万葉集は「紅葉」ではなく「黄葉」を詠んだ?
Garbo 大人の紅葉では<a href=http://woman.excite.co.jp/garbo/autumn/>色づき情報更新中</a>。写真はそのコンテンツの一つ、ニューヨーク/セントラルパークの秋の<a href=http://www.excite.co.jp/wallpaper/cat/season/fall/4010093004/>壁紙</a>。
次第に秋が深まってきて、山のふもとの木々も色づいてくる頃だ。カエデの赤、イチョウの黄色が色鮮やかになってくると、いよいよ冬も間近という風情が漂ってくる。
日本人は、そんな季節感が昔から好きだったのだろう。かなり昔から、紅葉を愛でる風習はあったようだ。奈良時代に編纂されたと言われる万葉集にも、紅葉を詠んだ和歌が80首以上あるそうな。

ところが、そのほとんどが、実は紅葉ではなくて、黄葉、つまり、葉が黄色く色づくさまを詠んだものだという。そもそも『もみじ』という言葉自体、揉んで色を出す、という意味の『もみず』から来ているらしいが、これも漢字では『黄葉ず』と書く。今の世の中、どう考えても葉が赤くなる紅葉の方が主役に思える。
万葉人の色彩感覚は現代人とは違っていたのだろうか。

よくよく調べてみると、どうも、事の起こりは中国の陰陽五行説にあるらしい。陰陽五行説というのは、中国で作られた占いというか、哲学というようなものなのだが、その中で、黄色は、特別な色となっている。たとえば、陰陽五行説では色を方角に当てはめたりするのだが、青は東、黒は北、白は西で赤は南、そして黄色は中央となっている。つまり、黄色はまさに中国の真ん中、皇帝がいる所、ということになる。単純に言うと、一番高貴で偉い色とでも言おうか。
黄土の大地から生まれた中国文明らしい格付けだ。

奈良時代以前の日本は、中国文化の影響を色濃く受けていたから、木々が黄色く色づくことに、特別な意味を見い出していたのだろう。しかし、平安時代になって、日本独自の文化が芽生えてくると、なんだ、黄色より赤の方がきれいじゃん、てなことになって、紅葉の方がメインになってきた。平安時代に編纂された古今和歌集なんかでは、黄葉よりも紅葉の方が、圧倒的に数多く詠まれているのだ。

ちなみに、黄葉する木、イチョウの語源は、葉っぱの形が水鳥の足に似ていることから、中国で『鴨脚(ヤーチャオ)』と呼んでいたものが転化したもの、紅葉する木、カエデの方は、同じように葉っぱの形がカエルの手に似ていることから、『蛙手(かえるで)』と呼んでいたものが転化したものらしい。

こんな豆知識を片手に秋空のもと、紅葉狩りなんていかが?(脳天気)