「石破政権崩壊カウントダウン、始まる」ただの損得勘定と醜悪な権力闘争の果て…国民そっちのけ、自民党は末期症状か
「石破政権崩壊カウントダウン、始まる」ただの損得勘定と醜悪な権力闘争の果て…国民そっちのけ、自民党は末期症状か

自民党が大敗した参院選の総括がようやく発表された。自民党は今回の敗北を受け、「解党的出直し」の必要性を語ったが、とくに”解党的”な動きは今のところ見せていない。

それどころか、石破茂総理が就任以降、衆院選、都議選、参院選と3連敗しているのにも関わらず、トップの責任については一切触れられなかった。そればかりか、自分たちの政策の問題などは棚にあげSNSに責任を転嫁するような文言もあった。はたして、こんな状態で石破政権はもつのか。経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は「崩壊のカウントダウンは始まった」と指摘する。 

石破政権は、深刻な終末期の様相 

発足から11カ月を迎えた石破政権は、深刻な終末期の様相を呈している。7月の参院選における歴史的な大敗は、政権の体力、求心力を決定的に失ったのが要因だ。

選挙直後、内閣支持率は32%という危険水域まで急落したが、8月の各種世論調査では、支持率が一時的な回復を見せた。日本経済新聞社とテレビ東京の共同調査で42%、共同通信社の調査では35.4%だった。

この数値の回復をもって、政権が安定軌道に戻ったと判断する人もいる。しかし、むしろ、現在の石破政権は構造的な脆弱性を内包した、極めて不安定な均衡状態にある。

石破政権が直面する危機の本質は、政権が弱いこと自体にあるのではない。

自民党という巨大な政治組織の内部で、各議員たち、旧派閥のボスたちが「現状のルールに従い続けるよりも、辞任を嫌がる石破首相と国民の前で、醜悪な権力闘争をしてでも現体制を転覆させる方が、自分たちの利益になる」とソロバンをはじき、その実行機会をうかがっているという事実にある。

政権が生き残るための唯一の道は、この損得勘定を覆すことである。

石破首相は、党内のライバルたちに「今は事を荒立てず、ルールの中で次の機会を待つ方が、結局はあなたたちにとっても得策である」と信じさせなければならない。

相手にそう思わせることができれば、当面の反乱は防げる。例えば、重要な閣僚ポストや党役員ポストを配分し、自派閥に一定の権限や予算を渡すことで、現状維持から得られる利益の期待値を高められる。

また、政策要求を思い切って受け入れることで、政権が続けば将来に望みがあると感じさせることも可能である。

 どちらを選んでも負担が増すという深刻なジレンマ 

ただし、石破首相が持つカードは限られている。政権は少数与党という厳しい条件下にあり、党内取引に使える資源は豊富ではない。

ポストを配分すれば、別の派閥から反発が起きる。政策を譲れば、国民からの支持が失われる。党内融和を優先すれば国民世論に見放され、逆に改革路線を貫けば党内対立が激しくなる。

どちらを選んでも負担が増すという深刻なジレンマに直面しているのだ。

政治の仕組みが壊れていく過程を研究した論文は、石破政権の今の状態を理解するために役立つ。

ピーター・A・ファーガソンが2004年に発表した『Breaking Up Is Hard to Do: Incorporating Democratic Uncertainty into Rational Choice Accounts of Democratic Breakdown(終わりはつらいもの)』は、民主主義が崩れるのは偶然ではなく、有力な政治勢力が冷静に損得を計算した結果として起こると説明している。

この研究の中心は「民主的不確実性」という概念である。

これは単なる政治の混乱を意味しない。選挙によって政権が交代する可能性が制度として組み込まれていることを指す。

今日の敗者が明日の勝者になる可能性を常に持つ。こうした予測可能な不確実性が、実は民主主義を存続、安定させる基盤になっている。

敗者にとってはルールを壊して全てを失うより、ルールを守って次の選挙のチャンスを待つ方が合理的だからである。だからこそ、選挙結果は多くの場合受け入れられる。

石破政権の下で進行している「石破おろし」 

民主主義の崩壊は、この計算が崩れた時に始まる。有力な政治勢力が「ルールを守って得られる将来の利益」と「ルールを壊してでも政権を倒すことで得られる利益」を比べ、後者が大きいと判断した瞬間に、システムは危機に直面する。

