ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんが、YouTuberの人気を分析するシリーズ。今回はHIKAKIN(ヒカキン)を取り上げます。

エアロスミスと共演した日本人


飯田 ヒカキンはYouTuberの代名詞的存在ですが、意外とちゃんと語られていない気もするんです。「小学生向けをねらいすぎ」という批判もあるけど、このひとはエンターテイナーだと思う。だってUUUM(YouTuberのマネジメントなどを手がける会社)の役員もやって、おそらくもう普通に暮らしていくには一生困らないくらい稼いだはずなのに、律儀に動画を更新しつづけていて、マックスむらいとは違っていまだに20万回再生とか叩き出すものを作っているんだもの。「はじめしゃちょーに抜かれた」みたいなオワコン扱いされることもあるけど、マックスむらいの落ちぶれ方を横におけば、まったく違うことがわかる。

藤田 名前からの勝手なイメージで、「非課金」でゲームをどこまでやれるかチャレンジしている人かと思ったのですが、全然違いますね。なにやら、多岐にわたる動画を投稿されていて、なかなか全容が把握できないのですが、どういう方なのでしょうか。

飯田 商品紹介、ゲーム実況、「やってみた」などを手広くひととおりやっているYouTuberですね。もともとはヒューマンビートボックスを使った通称「マリオ動画」で世界的に有名になりました。



 それがきっかけでスティーブン・タイラー(エアロスミス)と共演。



藤田 なるほど、これは確かにすごい。本当にちゃんと実力のある芸を持っている人なのですね。これが2010年に投稿され、大人気になったと。

YouTubeでリアル「成りあがり」


飯田 高卒でスーパーでバイトしながらヒューマンビートボックスで一旗揚げようと思っていた青年がYouTubeと出会って、挫折を経てスターになったと。『成りあがり』ですね。
 ヒカキンはちょっとした動作も視聴者に退屈させないようにロボットみたいな動きをしたり、ボイスパーカッションで変な音を出したりしてアクセントを入れていて、芸が細かい。マックスむらいはもともと「ビジネスとして動画を始めた」ひとだけど、ヒカキンはヒューマンビートボックスで名をあげたくて始めているから、本質的に表現者、エンターテイナーなんですよ。その違いが、さんざん稼いだあと集中力が途切れたような動画しか投稿できないむらいさんの無惨な現状と、ヒカキンがいまだに数十万単位の固定ファンがいることの差に結びついている。
 スーパーのバイトして「こんなの本当の俺じゃねえ!」って言いながら一発逆転を夢見て……っていつの時代もいると思う。われわれ世代だとコンビニバイトしていたというTYPE-MOONの奈須きのことかね。やっぱりそういうひとは地道な下積み時代がある。努力もしているだけじゃなくて、先見の明とそこに人生賭ける胆力がある。ヒカキンだってYouTubeがさほど注目されていなかったときからずーっとやっているからね。ゼロからのパイオニアではないけど「盛り上がってから後追いで参入しました」という人ではない。

藤田 確かに、表現者的な志向性を感じさせる動画が多いですね。

飯田 エアロスミスと共演したのに、マクドナルドの新商品が発売されると買ってきて食べてみる動画とかをアップしつづけているのもヒカキンのすごいところ、おもしろいところ。「成り上がり」したセレブ感丸出し路線でマスコミに打って出るとかじゃないんだもの。



 まあ、ヒカキンもマックスむらいと同じく、いくら儲けても格好はそこらの大学生のTシャツ姿だったりするわけだけど、これは著名な投資家であるウォーレン・バフェットやウォルマートの創業者サム・ウォルトンが低所得者層と似たような格好や「コーラ大好き」みたいな食生活をアピールするのと同じ「戦略」だとは思いますが。ターゲット層の視聴者から共感してもらえる、自分と近いと思ってもらえるようにしていると。

「YouTuberに誰でもなれる」ノウハウを売っていくモデル


藤田 基本的には、ヒューマンビートボックスがメインの「芸」だけれど、それ以外のことにもチャレンジしている人、という理解でよいのでしょうか。ヒューマンビートボックスの作品がすごいのは、ぼくにもわかります。確かにすごい。しかし、それ以外のゲーム動画その他は、特別抜きん出て面白いように思えなかった。そこに謎がある気がするのですが。

