ロマン優光のさよなら、くまさん

連載第54回 『ゴールデンカムイ』よんだ

 今回のお題は覚悟してたんですよね。あれがくるかと思って。

あらゆる切り口で言い尽くされてるような話をいまさらしても後追いの上に何も付け加えることはないわけで「非常に厳しいな。」と思って震えてたわけですよ。そんな時に届いた編集氏からのメール。戦々恐々としながら開いたところ、「今回はマンガ大賞をとったということでゴールデンカムイでいきましょう」。やったー、乙武くんじゃない! 乙武くんのことじゃないぞー!  俺の担当は優秀だー! やったー! そういうわけで、今回は野田サトル先生の『ゴールデンカムイ』について書こうかと思います。しかし、ここで困ったことに自分は面白いもの、好きなものに関しては言葉が少なくなるほうで、ほっとくと「『ゴールデンカムイ』はとても面白いので、みんな読んだほうがいいです。」ぐらいしか言えなくなるのですが、それではさすがにマズいわけで…。ギャグのバランスとかジビエ料理とかわかんないし。
西部劇の影響が! とか、それを言うなら『用心棒』が! とか、せもそもハメットの『血の収穫』が! とか、やっぱ床屋出ると西部劇感ますよねー! とか、そんな話は私がしてもしようがないし、先生と対談もしてる町山さんみたいに本当に詳しい人がやればいいと思うのですよ。ま、私は私なりの『ゴールデンカムイ』の感想をのべさせていたきたいと思います。

『ゴールデンカムイ』のいいところって無駄な掘り下げがないとこだと思うんですよね。物語はエンターテイメントの基本に忠実な「お宝を奪い合う」、舞台は「明治の北海道」、ほんとにこれだけの縛りで成り立ってる、これがまずありきの作品なんですよ。アイヌ民族に対して過剰な意味付けがされてるわけでもなく、人間の業がとかそんな話でもない。北海道といえば思いつく、アイヌ文化、新撰組、屯田兵、網走刑務所、三毛別羆事件といったものを片っ端からぶち込んできてるだけで、そこには特に意味付けはされてないのです。

アイヌの金塊というお宝もそれこそヒッチコックのいうマクガフィンそのもので、深い意味はないと思います。意味付けがされてないというのは、いい加減に扱うということとは違います。しっかりした調査は絶対にやってますよ。そうでないと必要なとこだけ取ってくるなんてことはできませんよ。あの敢えて掘り下げない姿勢こそ、物語のシンプルさを最大限に活かすためにはベストな処置なのです。作品内で過剰な思い入れのある対象があると、ついつい無駄に細部を説明しがちで物語のバランスが悪くなったり、テンポを崩しがちです。
それを排除してるから、あの大胆でスピーディーなストーリー展開があるのではないでしょうか。
 あと、引用の豪快さも魅力の一つですよね。脱獄王・白鳥由栄、木村政彦の師匠・牛島辰熊という、やや後世に活躍した人物をモデルにしたキャラを時代を越えてぶち込んできたり、江渡貝弥作というヒッチコックの『サイコ』のモデル・エド・ゲインがモチーフでしかない人物をぶち込んできたり。家永カノは、現実に殺人ホテルを経営してた医師免許をもつ殺人鬼・H・H・ホームズ(家永の家はホームズのホームから?)と若返りのために処女の血の風呂に入っていたと言われる血の伯爵夫人・エリゼベート・バートリのキメラに思えますし、辺見和雄は放浪癖のあるシリアルキラーだし辺見という姓はヘンリー・ルーカスのヘンリーから来てるのかも。33人殺しの津山という小ネタもありました。野田サトル先生、シリアルキラー・ネタお好きですな。
あくまで表層的な情報をモチーフにしてるだけだから、元ネタを知らなくても楽しめるし、モチーフになった人物とは全く違う人物造形がされていつも別に気にならない。ここでも無駄に掘り下げないという部分がすごく良い風に出てると思います。

いろいろ考えてみる

 それと、土方歳三(及び永倉新八)を除けば、実在の人物が出てこないというのは何なんでしょう。土方歳三という人は織田信長ほどでないにしろ、実在の人物でありながら、フィクション内でただのサディストにされたり、BL世界の住人にされたり、異界の化け物にされたり、良いように使われてるキャラですので、今さらどんな役柄でも大丈夫なのかもしれませんが、なにぶん近過去が舞台ですし、遺族が存命の場合も多いので、色々考慮すると実在の人物は使いにくいということで今後も登場してこない可能性が。まあ、自分の先祖が悪党・変態・キ◯ガイ・化物扱いされたら、ふつう嫌ですもんね。本当の子孫かどうかはわかりませんが、数多のフィクション内で先祖を常にトップクラスで酷いキャラ造形をされながらも怒らない織田信成という人は本当に心が広い人なのかもしれません…。

まあ、それでも、のっぺらぼうやキロランケが、ラスプーチンの部下、あるいはロシア共産党のテロリストとかいう展開だったら大丈夫そうですけどね。この時代、武田惣角が武者修行の旅をしていたり、姿三四郎のモデル・西郷四郎がアジア各国の独立運動を支持する新聞記者として活動してたり、幸徳秋水がアナーキズムを引っさげてアメリカから帰国していたり、坂本龍馬の甥・坂本直寛率いる坂本一族が北海道に入植していたりと、色々と面白い人物がまだまだいるんですよね。まんま本人が出てこなくても、モチーフにしたキャラとか小ネタでいいから出てきたら楽しそうではありますね。

 まあ、色々と駄文を書き連ねてきましたが、私はこの作品を明治の北海道に酷似した異世界を舞台にしたファンタジー活劇だと思っており、シリアルキラーと山田風太郎が好きな自分にとっては自分の好物のいいとこどりだけで出来た作品なのです。それはさておき、『ゴールデンカムイ』は本当にエンタメの王道で単純明快な面白い作品なので読んでみるといいと思います。

<隔週金曜連載>

おすすめコミックス:ゴールデンカムイ(6)/野田サトル(集英社)
http://books.rakuten.co.jp/rb/13770596/

【ロマン優光:プロフィール】

ろまんゆうこう…ロマンポルシェ。

のディレイ担当。「プンクボイ」名義で、ハードコア活動も行っており、『蠅の王、ソドムの市、その他全て』(Less Than TV)が絶賛発売中。代表的な著書として、『日本人の99.9%はバカ』(コアマガジン刊)『音楽家残酷物語』(ひよこ書房刊)などがある。少女閣下のインターナショナルの里咲りさに夢中らしい。

おすすめ書籍:「日本人の99.9%はバカ」/ロマン優光(コア新書)
http://books.rakuten.co.jp/rb/13104590/

おすすめCD:『蠅の王、ソドムの市、その他全て』/PUNKUBOI(Less Than TV)
http://books.rakuten.co.jp/rb/13292302/

連載バックナンバー(最新10件)はこちら
http://mensbucchi.com/rensai-bn/20160322204147 (コピペして検索窓に)