Twitterのハッシュタグ「#もしも歴史上の人物がTwitterをやった時一番炎上しそうな呟き」が非常に面白かった。
#もしも歴史上の人物がTwitterをやった時一番炎上しそうな呟き - Togetterまとめ

確かに過去にインターネットがあったら「やらかしちゃいそう」を想像するのは楽しい。

追ってみると、圧倒的に多かったのが織田信長の本能寺ネタと、マリー・アントワネットの「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」ネタだった。
織田信長のは「本当に燃えてるじゃん!」というオチ。比叡山もね。

問題はマリー・アントワネットの方だ。
「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」という言葉は、マリー・アントワネットがいかに浪費家で民衆のことを考えていない悪女だったかを象徴するセリフとして、しばしばネタになる。

しかし、マリー・アントワネットがこの言葉を言ったという証拠は一切残っていない。

多く批判されている誤解にもかかわらず、いまだに常識として語られがちなのは興味深い。

本来はルソーの自伝『告白』が元ネタになっている。
「腰に剣をつったりっぱな紳士が、パン屋へパンを買いに行ったりできようか。ついにわたしは「百姓どもにはパンがございません」といわれて、「では菓子パンを食べるがよい」と答えたという、さる大公婦人の苦し紛れの文句を思い出した」(ルソー『告白』(上)P382 桑原武夫訳 岩波文庫)。
このエピソードを、民衆の反感が高かったマリー・アントワネットのイメージとくっつけて、いかにも彼女が語ったかのようになってしまった。

ルソーの本は1765年に書かれたもの。
マリー・アントワネットは当時オーストリアにいてまだ9歳。言っているわけがない。
マリー・アントワネットが言ったと信じられられてしまったのは、フランスの労働者にとってパンは死活問題で、叩きネタにしやすかったからだ。
日本でいえば「米が」どころか「食料品全部が」レベルの大問題。エンゲル係数50%、しかも全部パン、となれば、パンに関する言葉がいかに炎上ネタとしてもってこいなのかわかる。

マリー・アントワネットが浪費家だったのは、彼女が持っていた数々の高級品や、離宮プチ・トリアノンの建造からも容易にわかる。
もっとも一人で国の財政を傾けたられるわけはないものの、民衆の間で最悪の状態まで評判が地に落ちている状態で、彼女のセリフだ、なんて言われたら、信じるなという方が難しい。

マリー・アントワネットの人物像を、史実から独自に解釈した作品として、4コマ漫画『踊る!アントワネットさま』を紹介したい。
主人公は架空の人物、画家の少女マリー。たまたま出会った、同名で同い年のマリー・アントワネットと無二の親友になり、内側から客観的に見たルイ王室を描いている。

描かれるマリー・アントワネットは、極めて純粋で好奇心旺盛な、少女のような性格の女性だ。
オーストリアから単身嫁いできて、王室のしきたりのストレスで心を持ち崩していく彼女を、画家マリーが唯一無二の親友として支えていく。


画家マリーから見た彼女は、優しく思いやりがある女性。周囲の人や子どもたちに大変親切だった、と表現する。
反面、世間知らずの浪費家だったことも美化せず描いている。どちらも素直な彼女ならでは行動だ。
一方で、周囲の貴族たちは虎視眈々と彼女に取り入り、いかにお金を巻き上げようとしているか狙っていた。多くの貴族や民衆からの、いわれのない誹謗中傷も次々出てくる。


有名な「首飾り事件」も取り上げられている。
ラ・モット伯爵夫人が、マリー・アントワネットの友人だと名を騙り、ロアン枢機卿に首飾りの代理購入を持ちかけて金銭をだまし取った事件だ。
ロアン枢機卿はマリー・アントワネットに嫌われていた人物。彼は聖職者なのに軽薄な遊び人だったからだ。しかし彼の堕落っぷりはマリー・アントワネットと違ってなぜかほとんど話題になっていない。
さすがにラ・モット伯爵夫人は有罪になったものの、ロアン枢機卿は無罪。
それどころかロアン枢機卿はマリー・アントワネットの貶めたと大衆の支持をあつめた。
一方で詐欺にあったマリー・アントワネットに対して「詐欺なんて浪費家の王妃のでまかせだろう」「あの女はフランスの財産を食いつぶす気さ」「首飾りも実は祖国に……」と非難轟々。
実際にまことしやかに囁かれていたのだから、恐ろしい。

フィクションとしては、王妃の替え玉にさせられた実在の女性ニコルを重要人物として扱っているのが見どころ。意外な活躍を見せる。
画家マリーを含め、マリー・アントワネットの側にいて事実を見ていた架空の人物達が、彼女に対して飛び交う誹謗中傷、破裂する民衆の憤り、ルイ王朝の最期を見届けている。
誤解の多かった彼女も、見守ってくれる友達が仮にいたとしたら……幸せだったかもしれないのに。

このマンガでは、「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」とは決して言わない。
デフォルメを入れつつ「読書が苦手だった」「トランプをメモ代わりにしていた」など歴史上の事実を具体的に取り上げ、マリー・アントワネット像を誠実に描いた作品だ。
無能と言われることの多いルイ16世も、妻マリー・アントワネットを愛する男性として、比較的好意的に捉えている。
是非セリフや事件一つ一つをネットや本で調べながら読んでみてほしい。意外な彼女の一面が浮かび上がってくるはずだ。

マンガ『マリー・アントワネットの料理人』では、「ブリオッシュを食べればいいじゃない」のセリフをマリー・アントワネットが言ったというフィクションである、とした前提で、独自の解釈を加えている。
ブリオッシュは日本語訳されている「菓子パン」のこと。しかし当時のブリオッシュは今のもの小麦がと違い、パンが高騰した場合はブリオッシュと同等の価格まで値下げする法律があった、という説を掲げている。別に豪華なケーキを食べろという意味として捉えていない。
こちらの作品に出てくるマリー・アントワネットは、庶民的な感覚を持った純朴で天真爛漫な女性だ。

彼女が政治的権力を持たず、良くも悪くも普通の女性だったことは、シュテファン・ツヴァイクの『マリー・アントワネット』に書かれている。
『マリー・アントワネットとマリア・テレジア秘密の往復書簡』から、娘を思いやるオーストリアの偉大な母親マリア・テレジアと、ホームシックにかかっちゃったりする、現代の少女と何ら変わらない娘のマリー・アントワネットのやりとりを見ることができる。
一方でソフィア・コッポラの映画『マリー・アントワネット』では、ロック音楽に乗せて、等身大な普通の女の子として悩みが描かれていたのも面白い。

2012年放映のNHKのテレビ番組「追跡者 ザ・プロファイラー マリ・アントワネット "ストレス王妃は断頭台に消えた"」の中で、フランス文学者・鹿島茂は、民衆の間での彼女の話題の広まり方は「今のTwitterみたいなもの」「わかりやすい敵」、つまり仮想敵を作ったのではないか、と評している。

どうしても王室の派手さと、ギロチン処刑で目立ってしまう、マリー・アントワネット。
ゴシップ的面白さの対象として叩きやすい存在で、今も昔も好奇の視線が集まりやすいのは間違いない。


『踊る!アントワネットさま』
『踊る! アントワネットさま』

(たまごまご)