飯田 そのあたりは「芸」から入って「人」を好きになってもらうファンクラブビジネスに近いものだと思えばいいかと。あとはわれわれが感じる「面白さ」と、小中学生が感じる「面白さ」は違いますからね。そこを見極めるノウハウがある。
そしてUUUMのビジネスのひとつは、そうした「YouTuberに誰でもなれますよ」というノウハウを売っていくことにあります。情報商材と同じモデルであり、契約したYouTuberに企業からの案件を紹介する代わりに収益を折半するフィービジネスをやっているのがUUUM。YouTubeは再生回数連動で儲かる実力主義の世界なので、うまくできなくても究極的には自己責任、うまくいけばフィーが入る、そしてノウハウ提供側は元手もほとんどかからない。ヒカキンは著書などで動画づくりの手の内をバラしていますが、本を入り口にそっちに入ってきてもらう意図もあるでしょう。
ただそれだけじゃなくて、ヒカキン自身には「手の内を明かしても追いつかれない、そうそう自分と同じところまで来られるやつはいない」という秘かな自負はあると思います。だからこそガンガン情報を流せるんじゃないでしょうか。

藤田 なるほど。情報商材や、「夢追い産業」、あるいは、成功者がロールモデルを提供する自己啓発本のような効果もあるのですね。……成功から展開までが早すぎて、そこに驚きますね。ビートボックスに関しては、ちゃんと芸のある人が、たまたまYouTubeで世界に出て成功したという感じなので、ぼくにも理解できる。しかし、その「展開」の部分で理解の壁にぶつかる。
 あんな音、そうそう出せないですよねw 個人的には、ダフトパンクのやつとか、凄いと思います。



ヒカキンの研究熱心さ


飯田 彼の本『400万人に愛されるYouTuberのつくり方』(日経BP社)にはたとえば……

小・中・高校生が多いから。彼らが一番見やすい時間、習慣化しやすい時間を狙っています。週末を控えた金曜日の19時に動画をアップすると特に反応が良く、逆にテスト期間や受験シーズンになると、多少アクセスが減ります(笑)。ビートボックス動画の 「内容 」も見直しました。それまでは有名なアーティストのカバーが中心でしたが、オリジナルの楽曲を意識的に増やした 人気曲のカバーは再生回数を稼いだり、新しい層を開拓するのには有効ですが、大人の事情としては、カバー曲からは一切収益を得られないという問題もありました。オリジナルの動画では、「季節性」を意識することも大切。

サムネイルをあえて細かく作り込まないのは、スマートフォン対策でもあります。実は僕のチャンネルを見てくれている人の約7割がスマホ経由。パソコンなどと比べてスマホは画面が小さいので、ちまちましたサムネイルを作っても目に止まりません。だから、サムネイルに文字を入れる場合も、できるだけ簡潔に大きい文字で表現するようにしています。

アナリティクスをあまり活用していないユーチューバーもいますが、僕は月末にまとめてチェックしています。注目しているのは、再生回数とチャンネル登録者数。特に新規の視聴者をどれくらい取り込めているかが重要なので、どういうジャンルの動画が効果が高いか確認します。再生回数は、最近だと1動画で200万回を超えたら「俺すげぇ!」という感じ。たった1年前は毎日30万アクセスを目標にしていて、海外のトップクリエーターが毎日のように100万アクセスを超えるのを見てがくぜんとしていましたが、日本でもYouTubeの注目度が高まっている今は全然環境が違ってきています。

とかあけすけに書いてある。研究熱心。さすが高校時代にスキーで国体までいってるだけあって、体育会系的というか、根本的に努力好きだと思う。で、自分のノウハウを横展開して幼稚園のころから友達のMasuoも兄貴のSEIKINも有名YouTuberになっているのが「説得力あるわあ」と思わせるのに一役買っている。

藤田 なるほど、研究熱心でもある、と。横展開についてもう少し伺いたいのですが、彼には最初からそういうセンスや傾向が?

