ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」、両腕のない謎の女神像「ミロのヴィーナス」など、世界中から集められた名画・名品が所蔵されている「ルーブル美術館」。

だが水戸にある茨城県近代美術館では今、そんな美の殿堂もマネできない、「びっくりの殿堂」ともいえる展覧会が開かれている。
例えば入り口には、高さ6m、幅8mという巨大ガニのバルーンアートが。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
河口洋一郎「宇宙蟹(うちゅうがに)/Cracco(クラッコ)」2016年 東京大学河口洋一郎研究室蔵 撮影:齋藤さだむ


そうかと思えばある展示室には、セロハンテープやザル、積み木など床に並べられた日用品の間を、ライトが点灯した鉄道模型がゆっくりと移動していく作品も。部屋の壁や床に映し出されたモノの影は、夜汽車のライトが映し出す街の景色のように幻想的ですらある。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
クワクボリョウタ「10番目の感傷 (点・線・面)」2010年 撮影:齋藤さだむ


こちらは、鉛(なまり)で固められた24冊の百科事典。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
河口龍夫「関係-叡智・鉛の百科事典」1997年 いわき市立美術館蔵 撮影:齋藤さだむ


豚のオブシェに、ビーズアクセサリー用の模造真珠をつけた、ことわざどおりの作品も。ペット用のブタで「ポットペリー」という品種がモチーフだとか。
真珠をたくさん着けて心なしか嬉しそうにみえる。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
小野養豚ん「飼うのか喰うのか」2014年



ウゴウゴルーガのキャラクターデザイナーや明和電機も生んだ凄い学科の展覧会


そんなアーティストたちによる作品展のタイトルは「奇想天外! アートと教育の実験場 筑波大学〈総合造形〉展」。

筑波大学は科学技術のイメージが強いが、意外にも、多くのアーティストを輩出している日本アート界のホットスポット。

中でも芸術専門学群の「総合造形」コースは、ナンセンスマシーンの開発者「明和電機」や、「ウゴウゴルーガ」のキャラクターデザインを手がけた岩井俊雄、さらにはベストセラー絵本「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)を書いたヨシタケシンスケ、大手企業のコマーシャル映像などを手がけるクリエーター集団「パンタグラフ」など各分野のトップランナーが巣立った学科として知られている。

こちらでは、そんな同大の「総合造形」の教員や卒業生15人による約50タイトルが今月29日まで展示されている。ちなみに総合造形は3、4年生のコースで、大学院でも引き続き受けられる。


学生の課題作品も展示


学生が提出した課題作品も陳列されている。その一例が「メールアート」。
「郵便」という仕組みを使って、教授宛てに「作品」を送るというものだ。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
無地のジグソーパズルに宛先を書いた「ハガキ」。風船や、風邪を引いたときにつけていたマスク入りのペットボトルも、教授宛てに送った「作品」


そんなメールアートを授業に取り入れているのは、国内外で活動する現代美術作家でもある國安孝昌教授。屋外にはそんな教授の作品も。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
國安孝昌「集雨塔2016」 2016年




明和電機の大学在籍当時の作品も


また明和電機(土佐信道)の作品も。展示されているのは最新作の1つ「プードルズヘッド」。エンジンで駆動するナイフが並んだアゴで、いろいろ噛み砕く装置だという。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
明和電機「プードルズヘッド」2016年(部分)


そんな明和電機が約30年前に作った学生時代の貴重な作品も。
右下の各ボタンを押すと、首や手、腰などそれぞれの箇所が動くだけの「ロボティ」という作品。ナンセンスマシーンの原点が垣間見えるようだ(ただし現在は動きません)

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
土佐信道「ロボティ」1988年


ウゴウゴルーガの原画スケッチも


90年代前半に大ブームを巻き起こした伝説の子ども番組「ウゴウゴルーガ」(フジテレビ系)に出てくるシュールなCGキャラのデザインを手がけた1人、岩井俊雄。彼も総合造形の卒業生だ。館内には「おきらくごくらく!」のセリフが有名だったテレビくん、トマトちゃん、シュールくんのキャラクターグッズや、貴重な原画スケッチ(複製)も展示。

メイン作品は、「SOUND-LENS」といって、手に持ったレンズを光に向けると、光が音になってヘッドホンから聞こえるというものだ。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
岩井俊雄「SOUND-LENS」2001年 撮影:齋藤さだむ


それにしても不思議なのは、「総合造形」というコースに関わるこれらの人たちの作品に、共通点や似通っている箇所がまったくないということだ。それはなぜなのか?

「1975年に筑波大学に開設された『総合造形』は、コースの名こそ先につけられていましたが、何をやるかはまったく決まってなかったのです。
そこで、着任した教授たちは何度も議論を重ねながらコースの基軸を定めながらも、各先生が得意とするジャンルを生かした授業をしていったのです。それが、今あるような総合造形の幅広さに結びついているのだと思います」(茨城県近代美術館 美術課 主任学芸員 吉田衣里さん)


「総合造形」卒業生に聞いた


また、2005年に同大の大学院を修了し、現在は助教を務めている「小野養豚ん」(ようとん)さんに、「総合造形」について聞いてみた。先ほどの豚の作品の製作者だ。この養豚んさん、実家が群馬の養豚場だったことから自分のアイデンティティを作品に刻み込んでいる。

「自分の表現力を高めようと思った私は、筑波大学修士課程芸術研究科にある総合造形に入りました。それまでの私は、『絵はここまで描かなくてはならない』とか、『立体はもっと作り込まなくてはならない』など自分の中で表現することの自由に対してルールを作っていたように思います。


でも総合造形では使う“素材”を1つに限定していないこともあり、自由に発想して形にするという、芸術表現で大事なものを取り戻すことができました」

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
小野養豚んさん


「総合造形」コースではプラスチックや木材を使ったり、金属を溶接したり、体を使ったパフォーマンスをしたり、時には映像や写真を使うなど、いろいろなアプローチで新しい時間と空間を創る授業が今もある。

そんな、『表現することにおいては限界などない、もっと柔軟に自分のやりたいことをアウトプットすればいいんだ』という「頭のネジを1つ、わざと外す」大切さを学生たちは学んでいるのかもしれない。

ウゴウゴルーガの岩井俊雄、明和電機を生んだ筑波大「総合造形」の自由な発想
小野養豚ん「暖」2009年


現在、大学で教鞭を執りながら作品制作も行っている養豚んさん。

「芸術表現をしていると、時には、無駄なこと、意味の無いことと、冷たい言葉をかけられる時もありますが、それでも続けていられるのは、『総合造形』で表現者としての責任感や強い意志を持つ感性を養うことができたからだと思っています」

「総合造形」の 2016年度の3、4年生は合計で、17名。大学院生は、12名。ここから将来日本のアートシーンを担う人材が現れるのかもしれない。
いずれにしても閉幕は1月29日。ぜひ観に行ってみよう。