以前、「予約から受け取りまで半年以上かかる幻のラーメンスープ通販店」という記事を書いた。
大阪府東大阪市にある「ら道本店」という名のお店で、ラーメンマニアが独学で作り出したスープを仲間内に配るうち、その美味しさが評判を呼び、いつしかスープの通販に予約が殺到するようになった。
しかし、なんせ店主が一人で作っているものなので生産が追いつかない。記事を書いた2016年当時は予約から購入まで半年~1年ほど待つような状況だった。
記事を書いた当時は通販がメインだったのだが、“週末のみ、一日一組限定”で店舗営業をしていた。通販よりもさらに狭き門である。こちらも当然予約が先まで埋まっていたようだったので、予約を受け付けている「ら道」のFacebookアカウント宛てに予約を入れながら私は「まあいつか行ければいいか。いや、行けなくて当然ぐらいの気持ちで申し込んでおこう」と思っていたのだった。
そしてそれから月日が流れ、先日、「ら道本店」のFacebookアカウントより「予約の順番が来ました」というお知らせがきたのだ。正直なところ、予約を入れたこと自体が遠い記憶になっていた。時を越えて届いたメッセージを受け取るような不思議な気持ちで、「ら道本店」の実店舗に行ける日が近づいてくるのを待った。そしてついに「ら道本店」の実店舗でラーメンを食べることができたのだった。なんと私は3年半待ったらしかった。
これからその一部始終をレポートさせていただきたい。
「ら道本店」の店主である水谷さんにお話もたっぷり聞くことができたのでそちらも併せてご覧ください。
住宅街の一角にある「ら道本店」
さて、2018年12月現在、「ら道本店」では平日のみ、一日一組限定で店舗での営業を行っている(ちなみにスープの通販は店主の努力によって生産体制が整ったこともあり、ほぼ待ち無しで出荷できる状態だという)。店舗での食事は一組限定だが、一組最大10名まで入店できる。私は、急な誘いに賛同してくれた3人の仲間と、計4人で行くことにした。
予約の順番が来たという知らせの後、店主の水谷さんとFacebook上で具体的な来店日時を調整したのだが、その際に店舗の住所についても知らされた。東大阪市、近鉄奈良線の東花園駅という駅で降り、住宅街を10分ほど歩いていく。そもそも「ら道本店」は近隣が住宅街だという理由もあって、営業時間が19時~21時の2時間のみとなっているとのことだったので、閑静なエリアなんだろうなとは思っていたのだが、それにしても静かだ。
駅前にはいい風情の商店街があり、店舗が立ち並んでいるのだが、そこを抜けるともう住宅街。
スマホのナビがあるおかげで迷いこそしなかったが、それでも不安になるほど、「この先に美味しいラーメンが待っている!」とは到底思えない一角であった。ナビによると、ここが目的地らしい。
アパートのような、「〇〇荘」という名前のついていそうな建物。とにかく少なくとも中に飲食店があるようには思えない。
階段をのぼっていくと、「やってます」と書いてある。
何かやってはいるようだ。とはいえ、こんな雰囲気なのでなかなかドアを開けて入るのに勇気がいる。
ガラッと引き戸をあけ、
のれんをくぐる。
ここで店内から店主の水谷さんが「スズキさんですね、お待ちしておりました」と穏やかなトーンで出迎えてくれてホッとしたのだが、水谷さんの意向によりご本人のお写真は掲載しないこととする。頑固なこだわりラーメン店主という感じではなく、優しく微笑む気さくな男性である。
玄関で靴を脱いで上がるスタイル。玄関部分には「ら道本店」の店名プレートや、過去にこのお店を取材し、予約が殺到するきっかけにもなったテレビ番組の記念ステッカーなどが飾られている。
客席はこんな雰囲気。今回は4人で予約しているのでかなり贅沢に空間を使える感じだ。
玄関の右手に厨房スペースがあり、水谷さんはそこでテキパキと作業をしながら色々とお話を聞かせてくれる。
こちらがメニュー表。
ラーメンは790円。
替え玉は140円。持ち帰り用のスープを買って帰ることができるのも嬉しい。アルコールを含むドリンク類は、客席近くの冷蔵庫から自分で持ってくるシステムである。
仲間内で分けていたラーメンがクチコミで徐々に人気に
取材当日、仕事終わりに少し遅れて駆けつける仲間がいたので、全員が揃うまで缶ビールを飲んで待ちながら、水谷さんにあらためて「ら道本店」のことについて聞いた。ちなみに事前にお願いしておくと枝豆や唐揚げなど“お酒のアテ”も用意してくれる。
――水谷さんはもともとラーメン通というか、普通にラーメンが好きで食べ歩いていたんですよね? それはいつ頃のことでしたか?