飯田 いや、最初はうまくいってなくて、ひとに聞きまくったり、人気の動画を見て研究したりして今のポジションを得たと本人が言っていますね。彼が得していることもあって、日本人は日本語の壁があるから英語圏のYouTuberが全然有名じゃない。有名にならない。逆に言葉に寄らない音楽もの(ヒューマンビートボックスとか)なら世界でも観てもらえる。英語圏のYouTuberの手法をパクっても「パクリだ」って叩かれにくい。それをヒカキンとか、初期から試行錯誤しているYouTuberはうまくやったんだと思う。海外のビジネスモデルを日本に輸入する「タイムマシン経営」ならぬタイムマシンYouTuberとして。
 ノウハウ横展開がビジネスになる、と思ったのはたぶんUUUMの社長と出会ってからじゃないかな。
 UUUMの社長・鎌田和樹さんは時にブラック企業ぶりを噂されるあの光通信で勝ち抜いてきた経歴をもっています。これマメな。

藤田 なるほど。基本的には、このヒューマンビートボックスの才能ありきで、あとは根性と試行錯誤、と。で、UUUMと組んでビジネスとして展開ですか。面白いモデルですね。

毎日動画を見ている人たちはどういう感覚なの?


藤田 よくわからないのは、ファンの人たちなんですよ。ぼくだったら、この人の、メインの芸の「すごいの」だけ見ようと思うわけですよ。でも、他の多くの人は、別の動画も見るわけですよね? その動機がよくわからないのです。
 ヒカキンさんのファンになって、彼に毎日、YouTubeを通じて接するという、擬似的な「友達」みたいな感覚なのでしょうか?

飯田 さっきも言いましたが「芸」から入って「人」を好きになるのでは? 歌手やプロレスラーにハマるのと同じで。
 ヒカキンの本にも「短いコメントを書いただけで、なんとなく一緒にそのチャンネルを作っているような気がしませんか? 視聴者と一緒に作る「参加型チャンネル」こそ、僕が目指している動画作り」と書いてあります。インタラクティブに参加している感じがいいんじゃないでしょうか。CGMでクリエイターを応援したくなる理由は、そういうところにあると思います。

藤田 「人」に興味を持つのは、芸能人ブログを毎日チェックする人たちと同じ原理だと思えば理解しやすいのかもしれませんね。芸能人の「芸」じゃなくて「生活」なんか見て何が面白いんだとぼくは思うけど……。文字が中心のブログではなくて、動画であると考えればわかりやすいかも。

飯田 そうですね。動画のほうが直感的にわかりやすいし。
 ヒカキンの場合は芸の実力もあったし、動画を始めるタイミングもあったし、本人の資質的にもYouTube毎日更新が向いていたんでしょう。たとえこの先YouTubeが全体的に落ち目になっても、このマメさと表現欲求があれば一生なにかしらこのひとに対する需要はあるでしょう。結婚式の司会でもなんでも、いくらでも仕事がありそう。

藤田 視聴者は登録したYouTuberのチャンネルを観るのが、暇なときに習慣になっているということかな? ぼくにはない習慣なので、想像するしかないのですが。

飯田 そうですよ。「何時に投稿する」っていうのもアナウンスされてるから、投稿されたらすぐみんな見る。

藤田 なんのために?

飯田 アニメのリアルタイム視聴と同じで、一刻も早く見たいし、共有したいから。

藤田 あ、そうなんだ。ぼくはインターネットのおかげで、時間に拘束されずに、こっちの見たいときに見れるっていうのが自由だと思っていたので、驚いた。投稿されたら毎日見るってことは、リアルタイム性や同期性がむしろ重視されるってことなんですね。不思議だなぁ。

飯田 そうかな? ライブ性と継続性があったほうがおもしろいという感覚は普通だと思う。もちろん、「なんとなくテレビつける」に近いくらいの楽しみのひともいるだろうし、熱心なひともいるだろうし、そこはグラデーションあるけども。
 好きなアーティストの新曲なら、いつでも聞けるとしても、リリースされてすぐ聞きたいでしょ? それと変わらないと思う。今すぐ、とか、リアルタイムで、のほうが「体験性」は強い。

藤田 好きなアーティストが三年ぐらいかけて作ったアルバムなら、そりゃ発売されてすぐ買いにいきますが、好きなアーティストが毎日配信する番組は特に観たいと思わないな……(笑) でも、ぼくの感覚の方が少数派なのかもしれないと感じてきました。これまでもアーティストがやっている生放送のラジオの番組は数多くあったので、そこからの類推で、需要があるのはわかります。
 ぼくは、今、芸人の永野さんの「イワシになっちゃった」のギャグとか好きだけど、彼が毎日出てくる番組なんて、絶対観たくないですよw 芸のエッセンスの部分だけを抽出していいとこどりして観ていく方が短い人生を有意義に過ごせると思うのですが……(笑) 時代に追いていかれてるのかなぁw