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渥美半島は日本でも有数の農業地帯。愛知県田原(たはら)市の農業生産出荷額は市町村別で全国1位、地元の「JA愛知みなみ」も農産物販売高で年間約500億円を売り上げる日本最大の農協である。
「もともとこの辺りは半農半漁の地域だったんだよ。価格補償があるコメではなく、補償のない野菜栽培に挑戦して成功した人が多い。補償を当てにして『守る』よりも、自分の才覚で『攻める』漁師的な気質があったんだろうな」
だが、その農協の旧態依然とした体質に嫌気が差し独自に生産から販売まで手がける「新鮮組」を立ち上げ闘ってきた自負がある。
「個別補償なんていらないんだ。ほかから補填されなきゃ成り立たないなんて会社なら倒産だよ。農協は国の保護政策や補助金を利用して、実態がない形だけの農家を守ってきた。日本の補償金額は単位面積当たりでEU諸国の10倍。農業を騙(かた)った“生活保護”で守ってるのは自分らの利権だろ」
その農協はTPPに反対の立場を取っている。
「でも条件交渉といったって、これはアメリカが仕掛けた戦争で、最初から逆らえないんだからよ」
実際、その意向に従う自民党が安定多数の政権を勝ち取り、もはやTPP参加は避けられない。ならば、自由貿易になったとき、世界で戦える農産物を、強い生産農家を作る努力をすべきではないか。
これからの農業経営者は華僑ならぬ「和僑」となって海外進出し農産物を売っていくという近未来図も新鮮組は描いている。その一例として、中国やタイで農業ビジネスに取り組み、タイではコシヒカリを生産するプロジェクトを立ち上げ8000haという世界最大級の水田で生産する目標もある。
「農業が一番弱い産業だといわれて保護されてきたけど、日本ほど農業に適している国は世界でもないんだよ。
それゆえ、既得権益を守ろうと補償や巨大組織にがんじがらめになるのではなく独自のネットワークで攻めていく姿勢が必要であり「日本を農業の輸出大国にする」ことこそ生き残りの道だという。
もっとも、いくら農業に適した国だといっても、ただ今までどおりコメや野菜を作り、牛や豚を育てているだけではTPPの黒船にのみ込まれてしまう。また、高齢化する地域農家をどう救うのか。
「補償のために放棄農地持って、作物も作ってないのはすでに死んじゃってるんだよ。でも年寄りの技術や伝統を生かして、原料生産型の農業から、新しく加工や販売にまで生産者が関わる仕事づくりを考えろってこと。『ゆりかごから墓場まで』の農業をめざせば地域ブランドとして勝負できるんだ」
ところが、その障害になっているのが各種の規制だ。
「畜産農家が自分の店で肉を使い、地元産のお米や野菜を仕入れれば地産地消にもなるし雇用も生まれるだろ。バアさんのおにぎりなんかうまいよ。でもこれは、あくまで農家が農地でやらなきゃダメなんだ。地目を変更したら一般飲食業界が入ってくるからな。
官僚がやろうと思えばすぐにできることばかりというが、それを縛っているのが規制だったり各省庁が出す「局長通達」である。外部に対しての強制力はないが内部的には従わなければ公務員の服務違反となる。当然、背後には国や外部団体の圧力と利権が絡む。
「だからアメリカが敵じゃない。TPPの敵は国内にいるんだよ」
TPPという黒船によって規制緩和されるならば大歓迎だが……。
(取材・文・撮影/新井由己)
●岡本重明(「新鮮組」代表)
1961年生まれ、愛知県出身。
■『農協との「30年戦争」』(文春新書)では目先の補助金に頼る農家、票欲しさに金をばらまく政治家、改革に背を向けてきた農協を徹底批判。日本の農業の根深い問題や周囲との軋轢、出会った人々からの教えを赤裸々に描く。ほかに『田中八策』(光文社)