子どもの頃、ラジオがとても好きだった。少年時代も、テレビの人気番組を見るよりローカルの深夜ラジオをよく聴いていた。
しかし、そのことについて誰かと熱く語り合ったことはほとんどない。なぜなら僕は地方出身者(名古屋)であり、東京に出てきてからは、僕が聴いていたローカルのラジオ番組のことを知っている人とめったに出会わないからだ。当然といえば当然である。

ところが最近は状況が大きく変わってきた。ラジオをインターネットで配信する「radiko」が全国のラジオ番組を有料配信するサービス「radikoプレミアム」を開始したからだ。月々350円支払えば、北海道だろうが、大阪だろうが、名古屋だろうが、九州だろうが、どこのローカル番組も聴ける!
“ぼっち”だった松岡茉優が寂しさを紛らわしていたのは、ラジオ
「ケトル VOL.28」太田出版

そんな新たなラジオ環境を反映しているのが雑誌『ケトル』(太田出版)最新号の特集「いつでもどこでもラジオが大好き!」だ。
サブタイトルは「24時間ラジオ生活特集」。

「スマスマ」といってもSMAPは一人も登場しない福岡の番組


特集のメイン記事「いま聴くべきなのは この人のこの番組」でピックアップされている21番組のうち、8番組が東京圏以外の番組だ。これまでだったら「こんな番組もあるんだなぁ……」と思うだけだったが、今ならradikoプレミアムのおかげで即聴くことができる。

「よなよな…水曜日」(ABCラジオ)のパーソナリティ、近藤夏子は3時間の生放送なのに台本もネタ帖も用意せず、打ち合わせを5分するだけで臨む。オープニングトークも直前まで何も考えていないというのだから、大胆すぎると言うしかない。

一方、山下達郎にも認められる音楽通・クリス松村は「クリス松村のザ・ヒットスタジオ」(MBSラジオ)の構成・選曲を一人ですべて考え、音源も用意しているという。クリス松村は現在、週に3つの音楽番組を持っている売れっ子だ。


愛媛の南海放送でオンエアされている「友近ママ 千鶴の部屋へようこそ」は、芸人・友近の実母、友近千鶴がパーソナリティ。タレントではなく「素人のおばちゃん」だ。彼女が1時間の生放送を一人で仕切っているというのだから驚く。

ラジオの大御所たちも登場している。46年続く「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」(TBSラジオ)の毒蝮三太夫は、今日も「ババアは化粧をしてきたの? 無駄遣いしちゃって」と毒を吐いて爆笑をかっさらう。41年続く「ありがとう浜村淳です」(MBSラジオ)の人気コーナーは浜村淳が40分かけて新作映画について語る「映画サロン」。
大切なポイントは「景色と人物のファッション」で、語りにくいのはアクション映画なのだという。

ページの上下の余白には、全国のラジオに関する豆知識がびっしり。

「ぎふちゃん『お茶の間ステーション2時~6時』で放送されている『岩津徹征の玄関占い』は玄関の向きによって運勢を占う」
「FM岩手『BRA-BAN!』は、岩手県内の吹奏楽にまつわるトーク番組」
「福岡のLOVE FM『Street Noiz』『On Sundays』に出演しているDJの松井伸一は76歳。DJ生活50年を超えている」
「福岡のRKBラジオ『スマスマE-kids』は『スマスマ』といってもスマップの番組ではなく、福岡のベテランパーソナリティーの林田スマが出演する教育情報番組」

心からどうでもいい情報ばかりだが、はからずもラジオの自由さをあらためて感じる。「スマスマ」なんてタイトル、テレビだったら絶対怒られる。

「KISS FM KOBE『Kiss Music Presenter』のクイズコーナー『イントロドン・ドン・ドン!』は正解者の中から抽選で、ターザン山下の私物か、女性ADの私物がジップロックに入れられてプレゼントされる」

って、欲しいのか、それ?

「ラジオ聴いたよ」と言われるとうれしい高田純次


「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ)の宇多丸は、自分の番組を雑誌に例え、「これだけ自由にできるのもフットワークの軽いラジオだからこそ」と語っている。


一方、「高田純次 日曜テキトォールノ」(文化放送)のパーソナリティを務める高田純次は、「街中で『テレビ観たよ』と言われるより、『ラジオ聴いたよ』って声をかけられたほうがうれしい」と語る。理由は「(ラジオのほうが)距離が近い感じがするから」。

ラジオの魅力は、“身近さ”と“自由さ”。これに尽きるだろう。それを体現するのが、パーソナリティである。「司会」でもなければ、ただの「DJ」でもない。
文字通り、全人格=パーソナリティをさらけ出しているからこそ、リスナーは番組を身近に感じることができる。特集のタイトルが「この人のこの番組」となっているのも、ラジオの中心にあるのが「人」だからだろう。

ちなみに、スマホでradikoのアプリを起動させて、いつでもどこでもラジオを聴いているような人のことを「ネオラジオリスナー」と呼ぶらしい。名付け親は、表紙を飾る女優の松岡茉優(「松岡茉優ト文化的交流」文化放送)。

学生時代、ほとんど“ぼっち”だった彼女は、ラジオを聴くことで寂しさを紛らわしていたのだという。ああ、思い出した。
おれも寂しい少年時代を過ごしていたのだった。
(大山くまお)