つまり、理性に基づいた損得勘定こそが、民主主義の安定と崩壊の分かれ目になる。

石破政権の下で進行している「石破おろし」は、この理論を当てはめると理解しやすい。自民党内の反石破派は単なる感情や派閥の意地、メンツで動いているわけではない。

彼らは自らの将来を守るために利益と損失を計算し、政権を倒すという行動の方が合理的だと考え始めている。感情的な対立のように見えても、その裏には冷静な戦略的判断が働いている。

反石破派の計算にははっきりとした構造がある。まず「石破政権を支え続け、ルール通りに次の総裁選まで待つ」という選択肢を考える。

「現状維持」よりも「政権打倒」の方が合理的だという結論 

この場合に得られる利益は限られている。現在の政権は少数与党であり、国会の運営はきわめて困難である。石破首相が強い指導力を示し、支持率を大きく回復させ、次の選挙で勝利する可能性は低い。

仮に政権が生き延びても、石破首相には強い派閥の基盤がない。その下では自派閥が得られる見返りは小さいままである。むしろ政権の失敗の責任を共に負わされる危険さえある。将来の利益の期待値は低いと見積もられる。

次に「今の段階で政権を倒す」という選択肢を計算する。石破政権の支持率は長く低迷しており、国民の政治不信も根強い。この状況で首相を引きずり下ろしても、大きな反発は起きにくい。つまり行動のコストは低いと判断できる。

一方で、政権打倒に成功すれば、自派閥が主導権を握り、息のかかった新総裁を立てることができる。そこから得られる利益は大きく、見返りは計り知れない。

成功の確率も党内の多数派工作次第で十分に現実的だと考えられる。この損得勘定の結果、「現状維持」よりも「政権打倒」の方が合理的だという結論に達した勢力が、実際に公然と動き出しているわけだ。

これは日本の統治システムが危うくなっている兆し 

選挙での敗北は、この計算を動かす大きな要素になる。石破政権が参院選で過半数を失った時、反石破派は「今が好機だ」と判断したわけだ。政権の弱さが明確になり、行動のコストが最も低く、成功の確率が高まったと見えている。

選挙直後には政権サイドの一部で巻き返しの可能性が語られたが、これは大きなものになっていない。敗北の事実そのものが重く、国民の期待が再び高まる兆しは見えなかった。

政権の基盤が弱いという構造そのものが変わらない限り、選挙後のわずかな動きでは反石破派の確信を揺るがすことはできないままだ。

「石破おろし」は単なる政局の混乱ではない。それは、日本の統治システムが危うくなっている兆しである。内部の有力者が合理的な利益追求を続ける結果、システムの安定性が揺らぎ始めている。

政治家たちが国家全体の利益や長期的な安定よりも、自分たちの短期的な利益を優先する時、民主主義のルールは形だけのものになり、制度は崩壊の淵に追い込まれる。

石破政権の命運は、政策の成否や国民の支持だけでは決まらない。

自民党内部で展開される冷徹なサバイバルゲーム 

自民党内部で展開される冷徹なサバイバルゲームが決定権を握っている。そのゲームには一つしかルールがない。「最も利益を得る者は誰か」という問いに答える者が勝者となり、敗者は一気に権力から排除される。

今の政局はまさにその力学の中で進行しており、石破首相は当事者であると同時に標的でもある。政治がこのような「サバイバルゲーム」と化す時、最も大きなツケを払うのは、そのゲームから完全に締め出された国民である。

政治家たちが自らの権力と利益のためだけに動き、国全体の未来や長期的なビジョンを顧みなくなれば、政治はただの機能不全に陥る。

社会保障、教育、経済再生といった喫緊の課題は先送りにされ、国民の不安や不満は増大するばかりだ。

自民党が末期症状にある今、求められているのは、政治家個人の損得勘定を超え、この国のかじ取りを本当に任せられるのは誰なのか、国民自身がその問いを突きつけ続けることだろう。

文/小倉健一

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