『万引き家族』ドイツで公開 現地観客に刺さった「家族」への問いかけ

12月28日、クリスマス後のセールで賑わうハンブルクに足を運んだ。目的は、前日にドイツで公開初日を迎えた映画『万引き家族』を観ることだ。
是枝裕和監督の同映画は2018年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞しており、ドイツにおける注目度は高い。テレビでは同作品の予告やレビューが流れ、ミニシアターだけではなく、通常では日本映画を上映することのほとんどないシネコンでも上映されている。

同作品に集まる注目はハンブルクの映画館でも明らかだった。筆者が鑑賞したのは午後3時15分から始まる上映で、子ども向けではない映画にしては早めのスタートだ。場所は繁華街から少し離れたエリアにあるミニシアター。こうした条件にもかかわらず、90人を収容できるスクリーンはほぼ満席で、上映開始5分前に到着した時には前方の2列にしか空席は残っていなかった。
『万引き家族』がドイツ社会でこれほど関心を集めるのはなぜか。

独観客を揺さぶる「家族とは何か? 」


ひとつはパルムドール受賞という理由だ。権威のある映画祭の賞はそれだけでもドイツの観客の好奇心をそそる。加えて、『万引き家族』は現時点で非常に高い評価を得ている。例えば、映画批評雑誌「キノ・ツァイト」が運営するサイトのレビューでは5つ星中4つ星の評価だ。また、シュピーゲル・オンラインや独紙ヴェルトなどの大手メディアも同作品を絶賛しており、独紙ツァイトは「(筆者注:カンヌ国際映画祭の)審査員の判断は正しかった」と述べている。

もうひとつの大きな理由は、是枝監督の「家族とは何か?」という問いがドイツの観客を強く引きつけることだ。
ドイツメディアで公開された批評は、この問いを中心に展開されており、批評家は是枝監督が『万引き家族』を通して伝える「家族」を分析する。例えば、シュピーゲル・オンラインの分析はこうだ。「家族とは人が産み落とされるところではない。家族とは日々の行動を通して作り上げられるものだ」

『万引き家族』が問う「家族のあり方」が観客の心を揺さぶるのは、ドイツにおいて「家族」が重要な意義を持つからだ。出版代理店のファツィートコミュニケーションがドイツ外務省と共同で提供する冊子『ドイツの実情』によると、およそ80%のドイツ人にとって、家族は最も重要な社会制度であり、個人の価値観や行動に影響を与える集団と認識されている。
『万引き家族』ドイツで公開 現地観客に刺さった「家族」への問いかけ

「家族」は社会において欠かせない制度であるが、「家族」が持つ意味は時代とともに変化する。
ドイツ社会においても、これまでの「家族観」と変わりゆく「家族のあり方」が混ざり合っているのが現状だ。揺れる家族像を持つドイツ社会にとって、伝統も新しい価値観も否定することなく、従来の家族像を覆す『万引き家族』が衝撃的だったのは不思議ではない。


安藤サクラの演技に息をのむ独観客


ハンブルクの観客も『万引き家族』に驚いている様子だった。映画冒頭、リリー・フランキー演じる治が樹木希林演じる初枝に「箸で人を指すな」と注意されるシーンでは笑いが起こったものの、物語が進むにつれて客席の緊張感も高まる。少しずつ明らかになる家族の秘密を理解しようと、観客は必死でスクリーンを見ていた。
『万引き家族』ドイツで公開 現地観客に刺さった「家族」への問いかけ

特に、話も佳境に入った後半、警察官に取り調べを受ける安藤サクラ演じる信代が涙するシーンは印象的だ。
カンヌ国際映画祭の審査委員長、ケイト・ブランシェットも感銘を受けた安藤サクラの演技に、客席は静まり返っており、息をする音も聞こえなかった。

『万引き家族』が投げかける「家族とは何か?」という問いは、日本だけのものではない。「自分から見える世界が全てではない」と自戒しながら、答えのない問いに挑戦し続ける是枝監督に対してドイツの観客からも称賛が送られた。
(田中史一)