「冷蔵庫の上に『ぴあBOOK』のラーメンガイドがあるでしょう? それがきっかけなんです」
――これですね。奥付を見ると、1995年に出た本です。
「そう、20年以上前。当時、この本を友達からもらったか買ったかして、一軒一軒食べ歩いてみようと思ったのがきっかけです。この本を見て、『ラーメン屋さんって結構あるんやな』と思って食べ歩いたのが『ら道めぐり』の始まりなんです。」
――この本を片手に一軒ずつめぐっていったわけですね。それが「ら道めぐり」だったと。
「そうです。今だとラーメンを食べ歩く趣味を『麺活(めんかつ)』って言ったりもするそうですね。
僕は仲間と『ら道めぐり』と呼んでいて、店の名前もそこからなんです。友達が『あれはもともと僕が考えた言葉や』とかたまに言うてきます(笑)」
――それからは結構なペースで食べ歩いていたんですか?
「一晩で3、4軒は食べ歩くようになりました。自分の舌を肥やしていく感覚でした。今みたいにネットの情報なども無かったので、本を見て食べて自分でパソコンにランク付けしていって、それでだんだん自分の好みがわかってきて。自分はこってりしたラーメンが好きみたいやなと。それで豚骨を自分で買ってスープを作ってみようかなと思ったのが1200軒から1300軒ぐらいめぐった後でした」
――「ら道めぐり」の結果、自分の好きなスープが見えてきたわけですね。そして今度は自分で作ってみようと。
「そうですね。とはいえ修行も何もしてないですし、作り方を知らないわけです。豚骨ということは、とりあえずお肉屋さんやなと。それで近所のお肉屋さんに『豚骨欲しいんですけどー!』って行って取り寄せてもらって、冷凍の豚骨を7キロぐらい買いました。これを炊いたら美味しくなるんやと思ったら、全然ならないんですね(笑)」
――お店で食べた味には全然ならないわけですね。
「全然違うなーって。そこから色々知識をたくわえて、自分なりに勉強して、失敗を繰り返して、味の微調整を細かく繰り返していくうちにだんだんと今の味になってきたんです。今の味を目指して作り上げたんじゃない。たまたまたどり着いたという感じなんです」
――それは、最初は自分のために作っていたんですよね?
「そうです。自分と、ごくごく親しい友達に分けていただけです。そしたら、『また欲しいねんけど』という声が出てきまして。最初は無料であげてたんですが、友達も『それだと悪い』と『いくらか取って』と言ってくれて、原価分だけもらってたんです。でもだんだん作る数が多くなってきて、ガス代とかが大変になってきて(笑)あと、時間もかかるんです。僕は昼間の仕事をずっとしていますので」
――そうですよね。前に通販でスープを購入させていただいた時に、昼間はお仕事をしていると伺いました。それは今もですか?
