≪6万5000枚完売でも「文化祭みたいに」≫ずっと真夜中でいいのに。平城宮跡ライブで何が起きていた? 早朝に回線工事、地面は「田んぼみたいに」
≪6万5000枚完売でも「文化祭みたいに」≫ずっと真夜中でいいのに。平城宮跡ライブで何が起きていた? 早朝に回線工事、地面は「田んぼみたいに」

作詞・作曲・ボーカル・ギターを担う“ACAね”による、特定の形をもたない音楽バンド「ずっと真夜中でいいのに。」が、奈良・平城宮跡歴史公園で、自身最大規模となる特別公演祭「LEGACY ZOMBIE LABO『文禍伝雷』 奈良・平城京」を2日にわたって開催した。

 

2日間で計6万5000枚のライブチケットが完売した公演の裏側では、史跡ならではの制約や大規模な野外公演ゆえの想定外の課題が次々と持ち上がっていた。

キョードー関西や奈良文化財研究所、地元企業への取材から、平城宮跡に巨大ライブをつくるまでを追った。

1日約3万3000人、運営スタッフ約300人、使用許可に1年以上

世界遺産『古都奈良の文化財』の構成資産で、国の特別史跡にも指定されている平城宮跡。そこに3万人を超える観客を迎えるために、どのような準備が必要だったのか。会場づくりや行政との調整、当日の運営を担ったキョードー関西の執行役員・川上慎介氏に話を聞いた。

「最初は2万5000人ぐらいを想定していたんですけど、おかげさまでチケットの売れ行きもよく、1日3万3000人ぐらいが来場されました。警備員やアルバイトを含めて、当日の運営スタッフは300人ぐらいですね。

設営は9月30日から公演前日の10月9日までの約10日間。車が入るところにはすべて養生材やマットを敷き、その上を走るということで許可をもらいました。何を置いて、どう対策するかを説明しながら、会場の使用許可を得るまでに1年以上かかっています」(川上氏、以下同)

後援には奈良県と奈良市などがクレジットされているが、行政の協力は資金面にもおよんでいたのか。

「行政の補助金やスポンサーのお金は一切入っていません。今回もですが、昨年の万博での公演(「オモテEXPO 2025『名巧は愚なるが如し』」)も、ずっと真夜中でいいのに。の100%自主企画公演としてやっています。

でも万博でのライブをやっていなかったら、おそらく今回の公演は実現できていなかったと思います。

非効率なことにもあえて挑戦していく、本当にすさまじいチームですよね」

8ヶ月前に本番相当のスピーカーで音響テスト

本番の約8カ月前には、周辺住宅地への音の広がりを確かめる音量テストも行った。

「本番相当のメインスピーカー4本を1日かけて設置してチェックしました。スタッフが自転車で周辺の住宅地を回り、音量を変えながら聞こえ方を確かめたんです。来てくれるお客さんには、いい音で届けたい。そこは譲れないです。

客席の中央から後方にもディレースピーカーを増やし、一つひとつの音圧を分散させました。スピーカーを下向きにして、できるだけ客席へ音を向けて広がらないようにしたんです。テストをもとに、外への音の広がりを抑えつつ、中で聞く音には厚みを出せた。野外にしては相当いい音だったかなと思います」

早朝の回線工事、ぬかるみ対策…「高校の文化祭みたい」

電源や水道、ネット回線、トイレも、公演に合わせて用意した。そのなかで川上氏が「盲点だった」と振り返るのが通信環境だ。初日は物販の受け取りシステムなどに支障が出て、来場者からは「3~4時間待った」との声も上がった。

「会場内には回線を引くために使える電柱がなくて、初日は衛星通信を使ったんですが、それが弱かったんです。そこで1日目の夜に反省会をして、2日目は朝6時前ぐらいから急遽工事をして、公園の外の電柱から物販までケーブルでつなぎました。ただ、それでも通信状態は悪かったですね」

初日終了後の反省会では、飲食店やワークショップが並ぶ「祭Area」の地面のぬかるみやドリンク販売も課題に挙がった。

平城宮跡はもともと地下水位が高く、低地の一部では地下水位が地表近くまで達する。そこに設営期間中の雨が重なり、さらに何万人もの来場者が歩いたことで、地面は急速にぬかるんだ。さらに、季節外れの暑さのなか、飲み物を買うにも長い列ができていた。

