合っており、即効薬はない。
足元では金利上昇や実質賃金の減少といった市況に冷水をあびせるような要因も出てきつつあるが、現状、マンション相場への影響は限定的だ。
新築マンションを手掛ける不動産デベロッパー各社の社員は口を揃えて「マンション価格が今後下がる要因はない」と語る。
上昇が上昇を呼ぶというバブルを思わせる環境下、焦っているのが20代から30代の若者だ。なんせ、つい5年前まで5000万円台で売っていたような物件が軒並み1億円を超えているのだ。
初任給の引き上げに伴って月給が数万円上がったからといって、最大の支出である住宅がこの状況では焼け石に水でしかない。
しかも、物件価格の上昇により、頭金や仲介手数料をはじめとした物件購入に必要な初期費用も膨れ上がっている。これまでは数百万円を貯めていればマンション購入に踏み出せたのに、いまや1000万円を用意できなければスタートラインに立つことすら難しい。
同じ会社の先輩が湾岸のタワーマンションに住んでいるのに、自分は埼玉や千葉にしか家を購入することは難しくなりつつある。指をくわえて不動産相場の上昇を眺めているしかない彼らの焦燥感は強い。
「ヴィンテージマンション」という言葉の後押し
こうした状況下、若年層の間で密かに流行しているのが「築古物件」だ。前述の東京カンテイによると、都心6区の中古マンションの平均価格は1億6415万円とサラリーマンには手が出ない領域だ。
しかし、億ションといってもあくまで築年数が浅い物件に限った話。1970年代や80年代に建てられた物件に限れば、港区や千代田区といった都心一等地でも数千万円で流通している。
こうした物件を購入し、リノベーションにより水回りをはじめとした内装設備を最新のものに替えることで、住心地も立地も妥協せずに済むというのだ。「ヴィンテージマンション」という言葉も後押しし、静かな広がりを見せている。
もっとも、うまい話には裏があるというのが不動産業界の常識だ。価格が低いということは、それだけリスクがあるということに他ならない。
「都心の物件は資産性があると聞いていたのに、話が違う」
こう悔やむのは、数年前に港区で築50年を超える1DKの物件を購入した30代前半の男性だ。
賃貸物件の家賃が引き上げられるのを機に家探しを始め、たまたま目にしたのが4000万円台で販売されていたこの物件だったという。
外観こそ年代を感じさせるものの、リノベにより内装も綺麗になり、会社にも近い港区での暮らしは満足だったという。
インスタを主戦場に築古物件を買わせるインフルエンサー
しかし、付き合っていた彼女との結婚により、男性の港区ライフは急展開を見せる。1DKでは手狭だということで売却を試みたものの、どの不動産仲介業者も「これだけ古いと売れないと思いますよ」と、渋い対応だったという。
それもそのはず、1981年の耐震基準改正以前に計画された物件は不動産業界では「旧耐震」と呼ばれ、以後に建てられた「新耐震」に比べて地震での倒壊リスクが大幅に高まる。命にかかわるため、価値が大幅に下がり、売れづらいのだ。
実際、不動産ポータルサイトに掲載しても反響はほとんどなく、仲介業者に言われるがままに値下げを繰り返すことに。結局、数百万円かけてリノベしたにもかかわらず、購入価格を大幅に下回る価格で「損切り」せざるを得なかったという。
「港区にこだわらず、同じ値段で新しい物件を買っていれば全然違ったのに…」と悔やむが、後の祭りだ。
足元で問題になっているのが、住宅購入を焦る若者を煽って築古物件を買わせるインフルエンサーの存在だ。
「あまりにも行儀が悪すぎると、業界内でも噂になっている」
インスタグラムを主戦場に、「賃貸は金の無駄」「若いうちに家を買え」「立地が良ければ資産性は大丈夫」といった威勢の良い言葉を飛ばし、興味を持った若者に物件購入を勧めて手数料を得るというビジネスモデルだ。
「あまりにも行儀が悪すぎると、業界内でも噂になっている」
大手不動産デベロッパー系列の不動産仲介会社の港区の支店で働く男性はこう顔をしかめる。問題になっているのが、インスタで集客した若者を言葉巧みに操り、LINEのオープンチャットという「狩り場」に誘導する手法だ。
LINEのオープンチャットは誰でも参加できるが、インスタやX(旧Twitter)といったSNSと異なり、公開されている訳ではない。管理人側はパスワードなどを使ってメンバーを管理できる上、意に沿わぬ発言をした参加者を「追放」することも可能だ。前述のインフルエンサーのオープンチャットには、数千人のメンバーが参加していた。
実際にオープンチャットに潜入取材してみると…
実際にオープンチャットに潜入取材してみると、そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。
インフルエンサーが毎日のように「好立地の物件です!」「管理の良さが窺えます!」と、築50年を超える旧耐震の物件をさも掘り出し物であるかのように紹介。
もちろん、どれもプロなら絶対に手を出さないような筋悪な物件だ。しかし、価格が高い築年数が新しい物件と並べることで相対的に割安感が出るため、お金も知識もない若者にとっては魅力的に映るという仕組みだ。
加えて、オープンチャット内での独特の雰囲気も購入を後押しする。定期的にほかの参加者が「◯◯さんに紹介された物件を購入しました」と具体的な購入体験を投稿すると、インフルエンサーが「購入おめでとうございます、良い時期に買えましたね!」と呼応する。
物件紹介と並行してこうしたやり取りを繰り返すことで、「みんな買っている、いますぐ家を買わないと駄目だ」といった雰囲気を醸成する仕組みだ。
これはカルト宗教やマルチ商法でよく見られる手法だが、チャット上で異論を唱えようものなら即座に追放されるため、批判的な人間は誰も存在しない。
都心の築古物件を「資産価値がある」と謳って素人に販売するという手法は、インフルエンサーに限らない。
素人に築古物件を販売する会社、急速に事業拡大
近年、「中古マンション投資で不労所得」といったキャッチコピーを掲げ、素人に築古物件を販売する不動産会社も急速に事業を拡大している。
「オーナーチェンジ」と呼ばれる、人が住んでいる物件のため、安定的に家賃収入を得られるという謳い文句だ。
もちろん、こちらにもリスクはある。築古物件は賃貸でも入居者がつきにくいため、入居者が転居すると、空室で毎月のように赤字を垂れ流すことになる。
設備も老朽化しているため、修繕コストも高いし、管理体制が悪いマンションが多い。そもそも、素人を相手にしているため、物件価格が高めに設定されているのだ。
将来売却しようとしても、出口戦略が立てにくいというのは既に説明の通りで、都心の立地といえども、将来にわたって損を出し続ける「負動産」になる可能性が高い。
「そもそも、掘り出し物件なんて、素人には絶対に手に入らない」と都内の不動産事業者は語る。
同社は買い取り再販事業という、物件を購入してリノベして販売する事業を行なっているが、これはプロが自分の足を使って物件を探し、慎重に採算を見極めて行なっているものだ。
インフルエンサーや投資用物件として販売されている物件は、そもそも買い手がつかなかったという証でもある。素人が欲を出して購入しようとしている時点で、ネギを背負った鴨でしかない。
マンション価格の高騰に伴い「すぐに家を買わないと取り残される」という焦燥感は更に強く、激しくなっている。
マンションが住むものではなく資産として認識されるようになった昨今、一見割安な築古物件はより魅力的に映る。
しかし、その先に待っているのが地獄であるということを伝える声は、彼らには届かない。
文/築地コンフィデンシャル