「今もです。19歳からずっと勤めています。
だからラーメンに使えるのが、平日の限られた時間が土日しかないんですよね。家庭用の台所では限界もある。そしたら、ある時に知り合いから『うちの厨房を使っていいよ』って言ってもらいまして、その人の所にはちゃんとした設備があったんです。それで月に一回ぐらい大きい寸胴を持って行ってスープを作らせてもらって。そうこうしているうちに知り合いに『Facebookやっとき』って言われて、僕はSNSとかは全然やってなくて苦手やったんですけど、そう言われたので『ら道本店』という名前でアカウントを作ってみたのが始まりなんです」
――その時はあくまで仲間内規模でのことだったんですね。
「Facebookでつながりのある小中高の同級生ぐらいまででしたね。アイコンをラーメン屋の店主風のものにしたので、みんなから『あれ、仕事変わったん?』と言われて(笑)そこで、『食べたいねんけど』って連絡をくれた友達にスープを送ったのが通販のもとになったんです。それを食べた友達がFacebookにタグ付けしてアップしてくれてたりして徐々に広がっていきました。それが7年ぐらい前でしたね」
――スープが評判になって、さらにはこの場所で直接作っていただいたものを食べられるようになっていったと。
「スープを作るために借りていた場所が事情で使えなくなってしまって、色々探したんですよ。本当はラーメン屋さんの居抜き物件がいいんでしょうけど、それじゃ面白くないなと思いまして。ここは、もともと私の親戚の住んでた文化住宅なんですよ。ちょうど空いていたので、了解をとって使えることになりました。内装も半年ほどかけて自分で手作りして直しまして。天井なんかもクロスで工夫してね」
――おしゃれな感じになってます。
「最初はスープを作るための場所だったんですが、ここを借りたことを知った友達が『そこに食べに行きたいな』って言ってくれたので、それなら!と、飲食の営業許可をちゃんと取ってやっていこうと。でも『オープン』って看板を置いてもないし、知っている人が来るだけの場所でしたね」
――ここも徐々に口コミで広まって予約が殺到するようになったということですか?
「そうですね。おかげ様で。テレビに出させてもらったのがやはり大きくて、その直後にFacebookに予約が一気にきまして。ここは一日一組ということにしているので、スズキさんのように三年半待っていただいた方が……」
――あ、私は今回3年半も待ったんですか!? いつ予約をしていたか、自分で忘れてしまっていました。
「そうなんです。それぐらい待ってくださってる方がまだ数千人いてはるんです(笑)。ただ、ここ最近、隣の部屋も借りて設備を増やしまして、スープも大量生産できるようになったんです。なのでスープの通販はお待たせすることなく、すぐ発送できるようになっています。店舗で食べていただく方も、客室を今後増やす予定でして、スタッフも増やして一日一組じゃなく一日に何組かは来ていただけるようにしたいと思っています」
――すごい! スープも以前は半年とか一年とか待って買わせてもらう感じでしたもんね。お仕事がお忙しいなか一人でやられてきたというのに頭が下がります。
「仕事の方もずっと30年やってきて大事に思っているんですが、その脇にはいつもずっとラーメンがあって、やっぱりね、こんなに人に喜んでもらえることはないんです。『美味しい!』と喜んでもらって、ラーメンを作る分のお金や、手伝ってくれるスタッフに還元さえできればそれ以上はいらないです」
――こっちを本業にしようとは思ったりしなかったですか?
「いつか、そうなるといいなとは思っています。時期をみてですね」
旨みの強い豚骨スープ 最後はライスを投入
と、ここで私の仲間も揃い、いよいよ3年半待ったラーメンをいただくことに。運ばれてきたのがこちら。
具材はチャーシューと刻みネギ、とシンプル。スープは豚骨ベースに昆布、煮干し、鰹節、椎茸などでとったダシを合わせたものだそう。通販で購入できるものとまったく一緒で、こちらの店舗でも冷凍したスープを解凍して提供している。一度冷凍した方が口当たりがまろやかになり、旨みも濃くなるのだそうだ。
麺は中太の縮れ麺。お店では製麺所に特注したものを使用しているが、通販のスープにはスーパー等で買える市販の生麺をあわせて食べるのを推奨している。
まず甘みが最初にきて、旨みがじわじわと広がってくるようなスープ。豚骨ベースだというが、豚骨と聞いて真っ先に想像するようなパンチのある感じではなくて、上品な味わい。脂っぽい濃さじゃなくて、旨みの濃さが強い。とろっとしたスープに絡む麺のコシがまたよし。あとチャーシュー! こちらも水谷さんが研究を重ねて作った自慢の品で、これは営業許可上通販はできないので、店舗でしか食べることのできないものだとか。
一緒に食べた仲間がこのチャーシューについて「生クリームみたいにやわらかい!」と言っていたのが面白かった。適切な例えかわからないが、そう言いたい気持ちはわかる。ちなみに、予約時に「チャーシュー盛り」をオーダーしておけばお酒のアテとしても用意していただけるそうだ。知らなかったのが悔やまれる!
