今や一つのジャンルとして浸透している、BL(ボーイズラブ)。
これまでに『ゲイ短編小説集』『レズビアン短編小説集』という、異色のアンソロジーを出してきた平凡社ライブラリーが、このジャンルを見逃すはずはありませんでした。

あの文豪の長女も書いていたボーイズラブ『古典BL小説集』
『古典BL小説集』笠間千浪編(平凡社ライブラリー)

『古典BL小説集』の収録作7篇は、19世紀後半から20世紀中頃の〈女性作家が書く男性同士のホモエロティックな(関係が含まれている)物語〉の中から選ばれているのが大きな特徴。
腐女子視点のものもあれば、社会派なものもありと、作者のキャラクターも含めてバラエティに富んでいます。
たとえば・・・・・・

男装作家が書くBL


ラルシドは、男社会に作家としての自分を認めさせるために行った、男装パフォーマンスでも注目を集めたフランスの作家。
その倒錯した社会へのアプローチ方法は、収録作の「自然を逸する者たち」(1897年作)にも反映されています。
主人公・ルトレールは32歳の男爵。早くに両親を亡くした彼は、父親代わりとなって育ててきた13も年下の弟・ポールに恋心を抱くようになります。
ところが、領地の教会を放火した少女・マリーを召し抱えたことから、事態は思わぬ方向に。

マリーを我が物にしようと狙い、兄に好意を抱いていると知るや彼女の髪の毛を切ってしまうわがままなポール。
一方、弟の身勝手な振る舞いに家長としてのプライドを傷つけられたルトレールは、ポールを杖で叩きまくり、嫉妬も相まってマリーを拒絶し続けます。

〈唇をくれ、おまえの魂を飲み干すために。そう、私たちは神だ!私たちは神だ!〉

自分たちを中心に世の中が回っているかのように、二人だけの閉じた世界で愛憎劇を繰り広げ、マリーを冷たく足蹴にして排除するルトレールとポール。
ねじれた三角関係は、同性愛ではなく彼ら男性のマッチョな部分こそが、自然を逸脱しているのではないか?という疑問を炙り出していきます。

あの文豪の長女もBLを書いていた


森茉莉は、森鴎外の長女としても知られる作家。
お気に入りの海外の俳優について、パーティで知り合った黒柳徹子と3分だけ話すつもりが、意気投合して3時間も話し込んだエピソードを持つ彼女の残した小説には、BL物も少なくありません。

18歳の美少年・巴羅(パウロ)と、38歳のフランス文学者・義童(ギドウ)の退廃的な同性愛を描いた「恋人たちの森」(1961年作)も、その内の一つ。

〈マルティニは?〉〈僕もスコッチ〉
〈ギドウは底深く光る眼をパウロの首筋に据え、振り向いたパウロの肩を、掴むようにして胸の上に引き寄せた。氷の塊が自然に溶けて動き、打つかり合う音が、沈黙の中に、鳴った〉

この小説で重要なのは同性愛の是非などではなく、描写や舞台装置が美しい男たちに見合っているかどうか。
その徹底した美男第一主義が、艶めかしくもきらびやかな物語世界を生み出しているのです。

大気圏を越えたBL


女性はもう存在しない。
太陽の膨張によって、地球は滅亡。
残された人類は、地球と似た惑星を探しに宇宙を旅していた探検隊の16名の男たち。
ただし、人類存続の道はありました。それは、男性同士で子供を産むこと。
滞在中のプロキシマ星の技術でなら、実現不可能な話ではなかったのですがー。

マリオン・ジマー・ブラッドリーとジョン・ジェイ・ウェルズ(男性名だけど実は女性)の共作によるSF小説「もうひとつのイヴ物語」(1963年作)は、究極の選択を迫られた男たちの姿を通じて、読者の倫理観を揺さぶります。
でもそれは、BL小説としての読みどころとはまた別の話。


この物語のBL的な読みどころとは、一人の男と異星人の友情の行方にあるのです。
男性同士の生殖を肯定できずに苦悩する、隊長のエヴェレット。
そして、友である地球人を生き残らせるために力を尽くす、星に住む種族の唯一の生き残りである異星人ファニュ。
時に衝突し、時に歩み寄りながら互いを理解しようとする二人。
最後にエヴェレットがファニュへ贈る言葉は、まさにBLの神髄といえる名台詞!
ぜひ読んで、性別の壁を越え、大気圏を突き抜けて悶絶してください。
(藤井勉)