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かつての新日本プロレスにも「レインメーカー」はいた! 現在のプロレスブームの源流・武藤敬司

2016年1月6日 11時00分

ライター情報:寺西ジャジューカ

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昨今、新日本プロレスが好調だ。業界でひとり勝ち状態と言っていい。要因はいくつかあるのだが、その一つに「新陳代謝がスムーズに行った」ことが挙げられると思う。
“格”が重視されるプロレス界。その序列を入れ替えるには莫大なパワーを要するが、新日は断行する。突破口となった中邑真輔がIWGP王者に輝いたのは、若干23歳の時。この最年少戴冠記録は、いまだ破られていない。
そして現在、同団体でトップを務める「レインメーカー」オカダ・カズチカは、28歳。昨年の天龍源一郎引退試合にて“介錯人”を務め、評価と認知度は高まる一方である。

90年代にも「レインメーカー」はいた


ところで皆さん、この「レインメーカー」なる言葉の意味をご存知だろうか? 意訳すると「金の雨を降らせる」。
要するに、所属団体を潤わす選手のことだ。観客動員、グッズ売り上げ、その他諸々の権利関係等によって、利益をもたらすスター。このような人材になるには、もって生まれた才能と強さ、人気が不可欠になってくる。

ここで、90年代の新日本プロレスを振り返りたい。坂口征二社長(当時)が指揮を執る新日本プロレスのスケールは、ぶっちゃけ今とは比較にならなかった。全国ドームツアーという無茶を敢行し、見事成功を収める。当時、「ドームツアーを決行できるのは、新日本プロレスとglobeとK-1とエアロスミスくらいしかいない」と言われていたが、それほどの集客力を同団体は誇っていた。

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ライター情報: 寺西ジャジューカ

1978年生。テレビ業界とライター業界を行き来する毎日。ブライアン・ジョーンズとビートたけしと前田日明と大江慎也を敬愛。本当は芸能記事が書きたい。

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