STAP細胞のマウス実験のさいの実験ノートにはこう書かれていた。ねつ造疑惑を晴らすために小保方晴子氏の代理人弁護士が「実験が行われた証拠」として5月7日に公開したものだ。
いわば切り札の実験ノート。しかし、見た瞬間、「あ……あれ?」と首をひねってしまった。
PCが普及している今だからこういうのもアリなのかも。偶然あんまり詳しくない部分を抜き出してしまったのかも。いろいろ研究事情を想像してはみるものの、ぱっと見た感想としては「中学生の理科の授業ノートみたいだ……」に尽きる。
理系の研究者や学生以外は、「実験ノート」それ自体になじみが薄い。実際、実験ノートはどのようなことが書かれているものなのだろう。
理系の学生に向けたメッセージ本『君たちに伝えたい3つのこと』(中山敬一著/ダイヤモンド社)では、「研究を面白くする秘訣は実験ノート」として、実験ノートの構成を紹介している。ポイントは「実験ノートを『プチ論文』にする」こと。
(1)タイトル
(2)日付
(3)実験目的
(4)材料・方法
(5)実際におこなった手技
(6)結果
(7)考察
イメージは「優れた企画書」。それだけで人を説得できるようなノートを作るのが、よい論文を書くコツでもあるし、素晴らしい発見にもつながる。
著者は、医学部を卒業し、医者にはならずに研究者になった。大学の教授でもあるので、実験ノートにまつわる学生の失敗ケースも書いてある。
「ほとんどの学生は指導しないと、ノートには(5)実際におこなった手技、だけをちょこっとメモ程度に書くだけしかしません」
「(5)実際におこなった手技、についてもほとんどの学生はうまく書けていませんね。私は、実際におこなった手技は、どんな小さなことでも記載します。(中略)毎回毎回具体的に記載します」
「プロトコール(実験手技をまとめたもの)にサインペンで書き込みをしてあるだけでノートはつけていない、という学生にしばしば出会いますが、きちんとした初期教育を受けていないんだなぁと思ってしまいます」
「量についても適当に最終濃度だけ書いてあれば良い、というものではありません。20マイクロリットル系と1ミリリットルの系では、同じ組成でも反応の進み方はかなり違うことは、私は経験を通じて知っています」
もちろん、このノートの作り方が日本の共通ルールというわけではない。出身大学や、出身研究室によって、様式や記載内容は変わってくる。けれど、実験ノートが「論文の基礎となるもの」というとらえ方は変わらない。こうした視点で見る小保方氏の実験ノートは、悪い学生のノートのお手本だ。
小保方氏は「STAP細胞作製は200回以上成功している」と主張しているが、誰も再現実験に成功していない。それはSTAP細胞の真偽という以前に、この実験ノートの問題によるところが大きそう。
「ストレス条件を試した」は、具体的にどのような条件を試したのか、詳細に書く。
「陽性確認」はどのように確認できたのか、どのくらいの時間で現れたのか、きちんと書いておく。
学生のときにノートの取り方指導をされず、ここまで来てしまったのでは、と疑ってしまう。
では、小保方氏出身の早稲田大学の指導が足りなかったのだろうか。小保方氏の後輩にあたる、先進理工学部応用化学科の出身者に聞いてみた。彼によると、大学1年の全体ガイダンスでノートの取り方は簡単に教わり、実験ごとに教員が実践できているのかチェック。実験のたびに必ずノートは書き、手順・得られたデータ・図の貼り込みなどを記載していたとのこと。
研究室や専門によって違いはある。しかし、早稲田大学そのものが特別指導を怠っていたわけではない。
『君たちに伝えたい3つのこと』は、理系の学生だけではなく、文系の学生やビジネスパーソンにも向けられた本だ。漠然とした不安を解消し、「あのときああすればよかった……」という後悔なく生きるための考え方を3つ挙げている。
・人生には「目標」と「戦略」が必要で、それは理性的に自分で決められる
・誰かのためでなく、自分のために生きよ。
・まずはルーチンワーカーではなく、クリエイターを目指すべき
ここでいう「クリエイト」とは、もちろん「ねつ造する」という意味ではない。
(青柳美帆子)