残ったスープに、まずは替え玉を追加。
それをズルりと吸い込み終わると、おすすめだというライスも追加した。
これがまた、麺とはまた違ったスープの一面を引き出す感じでたまらない。リゾットのような、洋風な味に感じられてくるから不思議。普段は割と小食な私だが、食欲が止まらず食べまくり、お腹がはちきれんばかりになった。同行者もみな大満足の様子。
――美味しいです。待った甲斐がありました(笑)。
「そう言っていただけると嬉しいです。スープはもっと美味しくしていきたくて、旨みをもっと出したいなとか、ラーメンのことを考えると常にワクワクするんです」
――お昼の仕事もあってお忙しいから以前のようにラーメンの食べ歩きはできないですか?
「前ほどは無理ですね。仕事の休み時間にたまに行くぐらいです」
――今日もお仕事の後にこうして用意してくださったんですもんね。
「そうですね。仕事が終わって準備をして、家に帰ったらFacebookにメッセージでいただいた通販の注文や店舗の予約の確認やお返事などをしますから、結構忙しいです」
――想像するだけで大変です。予約する側はできるだけ「いつか順番が来たらいいな」ぐらいの余裕を持って構えている方がいいですね。
「それがありがたいですね。たまにメッセージでいただく質問で『私の番はいつ頃になるでしょうか?』というのがあって、それが結構困るところなんです。いつご案内できるか、私の方でもどうしても直前になってこないとわからないんです。お待たせして申し訳ないのですが、できれば気長に待っていただければ一番ありがたいです」
――私もまた予約していつか来られるのを楽しみにしています!
「ありがとうございます! 通販のスープはすぐにお送りできますし、私はここが『ら道本店』で、通販でスープを買っていただいたお客さんのご家庭が『ら道支店』だと思っていますので、ぜひそちらで味わいながら待ってもらえたらありがたいですね」
持ち帰り用のラーメンスープと、この日はタイミングよく販売してもらうことのできた特注麺を購入し「ら道本店」を後にした。なんとも贅沢な時間だった。まるで誰かの家に上がり込んだかのように落ち着いた気持ちで、水谷さんから色々面白いお話しを聞きながら食事できるのは実店舗ならではの楽しみ。10人組でワインのボトルを開け、ゆっくり飲んだ最後、締めにラーメンを食べていくグループ客も多いそうだ。
次にまたここでラーメンを食べられる日を、ごくごく気長に待ちたいと思う。
最後にまとめておきます!
・「ら道本店」のスープを通販で買う場合はFacebookの公式アカウントにメッセージを送る形で注文する。通販では現在、特に長く待つ必要なく購入できるそうです
・大阪府東大阪市にある「ら道本店」の実店舗で食事をしたい場合も同じFacebookアカウントにメッセージを送って予約する。こちらは現状、まだまだ長期間待つことになるそうですが、今後一日の対応数が増えたりして順番が来るスピードが速まることもあるそう。
・店主の水谷さんが会社勤めをしながらほぼ一人、たまにお手伝いの方数人と一緒にやっているのが「ら道本店」なので、どうか気長に返事を待って欲しいとのことです。
ちなみにこちらが購入して帰ったスープと麺。
好きなトッピングで楽しめるのは、家ならではの楽しみ!
美味しかったです!
(スズキナオ)
取材協力:「ら道本店」
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