そこでスタッフたちは、翌朝5~6時ごろから対策の作業を始めた。足元の補修に加え、ドリンクの販売方法も見直した。

「特別に土を入れる許可をもらい、養生マットも人力で運んで敷きました。

また、『水もすぐに買えない』というポストをSNSで目にしたので、ドリンクの売り場も増やしました。スタッフが客席に入り、野球場のビール販売みたいに売っていました。本当に何から何まで手作りで、まるで高校の文化祭準備みたいな感覚でした(笑)」

歴史を学ぶ体験をライブ演出へ

公演に向けて、キョードー関西を通じて奈良文化財研究所にも協力の依頼があった。企画調整部展示公開活用研究室長の小田裕樹氏に、当時のやり取りを聞いた。

「最初は正直、少し警戒していました。平城宮跡はあまりライブをやる場所ではないですし、どういう人たちなんだろう、と。でも、お話を聞くうちに、平城宮や奈良時代を真摯に知りたい方だとわかったので、こちらも丁寧に対応したいと思いました」(小田氏、以下同)

研究所は、古代に文字を記すために使われた木の札「木簡(もっかん)」に、出身地や名前、メッセージを書くワークショップを企画。

ずとまよ側からは、来場者が書いた木簡をステージの演出にも使いたいという提案があった。

「普段、研究所にいらっしゃるのは歴史好きの方や修学旅行の方々が中心です。今回はまったく違う層の方々が来られるので、平城宮跡や奈良時代のことを知っていただけたらという思いです」

職人も老舗も、突然の依頼に「本当に?」

公演では、奈良の歴史や文化をステージの外にも広げようと、地元企業とのコラボレーションにも力を入れた。チームとスタッフが直接アプローチしたのは、奈良県内の企業や店舗だけで50以上。その土地の技術や名産を取り入れたグッズが数多く作られた。

そのひとつが、吉野の木を使ったコラボグッズを手がけた合同会社樹匠だ。同社には春ごろ、ウェブサイトの問い合わせフォームに連絡があった。「最初は詐欺メールかと思いました。奈良にそんな大きなライブ会場はないですし」と担当者は振り返る。

吉野檜製の『歌詞おみくじキーホルダー』や吉野杉製の箸、抽選販売の手桶などを制作。会場を飾った灯籠も手がけた。

「『奈良時代にちなんだ小さな灯籠』という依頼で、東大寺の八角燈籠を見に行き、それを模して試作しました。

しばらくして『この3倍くらいの大きさに』と言われ、ん? 3倍? 体積……じゃないよな、寸法だよな……と」(樹匠の担当者、以下同)

大型化すれば材料も加工の手間も増えるが、予算には限りがある。そこで屋根の形を簡略化し、大極殿などを参考に飾りを加えた。檜板の反りが上を向くよう、取り付け方も工夫したという。

「担当の方から夜中にも普通にメールが届くんです。まさに『ずっと真夜中』な業界だなあと(笑)。どうかご自愛いただきたいです」

1854年創業と老舗の砂糖傳増尾商店も、初のアーティストとのコラボに「なぜうちに?」と半信半疑だった。奈良の企業の魅力を伝えたいという説明を聞き、参加を決めた同店は、定番商品である金平糖「奈良こんふぇいと」の限定味を提案した。

「ゆかりのある食材を伺ったところ、ACAねさんの飼い猫が『しょうがストリングス』という名前だと分かり、生姜と看板商品の『御門米飴』を加えた味が生まれました。普段は箱で売ることが多いのですが、『金平糖が綺麗だから中身が見えるようにしたい』とのチームのご要望で、透明な瓶を採用しました」(砂糖傳増尾商店の担当者、以下同)

事前通販で買えなかったファンは、ならまちの本店にも足を運んだ。ライブのあった連休には、グッズを身につけた人たちが多数来店したという。

「『家族や友人へのお土産にします』と、嬉しそうにお話ししてくださいました。ずとまよの影響力と、ずとまろ(ずとまよファンの呼称)さんの熱量に日々驚かされています」

6万5000人超の観客を迎えた巨大公演の裏側には、主催者が行政や関係機関と調整を重ね、地元の職人や老舗がグッズづくりに知恵を絞るなど、一つひとつの手仕事があった。

1300年前の歴史が残る土地で、その場所の文化やものづくりを取り込みながら、ずとまよのライブはつくられていた。

取材・文/キムラ

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