緊迫する東シナ海、南シナ海情勢を受け、アメリカ政府は極東地域に新たな空母の「前方展開」を検討しています。現代戦のかなめたる「空母」、なぜここまで重要視されるのでしょうか。
昨今、東アジアをとりまく国際情勢は大変厳しくなりつつあります。特に経済発展を遂げた中国はその軍事力を背景に、南シナ海・東シナ海において国際法上、根拠に欠けた不当ともいえる過剰な海洋権益の主張を繰り返しています。
こうした状況に対応すべく、アメリカでは在日軍横須賀海軍施設(神奈川県)を母港とする空母「ロナルド・レーガン」に加えて、新たにもう1隻の空母を極東に「前方展開」することが検討されています。
「平成28年度日米共同統合演習」にて、フィリピン海を航行する米空母「ロナルド・レーガン」(手前)。右上は海上自衛隊の護衛艦「いずも」(画像:アメリカ海軍)。
現在アメリカ海軍はニミッツ級原子力空母10隻を運用中で、「ロナルド・レーガン」を除く9隻はすべてアメリカ本土を母港としており、東海岸のノーフォーク(バージニア州)に5隻、西海岸のブレマートンに2隻、サンディエゴに2隻が駐留します。
アメリカ海軍空母艦隊「空母打撃群」は1隻の空母とそれを護衛する3隻のイージス艦、そして攻撃型原潜によって構成され、その航空戦力は戦闘機の数だけでも五十数機と、ノルウェーやオランダの空軍に匹敵します。一国の航空戦力相当を地球上あらゆる地点に投射可能であるがゆえに、空母はあらゆる兵器の中でも特別な意味を持った存在です。
世界各地で実施している「航行の自由作戦」のかなめアメリカ政府はかねてより、他国が過剰な海洋権益を主張する海域に対し艦艇を派遣し航行させることで、「アメリカは許容しない」というメッセージを与える軍事行動、「航行の自由作戦」を40年近くにわたり断続的に実施しています。空母は巨大な攻撃力を有するが故に、実際に武力を行使しない「航行の自由作戦」においても最大級の圧力を相手に加えることができます。
ただし武力を行使しないとはいっても、必ずしも戦闘が発生しないとは限りません。実際に実弾射撃にまで至った事例もあり、1981(昭和56)年の「シドラ湾事件」ではリビア空軍の戦闘機編隊が空母「ニミッツ」に接近、うちリビア空軍の戦闘爆撃機スホーイSu-22と艦隊防空にあたっていたグラマン(当時)F-14「トムキャット」が、可変後退翼戦闘機同士による珍しい2対2のドッグファイトに突入しました。このときは、高度な情報処理システムと新型サイドワインダー空対空ミサイルを搭載するF-14が圧倒、Su-22を2機とも撃墜し勝利しています。また1989(平成元)年にもシドラ湾において、F-14と可変後退翼戦闘機MiG-23によるドッグファイトが発生し、やはりF-14が勝利しました。
米海軍のF-14「トムキャット」は2006年9月にすべて退役したが、2017年現在、唯一の輸出先であるイラン空軍にて運用が続けられている(画像:アメリカ海軍)。
2016年には東シナ海において、中国軍戦闘機と航空自衛隊戦闘機が異常接近し、ドッグファイトに近い状態にもつれ込んだのではないかという報道が何度かありました。
現在の米中関係ならばドッグファイトとなった場合でも、シドラ湾事件のように実弾射撃にまで至るとは考えにくく、あったとしてもレーダー照準によって追い返す程度となるでしょう。しかしながら突発的に両者が望まぬ撃墜・被撃墜が生じることも、十分にあり得る未来だといえます。
かつては手を引いた中国、次は…?1995(平成7)年から翌年にかけての「台湾海峡危機」では、台湾周辺海域にミサイルを撃ち込む中国に対抗すべく、アメリカは台湾海峡へ空母を派遣しています。このころ空母に対する有効な攻撃手段を持たなかった中国はこれを受け、ミサイル実験を中止せざるを得ませんでした。
たった1隻の空母を恐れ、手を引かざるをえなかった台湾海峡危機の結末は、中国に大きなショックを与えました。
2016年12月25日、太平洋への進出が初めて確認された、中国海軍の空母「遼寧」(画像:防衛省統合幕僚監部)。
アメリカ海軍による前方展開空母2隻化が実現するかは今のところ未定ですが、いずれにせよ極東地域における空母の活動がより活発になることは避けがたく、たとえ実現しなくとも、補給のために「ロナルド・レーガン」以外の空母が佐世保や横須賀に寄港する回数は増えるかもしれません。
【写真】映画にも登場、米空母「ニミッツ」
映画『ファイナル・カウントダウン』(1980年、米)では、太平洋戦争の真珠湾攻撃直前にタイムスリップし、歴史に介入するかどうかを迫られた(画像:アメリカ海軍)。