大手牛丼チェーンで今、麺商品を取り扱うケースが急増している。牛丼チェーンといえば牛丼はもちろん、丼やカレー・定食といった“ご飯もの”が主力のはずだが、まったくジャンルの異なる主食を販売しているのはなぜなのか? 有識者に理由を聞くと、業界の抱える事情が見えてきた。
「牛丼チェーン=ご飯もの」はもう古い?
大手牛丼チェーンのすき家が、6月4日から新メニュー『とん汁みそらーめん』を期間限定で販売開始した。
同メニューはすき家のレギュラー商品である『とん汁』に特製タレと麺を入れたもので、価格は単品で360円(税込)。
牛丼の具を加えた『牛丼とん汁らーめん』などのバリエーションも存在するほか、牛丼並盛・生卵とのセットは850円(税込)で販売されている。
この動きに先駆けて麺商品を強化しているのが、すき家の競合他社である吉野家だ。
吉野家は昨年7月4日、創業以来で初の麺商品『牛玉スタミナまぜそば』を販売開始。同年11月27日には、麺メニュー第2弾となる『牛肉玉ラーメン鍋膳(とんこつ)』も販売した。(※現在はともに販売終了)
そして今年3月12日からは、『牛丼・油そばセット』の販売がスタート。発売約1か月で累計販売数150万食を突破するなど好評を博している。
このように昨今の牛丼チェーンは、麺商品を強化している状況にある。
だが、すき家や吉野家の主力商品は、やはり牛丼やカレー・定食といった“ご飯もの”のはず。
麺商品は“変化球”といえるが、なぜここへ来て続々と投入しているのだろうか。
チェーン店も含めた飲食事情に詳しい外食ビジネスアナリストで、『月刊飲食店経営』(アール・アイ・シー)副編集長も務める三輪大輔氏によると、この現象には「大きく2つの目的」があるという。
1つは、牛丼チェーン各社が値上げを避けたい一方で、コメ価格や人件費が上がっていることだ。
「デフレ時代、牛丼業界は激しい値下げ競争を行ない、1杯200円台まで落としたことで吉野家は長らく収益性の低下に苦しみました。
そこから現在の価格まで戻してきたわけですが、牛丼チェーンは当時を知っている中高年がメイン客層なので、ここからさらに値上げをすると一気に客離れを起こす危険性があります。
一方で、コメ価格は高騰し、円安などで燃料費・原材料費、人件費も上昇しています。そこで強化しているのが麺商品なのだと考えられます」(三輪大輔氏、以下同)
“麺”を低コストで仕入れられるシステム…吉野家はラーメン事業を強化
三輪氏によると、「まぜそばや油そばはコメに比べて低コストであり利益率が高い」上に、「700円以上の価格帯でも注文してもらいやすい」という“うまみ”のある商品だそうだ。
また、吉野家にはより価格が抑えられるノウハウがあるそうで──。
「吉野家ホールディングスは昨年5月に発表した中期経営計画で、『ラーメン家 がんくろ』『ばり嗎』などのラーメンブランド強化を発表し、5年で500店舗、ラーメン売上目標を現在の5倍である400億円、2034年度にラーメン提供食数世界No.1を掲げました。
強化中のラーメン事業で開発したノウハウや食材を吉野家本体に応用したり、ラーメンブランドやはなまるうどんで食材を共通化したりすれば、より大量に仕入れられコストを抑えられるのです。
さらに、吉野家の麺提供で得た現場のノウハウを、今度はグループのラーメン店側にフィードバックし、効率的に利益を上げるための“壮大な実験場”にする意味合いも強いでしょう。
こうしたグループ全体の親和性やスケールメリットを考えて、吉野家本体でも麺メニューの強化に踏み切ったのだと考えられます」
すき家を運営するゼンショーホールディングスにも、仕入れコストを抑える独自のシステムがあるという。
「ゼンショーグループにはMMD(マス・マーチャンダイジング・システム)という、原料調達から製造・物流・販売までを一貫して管理する強力なサプライチェーンを持っています。
また、すき家やなか卯といった牛丼店以外にも、ラーメン専門店の伝丸、はま寿司、ジョリーパスタなど幅広い外食業態を展開しているため、グループのスケールメリットを最大限に活かし、仕入れコストを徹底的に抑えてリーズナブルに麺メニューを提案できるという強みがあるのです」
しかし、小麦価格も今後はどうなるか分からない。
現在の世界情勢や金融経済を見ると、インフレ圧力は一層強まっている。
足下では1ドル160円前後と依然として円安が止まらず、ホルムズ海峡封鎖問題によってエネルギー価格が上昇している。
さらに、今夏はスーパーエルニーニョ現象による“歴史的な猛暑”も予想され、小麦の主要輸出国であるオーストラリアやアメリカでは不作が懸念されている状況だ。
コスト削減ができなくても「もう1つの目的」が達成できればOK
これらを踏まえると、低コストを期待して投入した麺商品が当初の目論見どおりの成果を上げられない可能性もあるが、三輪氏によると、麺商品を展開する「もう1つの目的」が達成できれば、トータルのバランスはとれるのだという。
「牛丼チェーン各社が麺を投入するもう1つの目的は、“客層を広げたい”という狙いです。
現在、日本は人口減少が進んでおり、外食産業の倒産件数も増えているのが実情です。
いかに客数をアップさせるかが各社の至上命題であり、幅広い麺メニューをそろえることで、牛丼店に足を運ばない“米より麺が好き”という層を取り込みたいのです。
仮に原材料費の高騰などでコストが下げられなかったとしても、大きな目的である“集客”で成功すれば、トータルでのバランスは取れるという経営判断なのだと思います」
この集客について三輪氏は、特に吉野家が課題を抱えているという。実は、吉野家ホールディングス全体では好調でも、“牛丼・吉野家”としては苦戦しているのだ。
「吉野家ホールディングスとしては増収増益なのですが、国内の“吉野家単体”に限ると、実質的な収益は減少傾向にあります。
好調なのは傘下のはなまるうどんや吉野家の海外事業で、ファミレスチェーンのサイゼリヤ同様、“海外の収益が柱”という状況です。
この“牛丼頼みで戦うのは厳しい”という危機感から、吉野家は麺に挑戦しているのでしょう。
この危機感は他社も他人事ではなく、すき家もゼンショーグループの調達力を活かし、客層を広げるためラーメンに挑戦しています。
松屋はとんかつブランドの松のやで、比較的高価格でも売れるとんかつで客単価を上げています。
カレーが定番メニューとして定着したように、油そばやラーメンも牛丼チェーンの定番となるだろうか。
取材・文/久保慎

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